裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

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顔をあげれば古民家カフェ三日月 6

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 来客の合図にすぐに店の水道でもう一度石鹸を付けて手を洗い、エプロンを付けながら

「いらっしゃいませ」

 ひと月かけて慣れた挨拶に
「こんばんはー」
 何て飯田さんが入って来た。
 やだ。定期訪問じゃないのに来るなんて聞いてないよ?なんて言いたかったけど
「うわー、まだ新築の匂いが残ってた。これはカフェとしてどうなんだろ?」
「まだまだこれからがんばりましょうって言う事で宜しいのでは?」
「なるほど。そう言う考え方もあるわけね」
 穏やかな飯田さんの声に応える声はあまり聞き覚えのない物。
 だけど俺はその声はよく知っている。

「あー、綾っちだ!
 色々言いたい事聞きたい事あるけどとりあえずお帰り!」
「綾っち言うな!」

 ぷっと噴出した飯田さんが濁した言葉をやっと理解した。
 飯田さんと実桜さんも背中を向けて震わせているあたりこう言う事は先に言ってよと思ったけど
「普通に綾人って呼べ。じゃないと予算からはみ出した分請求するぞ」
「お帰り綾人様ー!」
 いくらつぎ込んだか判らないけどきっと俺の金額を軽く超えた物の請求だけは勘弁してくださいと言う様にカウンターからでてきてお帰りのハグをしてみた。
 さすがに海外で慣れているのか軽くハグで返されて返って俺の方が焦ったけど、さっきから笑いっぱなしの飯田さんにさらなる笑いを提供できて良しとしよう。
「それにしてもいつ帰って来たんだよ。
 あ、あと大学卒業おめでとう」
「どうもー。またすぐ向こうに行く事になるけどとりあえずありがとー。
 一週間ほど前に帰って来ていてずっと飯田さんのマンションに厄介になってて今やっと辿り着いた所。飯田さんに家まで送ってもらう前に店の様子を見に来たんだ」
 きょろきょろと店の中を見回す様子に
「今凪の時間だから見て回っていいよ」
「やったね!」
 夕方になるとお客様の足がぱたりと止まる様に夕方の風の止む時間でそう言っていたお客様の言葉を真似して言えばなるほどと言う様に一つ頷いて個室やその上の展望室も眺めていた。
 梁を上から見る景色に何やらご満悦に笑みを浮かべ、それから一点一点リメイク家具を満足げに眺めていた。
 そして綾人の指示通りに飾った爺ちゃんの趣味の骨董を手に取って眺めながら
「やっぱり夜月の爺さんって趣味が良いなあ」
 唸る様に底や銘を眺めていた。
「場所ばっかりとってたから誰にも理解されなかったけどな」
 言えば綾人は笑う。
「趣味ってそう言う物なんだって」
 言えば一通り満足してまたカウンターの席に座る。
 すぐに疲れただろうからとお冷とおしぼりを出し、メニューを差し出す。

「御祝いにしたら安いけど一杯奢るよ」

 もし来たら絶対そう言おう。
 恩を受けたからって無償にするのはいかがかと思いながらも最初の、せめて初めての一杯ぐらいは大学卒業のお祝いも兼ねて奢る事を決めていた。
 セリフも考えていたし、もうすぐ来る事は聞いていたので山口さんにいろいろ新しい豆を用意してもらっていた。

 いざ勝負!

 どんと来い!

 何を注文されるかドキドキとしていれば綾人はメニューを満足げに眺めながら緩やかな弧を描いたご機嫌な口元をゆっくりと開いた。

「アールグレイをホットで。ミルクで宜しく」
「頼むからコーヒーを頼んでくれよ!!!」

 間髪突っ込んでしまった俺の叫びに飯田さんは何やらやられたと呻き、実桜さんも凛ちゃんを膝に乗せてその小さな頭に顔を埋めて震えていた。
 
 だけどそれ以上に満足げに笑う綾人にこいつがこんなにも綺麗に笑うから

「今度はコーヒーを飲みに来いよ!
 飯田さんと山口さんの努力なんだから絶対飲みに来いよ!」
 涙目で説教する俺に目を細めながら笑い
「俺にコーヒーを飲んでほしかったらこのメニューのピザトーストにマッシュルームも追加するんだな」
「意味わかんねー!
 マッシュルームだな!明日にはマッシュルーム入りのピザトースト作るからな!待ってろよ!」
 空気読まないのは高校の時から変らないな?!何て呻きながらもガラスのケトルに新しいお水を汲んで沸騰させる。アールグレイの茶葉を入れて目にも楽しくジャンピングさせる。
 お水の量も茶葉の量も蒸らし時間もきっちりと計って出した紅茶をまずはストレートで飲んでくれた。

「ああ、やっぱりこの水は紅茶によく合う。帰って来たー」

 これ以上と無い褒め言葉。
 判りにくいかもしれないが水もちゃんと厳選して選んだもの。と言っても地元で販売している水だけど、地元を紹介するのに地元の水以上判りやすくて気付かれにくい物を見つけてくれた事にものすごく胸を熱くさせた。

「はい。イギリスは硬水なのでやっぱり美味しいですね」
「あと東京の水もおいしくない」
「確かに」
 笑いながら同じものを飯田さんも召し上がってくれて注意が飛ばなかった辺りまずまずの合格点を貰えたようだ。
 ほっと一息ついた所でミルクを足して再び口をつけるのを横目に
「そう言えば夜月君は綾人さんの事を何時の間に魔王から綾人に変えたんです?」
 飯田さんの些細な疑問。
 俺は少しだけ顔を赤らめながらも事情を知る実桜さんがニヤニヤ早く言えと視線で訴えてきた。

「こんなすっごいいい店を作ってもらった恩人を魔王何て呼べるかってなって……」
 
 恥ずかしーと顔を両手で隠してしゃがみこんでカウンターの中で隠れてしまう。
 吹き出すように笑う実桜さんがその詳しい話を聞かせていた。
 お願いです。
 ばらさないでくださいと心の中で盛大に訴えるも全部ばらしてしまうので余計カウンターから顔を出せない。

「じゃあ、代わりに俺も燈火って呼んじゃおー。
 燈火、とうか、とーかでいいな」
「それいいですね。俺もそうします」
「なら私も」
「よし、そうとなれば圭斗達にも言っておこう」

 何てやり取りが恥ずかしいのか嬉しいのかごっちゃになって

「絶対この店守って行こう。うん」

 こう言う事の積み重なりが一つずつ小さな誓いに変って行くのだと改めてそう言う事に出会えた事を幸せに思うのだった。
 

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