裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

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キリマンジャロとモンブラン 9

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 なんというか、この街の人間はどれだけご飯を一緒に食べるのだろうかと疑問を覚えながら
「今日もBBQしてたとか?」
「いや、宮下のお袋さんから煮物をいっぱい貰ったからみんなで食べてただけ」
「言いつつ肝心の宮下が居ないんだけど」
「烏骨鶏の世話に帰って行ったぞ」
 この場に居るのは実桜さん、蒼さん、凛ちゃんに園芸部と家主の篠田。
 食べ終わったばかりなのか実桜さんが園芸部と皿洗いをしてる中で蒼さんは膝の上に凛ちゃんを座らせて篠田と図面を見てお仕事中のようだ。因みに凛ちゃんの膝の上には真っ白のテディベアが座っている。
「悪い、忙しかったか?」
「別に大した事ないし。それにこれは既に建ってる家の図面を見て少し変わった家だからって借りた図面で勉強中なだけ。色んな行程が書きこんである古い図面だから勉強にって鉄治さんから借りた奴」
 そんな大切な物を良いのかと思うも直ぐに図面を片付けてくれた。
 バタバタしているうちに実桜さんがお茶を淹れて来てくれて、皆さんは廊下を挟んだ台所の方へと移動してしまった。
「で、何があった」
 熱い緑茶を火傷をしないように息を吹きかけている篠田に
「今さ、美園屋さんって知ってる?和菓子屋の」
「あー、綾人があそこのケーキが好きでちょくちょく持って来るな」
 何だか意外な情報だった。
「美園屋さん美味しいですよね?私はどちらかと言うと洋菓子より和菓子の方が好きです」 
 実桜さんもやはり女性なのか甘いスイーツには目がないようでこの会話に真っ先に飛びついて来てくれた。
「その美園屋さんだけど、娘さんの夕希さんが暴走してうちにケーキを置いてくれって言ってきて、その時はお断りしたんだけどいつの間にか常連さん達の知る所になっていてもう置く事が前提になってるんです」
 まだ少し話をしただけなのにと力説すれば
「でも良い話じゃないか。
 頭を下げてお願いするより断然よくね?」
 蒼さんも悪くはない話だと言ってくれる。
 だけどだ。
「俺自身がまだそんなに余裕がないって言うのもあるし、綾人も交えて話をしたんだけど半ば押し売りみたいな営業だったから綾人の奴もっともらしい事を言ってお断りしたんだ」
「あー、なんの逆鱗に触れたんだ?」
 顔を引きつらせる篠田に
「美園屋さんのご主人が高齢なのを理由に。取り扱う事にしてもこの先長いお付き合いになりそうもないからだったら止めておけって感じで」
「それだけじゃないだろ」
 表向きな事は良いからと綾人を良く知る篠田は肝心な所を話せと言う。
 俺だってオブラートに包んで理解してもらえればと思うも散々綾人につき合わされた篠田はそんなどうでもいい事じゃなくてあいつの本音を話せと促されて、夕希さんが職人として未熟以下なお手伝いさんレベルな事を告白した。

「まあな、そんな事だろうと思った。
 美園屋さんの菓子美味いけど時々すごいハズレがあるんだよな。
 あいつも美味いもんいっぱい食ってるから。ハズレ引いたとしたら納得の理由だし、楽しみにして注文した物がハズレだなんて、お客にとったらお前の店で出されてそんなもんだったら美園屋に文句を言う前にお前の店に文句を言ってお前の店が潰れるぞ」

 綾人が言わなかった事を篠田が言ってくれて初めて気が付いた。
 美園屋さんがご主人が現役の今のままなら良い。
 だけど夕希さんが受け継いで、その時まではある程度上達していても到底今の美園屋さんには届かないお菓子で満足してもらえるか、そう考えた時、観光客相手のこの街の店としては致命的なダメージな事を理解した。
「うん。どれだけ言われても美園屋さんのケーキの取り扱いはしない事に決めた」
「まぁ、決めたならいいじゃん」
 言いながら俺が持って来たビールを飲み始める篠田。
 実桜さん達はそろそろ凛が眠くなってきてるからお風呂入れて寝させますと言って席を立とうとした所で
「あ、そうだ。
 さっきなんか呪いの電話がかかってきて、明日の朝、多分オープン前の時間に美園屋さんとこの娘さんがうちに突入してくるらしいんだけど、応援お願いしてもいいかな?綾人に頼もうとしたらあいつフランスに行ってるとかふざけた事言いやがってよ」
 一番のお守りではないが、一番頼りにしていた奴が居ないとかもう俺言いなりになるしかないと怯えていた。
 いきなり乗り込んできて勝手にプレゼンして契約取って行くとか言う何所のやり手の営業かよと思ったが、あの時綾人がいなかったらきっとサインをしていただろう。
 とにかく怖かったと言う事も話せば何だか微妙な顔で俺を全員が見ていた。
「何だよ……」
「まぁ、いろいろあるが、明日飯田さんが来るから。
 とりあえず今回は飯田さんにお任せしよう」
 うんうんと頷く周囲にそれでいいのかよと思うも実桜さんと蒼さんは一本ずつビールを持って帰り、園芸部もビールを持って離れへと帰って行った。
 園芸部はともかく実桜さんと蒼さんは凛ちゃんを抱っこして帰る仲良し夫婦の絵がすごく羨ましく思え、そんな年になったんだなと思いながら
「とりあえず周りがどうこう言おうが綾人が駄目だっていったなら俺達の方針は綾人に沿う事にするが……」
「だけどさ、お客のニーズには応えろって言うんだ。だから余計に頭がぐっちゃぐちゃになる。何やらせたいんだって」
 言いながら飲みかけのビールを飲めば篠田は何か納得したと言う様に頷いた。
「まぁ、あれだ。
 親の七光りじゃないけど何十年菓子作り続けた人の所に家族だから店を継ぐからとかの理由で何もせずにと言うのかは判らんがただ手伝って来ただけで譲り受けて親の威光をひけらかすって言うのがムカついたんだろうな。
 あいつあれでも美園屋のケーキ楽しみに食べてたからハズレ引いたならブチ切れる様子が目に浮かぶ……っぷ。
 つまりだ。夕希だったかそいつの根性叩き直すつもりで明日食事担当飯田さんをいきなりぶっこむつもりらしい」
「まぁ、飯田さんにお願いするとか言ってたしな」
「ぶはっ!!!」
 何て笑い転げる篠田さんよ、ビール一本で酔っぱらうあなたではないでしょうと思うもだ。
「俺達は今ちょっと遠くまで遠征してるから側に居てやれないけど飯田さんもいるし、何かあれば実桜さんもいる。困ったら大和さんを頼ればいいし、最終兵器長沢さんも麓の家にいるから迷ったら構わず頼れ。
 多分だけど美園屋さんにちくったの長沢さんだと思うから。
 あの人綾人の事になると武闘派になるから気を付けろよ」
「武闘派って……」
 くぴっとビールを飲みながら篠田は困ったような顔をして
「うちがヤバい家だと言うのは知ってると思うが綾人の家もその上を行くヤバい家で、物凄いお節介ないな家系の為に関った家はもう頭が上がらないと言う関係が確立して、それが年寄りになればなるほど綾人を孫の如く構い倒すと言う習性が発生して、綾人が困ったなと思うと率先し先回りして細工をすると言う困った集団が出来上がったんだ……」
 何と言えばいいか……
「やばくね?」
 一言で纏めて見せれば
「ガチヤバい。だけど一番ヤバイの綾人だから。あいつだけは怒らすな」
「ヤバイ、散々しでかした後なんだけど?」
「大丈夫。まだ見捨てられてないからって言うかお前本当にお前の爺さん大切にしろよ。あいつがお前をまだ見捨ててないのはあいつが何より大切にしてる爺さんと婆さんの繋がりを守りたいって思っているからだ。お前が店の事を、そして家の事をああいった押し売りに簡単に手渡すような真似さえしなければ大丈夫だと俺は思ってる」
 言われても今更爺さんを大切にするって言うと墓参りをして後は……
 あの家を、ああ見えて愛妻家だった爺ちゃんが婆ちゃんの為に作った庭を、毎日手入れした大切な庭を守れと言う事だろうか。
 よくわからない。
 だけど何となく綾人が言わんとする事は理解できて
「大体わかった。
 間違ってるかもしれないけど、守るべきものは判った」
 そう言って一本残ったビールを置いてお休みと俺は家に帰るのだった。
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