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静かな夜に 2

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 晩飯も食べ終わり残念なメッセージが届いた。

「すみません。水曜日に遊びに行かせていただく予定でしたが、急きょ出かけなくてはならない事になりましてお邪魔できなくなりました。
 また改めてまた別の日にお邪魔させてください」
 そんな飯田さんのメッセージ。となると今晩(?)は飯田さんはこっちに来ないんだとここでの生活を俺より満喫している男の存在感は笑ってはいけないが単身赴任のお父さん扱いだ。独身の飯田さんにむかって言った事はないけど。
 生きていく以上急遽出かけなくてはならない事はままあり、仕方がない時もある。
「またゆっくり遊びに来れる時に来てください」
 そんな短いメッセージ。
 だけど今は仕事の時間なので既読さえつかないようだ。今は店を開ける時間の少し前。きっと忙しい時間の合間を見付けて送ってくれたのだろう。そうと判れば雨戸をしっかりと閉める。
 田舎は鍵をかけないなんて誰が言った。
 田舎だからこそ鍵や雨戸はしっかり閉ざさないといけないんだ。
 何せこの辺りは泥棒より怖い熊がやってくる。
 出会ったら確実に無傷ではいられない性質の悪い奴らだ。
 さらにあいつらはドアを開けて入ってくる。うちの納屋にも何度籠城されたか出産までされた時はさすがに泣きが入った。ドアを壊してまで入ってこようとはしないが、触ったら開いた扉の中は好奇心の多いあいつらは確実に調査にやってくる。そして人の匂いがあれば縄張りを上履きする様に糞尿をばらまいて行き……
 家の中を食い散らかされるくらいならまだいい。あれは他の熊も呼び寄せるし、一度匂いが付くとなかなか取れない。これぞクソッたれ!だ。
 と言うわけで田舎こそ人手が少ない時はしっかりと戸締りして侵入者に対する防御を上げておかなくてはならない。例えアライグマやハクビシン、タヌキが入ってこようとそれは下から棒で突いて居心地悪くして撃退するだけ。人の家を不法侵入する癖にそう言った得体の知れない攻撃は怖いと見えて居なくなればいいと覆いながらも最後はバ●サンの力に頼るのが我が家の主流。いやがるのは虫だけじゃないようだ。
 さて、今夜は朝までゆっくりする事が出来る。どうするかとビールを持って来て土間にテーブルを置いてその上に七輪を置く。ご飯は食べたが酒のつまみが欲しい。皮の厚くなった茄子を焼いたり虹鱒も塩をキツク振って焼き上げる。土間上がりの高さにちょうどいい高さにテーブルを作ってくれた為に土間に足を投げ出してぶらぶらさせながら焼けるのを待つ。
 スマホを片手にいじりながらゆっくりとお酒のペースに合わせて摘まむ至福の時間。
 宮下も飯田さんもいなくて少し寂しいが、慣れてしまえばこの静けさも心地が良い。
 風が木々を揺らしてカラマツが屋根の上に落ちる音が聞こえる。
 時折リスだろうかとととととと……と軽い音が通り過ぎて行く。
 適当に点けたテレビが淡々とニュースを読み上げる恐ろしくも普通の日常が戻ってきた。
 ビールから日本酒に変えて香ばしく焼けた虹鱒を突きながらホタテの缶詰を持って来て、そのまま七輪の上に置く。ニュースを読みながらちびちび飲みながらスマホニュースの目ぼしい記事に目を通した後は植田に頼まれているゲームのノルマをクリアし、再度立ち上がって小さな鍋に水を張って七輪の隅に置いて耐熱グラスに注いだ日本酒を温める。そこまで熱くなくていいのでぬるめで舐めながらほこほこに温まったホタテを摘まむ。
 熱いのでホタテの繊維を解しながらゆっくりと口に運び、かなりぬるめの日本酒を流し込んでゆっくりと呑み込む。
「至福~」
 思わず口についてしまう独り言。俺以外誰も聞いてないので心から声を出してお値段以上の自分の幸せを口にする。安いなんて言わないでー、だ。
 そんなほろ酔い気分を邪魔する様にスマホがさわぎだして、その名前に顔を顰めて無視していればやがてメッセージが届いた。

「落ち着いたから夏休みが終わる前に一度おじいちゃんとおばあちゃんに挨拶に行きたい、か……」

 暫くの間その文字を眺めながら意を決してメッセージを打つ。
「バアちゃんの墓ならふもとの町のお寺にあるぞ、っと」
 田舎は家の裏にお墓が並んでいるイメージがあるかもしれないが、うちは商売をやっていたのでちゃんとした所に、お寺さんにお墓を立てたという。まぁ、この辺だと土葬がかなり遅くまで残ってた地域だから埋めると熊がやってくるからねとそんな事をぼんやりと聞いた事がある。もっとも今は法整備されて土葬は出来ないからどのみち何処かのお寺にご厄介になるのがベストなのだろうか。いずれは墓じまいをしなくてはならないのだが、それは何時のタイミングなのか。誰も来ないとは言え七回忌を済ませてないうちに墓じまいをするつもりはない。
 打ち込んだメッセージを送信するだけなのだが、少し躊躇い
「来る前には前日までには連絡しろ」
 そんな短いメッセージを打ってそのままシャットダウンする。
 ぬるい酒を一気に煽りながらいつのまにか難しい顔になってしまっていた俺はただ酒だけを飲み続け、気がつけば目が回るほど酔っ払っていて、次の朝内田さんが来る時間になっても烏骨鶏が外に出されてない事に心配した内田親子によって酔い潰れて土間で寝ていた俺が発見されるのだった。
 勿論ひどい二日酔いの俺に説教と言うオプションも付け加えられて、バアちゃんの干からびた梅干しを白湯に入れてゆっくりと飲みながらこの日は何もせずに一日が終わるという何の実りもない無駄な一日を過ごすのだった。
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