人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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静かな夜に 1

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「そうか。引っ越しも無事終わって寮も落ち着いたか」
「うん。昔ながらの長屋って感じ。ちゃんと小さいけど風呂とトイレと台所もついてる。駐車場と小さいけど庭があるんだ。
 そっちほどじゃないけど雪も積もるみたいでちゃんと広い軒もあるから、雨の日でも洗濯もの入れ忘れても大丈夫そうだよ」
「まあ、コンパクトにまとまってて使い勝手よさそうじゃないか。
 で、先輩達とは仲良くできそうか?」
 言えば一瞬声が詰まって早速何かされたかと眉間に皺を寄せてしまうも
「ええとね、今弟子入りしてるっていうか、お世話になってる人が俺だけなんだ」
「は?」
「西野さんって言うんだけど、お弟子さんは皆んな独立して、お子さんは女の子ばかりで皆んな家を出て行っちゃったらしいんだ」
「詰まるところ」
「奥さんと二人暮らしのところに俺が庭の隅の寮を借りてるって事」
「あー……」
 体よく老後の世話を押し付けられたのではと思うも、それだったら長沢家でも十分だと思ったが……
「西野さんいい人でね、もうお弟子さん取らないつもりだからこの長屋も好きに使っちゃっていいって言ってくれて今改造中なんだ」
「余裕だな」
 思わず声をあげて笑ってしまう。
「内田さんの仕事の撮影があったからね。浩太さんいろいろ説明してくれてるからそれを見ながら改造しまくってるよ。抜いていい壁と抜いちゃダメな壁の見分け方とか」
 勉強の事はからっきしなのにこう言った事はスポンジが水を吸うように吸収して自分のものにしてしまう宮下こそ俺は天才だと嫉妬してる事はまだ素直に悔しくて言えてはない。
「とりあえず壁を壊して二間続きにしたら西野さんが面白そうだからって間に襖入れるのなら手伝うぞって言ってくれたんだ」
 笑いながらの報告は心から楽しんでいる声。
 スマホの小さな画面越しに写された映像は粗いもののにこにこと笑みを作る事で人の良さを作ってきた宮下の笑顔は今は心からのもので向こうで楽しく馴染めていることにホッとする。
「壁もボロボロだったから、左官屋さんが来た時の漆喰の塗り方がビデオに収まってたから真似して塗ってみたんだ。
 漆喰ってホームセンターでも売っててさ。残りの漆喰で奥さんに頼まれて玄関の砂壁が崩れてたから一間だけだけど塗り替えたんだ。自画自賛じゃないけどまあまあ上手く塗れてるんじゃないって思うんだ」
「それビデオ収めたか?」
「もちろん。西野さんも奥さんも面白そうに動画を見てくれたんだよ」
 それはどう言う事だと思えば
「初日に晩御飯ご馳走になった時そっちの事を説明するのに難しいから動画を見てもらったんだ。
 うちの隣の家の友達の所だけどって説明して。
 こっちもかなりの田舎だけど、そっちはそれ以上だってすごい所から来たなって笑ってもらえたよ」
「まあ、今も囲炉裏と竃、五右衛門風呂の三点セットだからな」
 そこは大いに賛同する。
「だけど西野さんはやっぱり職人だから。内田のお爺さんの欄間とかすごく熱心にみてた」
「まあ、仕事に慣れたら一度遊びに来て貰えば?十月の連休ぐらいならまだそこまで寒くないし、その頃には隣も出来てるしな」
「だったらお客さんで泊めてもらおうかな?」
「美味しいご飯は用意できないけど水木なら飯田飯にありつけるかも」
「それだと連休から外れちゃうじゃん!」
「そうだな……仕方がない」
「分かってて言わないでよ!」
 目尻に涙を溜めながら揶揄われたことに抗議する宮下ってほんと面白いなと宥めながら
「そこは西野さんと話をして決めればいいじゃないか。カレンダー通りの役所仕事じゃないんだから。
 長沢さんにも会いに行けるし仕事の調整って言うのが職人の醍醐味じゃないのか?」
「うん。まあ、まだ一ヶ月以上あるし」
「それ以上だと雪も降り出すから」
 正月の帰省は宮下の所までならまだ安全に行き来ができるもののそこからうちへとなるといろいろ危険だ。俺だって真冬の間はスノーモービルで移動して宮下の家の近くの倉庫に車を置いて移動している。勿論飯田さんもそうして居る。ツルッツルの斜面はスタッドレスでも空回りするから、チェーンつけるのも手だけど金の力があるならアイスバーンでも安全なスノーモービルを使うのも手だよねとここ数年はこれに切り替えて居る。勿論宮下も一緒になって遊んだが、それに西野夫妻を載せるわけにはいかないとくるなら早めの訪問をと忠告こくしておく。
「そうそう、西野さんの家にも畑があって、今はもう食べる分だけしか野菜を作ってないって言うから場所を貸してもらったんだ」
「おー、向こうでも畑ライフができるんだ」
「烏骨鶏はいないけどね。
 長い事使ってなかったみたいだから随分荒れてるけど、でもやりがいがあるよ」
 寂しさを誤魔化す趣味は得たようだ。
「いつも道路の草を刈ってて鍛えた草刈りスキル存分に発揮しておいで」
「すでに発揮して来たよ。寮の周りボーボーでさ。家に入るまでに種運びさせられたよ」
「マジか!」
 ゲラゲラと笑い転げながらも宮下がいい様に使われてないか心配になるものの
「今日も仕事を教えてもらったんだ。長沢さんの所で教えてもらった事が早速役に立てた」
「へえ?やるじゃん」
「うん。だから仕事を早速手伝わせて貰ってる。
 一から教えてくれるつもりだったらしいから西野さんちょっと悔しそうだった」
 笑う宮下の笑顔が本物のうちは俺も一緒になって笑おう。これが続きますようにと願いながら。
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