人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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瞬く星は近く暖かく 6

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 飯田が来た時にはすでに搬入は始まっていた。
 話が決まってからまだ二月も経ってないと言うのに沢山の大工が効率よく仕事をこなして内装こそまだまだだがキッチンはほぼ出来上がったと言っても良いだろう。
いや、まったく出来てないよと左官屋の山川さんは失笑していた。
 搬入の業者さん達と森下さんと内田さんで俺の希望の配置をセッティングしてくれている。家の設計の為に位置は既に決まっているとは言え業者さんだけにやらせずに手伝っていた。こういう人たちだから仕事が早いんだと思うも
「業務用は中々触れる機会が無いからな。やっぱり家庭用より大きいなぁ」
「水回りは圧倒的に使いやすそうだし、ステンレスの厚い事。今時中々お目にかかれないな」
「なにより大理石の天板か。週に何度料理するか判らないのに贅沢だなぁ」
「そこは料理の内容で挽回しますよ」
 飯田は嵌められていく抽斗の開け具合を早速というように試しながら工事中の土間に積んであるダンボール箱を運び入れてきた。内田はトラックで運ばれて来る度に気になっていたがその封が解けられたのを見て納得。
「調理器具でしたか」
「食器は綾人さんの家の物を使わせてもらおうかと」
「まぁ、食器だけは山ほどあるからな」
 はははと笑う俺達を外から眺めるように土間上がりの場所に座って俺達を見て居た父は不思議様な顔で、でも少し顔を引き攣らせながら眺めていた。
「流石に耐熱皿やスキレットは綾人さんの家の近所では手に入らないし、包丁とかも揃えるなら東京の知り合いの所が融通きくので」
「揃うとかいう次元の話じゃなかったか」
 唸る森下さんも
「俺達もノミとかは一生物の道具だからなあ。
 合わない時はいくつも買い直したおかげで山ほど揃ったからな」
 きっと奥さんに怒られたのだろうとそっと視線を逸らせる。仲間がここにいたかと……
 たまたま家に立ち寄った叔父が見てしまった俺のコレクションの包丁達に全く知らない人が見たら卒倒するだろう!と叱られてしまったのはほんの数年前の出来事。あれから少し増えただけだけど、せっかく綾人さんが俺のために新しいキッチンを作ってくれたのだ。新しい調理道具で迎えてあげたいというのが心情だ。
 広い水場とパンの生地もこねれる作業場といくつもの皿を広げることの出来るテーブルもある。
 木でできた規格外の大きなテーブルは綾人さんの家にあった木材で作ってもらった物。汚れが染み込まないように加工はしてもらったがこんな厚みのあるものを使わせてもらえるなんてあまりの贅沢さにさっきから顔が緩みっぱなしだ。
「嬉しいのはわかるが、竃を作るからちょっと帰ってきてくれ」
 フランスの田舎の古城にでもありそうなシンプルながらも重厚なテーブルに頬擦りしていた俺の頬を引っ張りながら森下さんは笑っていた。
「水回りの方は後一時間ほどで使えるようになりますが、竃の方は時間かかりますよ」
「時間かかるのですか?」
「行程は至って簡単ですよ。レンガを積んで漆喰を塗るだけですから。
 二層式連続燃焼タイプを作ろうと思ってるので頑張ってレンガを積みますよ!」
 石窯の場所はすでに決まっていた。
 土間を入った正面。
 この家の象徴と言うようにすでに土台のレンガは美しく敷きつけられていた。
「手伝いましょうか?」
「だったら昼飯お願いします」
 山川さんは素人が手を出すなというように全く違う仕事を与える。
「石窯作る為に左官屋になったわけじゃないんだからな。知り合いに仕組みを教えて貰って、実際出来上がった実物見て、オーナーに使い心地聞いてきたんだから。お前さんは大人しくしてる」
「はい」
 犬の耳と尻尾があればしょぼんと垂れ下がっているだろう大型犬を手招きする者がいた。
 ふと気づけばむずかしい顔の父親がさっきからその様子を黙って見ていた事にやっと気がついて
「これは……お前の遊び場なのか?」
「まあ、本気の遊び場ですね」
 黙ってしまった父はまた難しそうな顔をしているも、いつも難しそうな顔をしているので年に数回しか会わない俺としては昔ほど何が言いたいのかわからない。だけど確実に面倒なことを考えてるんだろうなということはわかったので
「せっかくだから綾人さんの家の台所を探検にいきましょう」
 ここにいても俺達が出来ることは限られている。なので俺は業者と何やら話をしている綾人さんに台所とお魚頂きますと声をかけてザルを持って父と生簀に向かうのだった。
 山水を引いて水を落とす落差を利用した水槽の中には美しい虹鱒が群れをなしてぐるぐると泳いでいる。
「養殖か?」
「繁殖から。一番下にはモクズガニがいます。やっぱり旬じゃないと美味しくないですね」
「それも養殖か?」
「何処かで捕まえたのを放り込んで泥を吐かせているみたいです。捕まえてきてくれる人がいなくなったので今いるのでおわりにするそうです」
「もったいない」
「味噌汁の出汁にしかならないので仕方ありませんよ」
「そうか」
 言いながらも底でカボチャを食べる様子を少しだけ眺め
「火を熾すので魚の番をお願いします」
「左手で十分だな」
 呆れたように笑うも目の前で用意された長火鉢に目が点になった。
「なんだこれは?」
「長火鉢です。うちにも倉庫にあったでしょ?」
「これで焼くのか?」
「まだご飯も給水から始めなくてはいけないのでのんびり焼いててください。
 魚は俺が捌くし串も刺すから父さんは座って火の番をしてて」
 庭の軒下にセッティングされた机と長火鉢に炭と置いて手際よく火を熾すのを以外にも慣れたものだという目で見てしまった。そばには追加の炭と挟み。
 暑いなと思えばこの家の家主が冷えた麦茶を持ってきてくれた。
「よければうちでとれたナスです。退屈でしょうから食べて待っててください」
 生姜のかけらと醤油、くるみ味噌も持ってきてくれた。
「このくるみ味噌は綾人君が作ったものかな?」
 箸の先でちょっとつまんで味を確かめれば甘めでくるみのコクの強い味噌に感心して言えば
「これは親友の弟が作ってくれた物です。ごはんに付けて焼いても美味しいと」
「それはまた香ばしいだろう」
 焦げる直前の香高い状態まで焼ければ美味しいだろうと想像してしまう。駅で食べた五平餅もそうだったがずいぶんと口にしてなかったなとまた箸ですくってぺろりとなめて
「少し荒目に擦ったクルミの食感がまたいい」
「そう言っていただけると喜びます」
 それだけを言ってこの家主は階段があるのか畑の向こう側へときえていくのだった。
 その姿が見えなくなった頃
「父さん、いつの間に一人で美味しいことを」
「綾人君に気を使わせてしまったようだ」
「今どちらに?」
「畑の向こうに」
 指を刺せば納得した顔。心配することはないらしいとまたぺろりと舐めればナスの焦げる匂い。
「いつの間に」
「火が強いんです。魚を焼くにはちょうどいいかもしれないけど」
「お金をもらってお客様にお出しする料理ではないのだ。気取らずに火に任せて楽しむことにするよ」
 もう行けというように息子を追い払えば綺麗に内臓を取り除いてしっかりと塩を振り、皮を破らないようにして串打ちをした技量に小さな笑みが浮かんでしまう。
「まあまあだな」
 後目はついでくれそうにないけど知らないところで火熾しも串打ちもしっかりとできている様子にここでの「遊び」は無駄のない本気のもののようで
「いい加減にしろとは言えないなあ」
 存外と居心地のいいこの場所にせめて「ほどほどにしなさい」と嗜めるしかないかと失笑をこぼすのだった。

 
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