人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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瞬く星は近く暖かく 9

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 恥かしさからか視線を反らし、所でと断って
「あれは食用なのか?」
 烏骨鶏に視線を移しての言葉。
「お披露目の時に皆さんにお出ししようかと」
「減ると困るか?」
「いえ、予想より数が増えたというのはありますが」
 ぴよぴよと可愛い時代は終わり、姿形は小ぶりながらも烏骨鶏をしている。
「一羽貰っても?」
「餌に虫やそこらの雑草も食べているので一週間の冷凍が必要です。どんな虫がいるか判らないですよ?」
 料理人にとっては検査に引っかかれば大問題だ。
「凍らしたものは?」
「あるにはありますが……」
「代わりにこいつを捌いておく。一羽貰おうか」
 懐から財布を取り出して貰おうかって買う事かと思えば
「ええと、ここで食べる分にはお代は貰わない事にしてまして」
「ざるもいいとこだな」
 あきられてしまったが
「ですが見返りはそれ以上ですので」
 その見返りは決して自力では手に入らない物。人を頼らなくてはならない物に飯田さんのお父さんはゆっくりと一つ頷いて立ち上がり、一羽の烏骨鶏を慣れた様に捕まえてきた。とても怪我をした人とは思えなかった早技だった。
「私が小さい頃は鶏を飼っててな、毎朝産みたての卵を食べていた」
 言いながら何度か頭を撫でていれば気持ちよさそうに目を細める烏骨鶏は今さっきこの人に掴まったと言う恐怖はもう忘れてしまったようだ。さすがの鳥頭だ。
「誕生日やクリスマス、正月にもよく食べさせてもらって、その都度手伝わさせられた」
 頭を撫でていた手がくりっと回った。しっかりと体を抑えられていた反対の手で一瞬にして鶏の首があらぬ方向を向いていたのを俺は悲鳴も出せずにただ眺めていた。魚を絞める様に鶏を絞める様は食材として正しく見てくれている証拠だろう。だとしてもあっさりしすぎだろうと悲鳴の行き先をどこかに吐き出したいがそんな時間は与えてくれない。
「猟をしていると聞いたがあるのだろう?作業場は何所だろうか」
「あ、ええと鳥小屋の裏になります」
「ふむ、少し借りる」
 飯田父マイペースだった。
「桔梗、魚を少し見ててくれるか?」
「何かありました?」
 割烹着の良く似合う飯田さんのお母さんはパタパタと土間ではなく台所から回って出て来てくれれば腕に抱かれている瀕死状態の烏骨鶏を見て顔を引き攣らせていた。何やっちゃってるのと言いたげな視線だが飯田父、そんな事では動じない。
 飯田さんのお母さんに長囲炉裏の席を譲れば勝手口はここかとひょいと覗きに行って
「薫、鶏を捌いて来るから包丁を一本寄越せ」
「え?父さん……って、それ俺が狙ってた今月の烏骨鶏!」
「もう少し脂がのるといいのだが……」
「ちょっと待って!綾人さんどう言う事?!」
「なんか一羽使って料理作ってくれるって言うから、代わりに一羽絞めてくれる事に?」
 そんな流れだったなというか、親子して狙った獲物が一緒ってどうよと俺の方がどんびきだ。 
「父さん酷過ぎでしょう!俺の烏骨鶏なのに!月に一羽って約束なんですよ?!」
「じゃあ、これが月に一羽の烏骨鶏だな」
「待って!それは酷過ぎる!俺の月一の楽しみなのに!」
「それを譲ってもらって父は幸せだ。この親孝行者」
 そんな言い方をされたらどうしようもないじゃないかと、珍しい飯田さんの泣き声交じりの喚き声に何が起きたのか森下さんや内田さん達も見に来てくれたが、怪我はいいのかと心の中ではずっとツッコミが止まらない。
「何だ?シェフが親子喧嘩か?」
 心配そうに森下さんは言うが
「放っておいても大丈夫そうだが……烏骨鶏抱えて親父さん怪我をしてるのに絞めるつもりか?」
 内田さんも抱きしめている烏骨鶏に目が行くらしいが既に絞めた後だ。抱えられて大人しいのではなく瀕死でピンチの状態な違いを気づいて欲しいと思う。首の角度ありえないからね!
「飯田さんのお父さんも料亭の料理長だから。子供の頃からお父さんに仕込まれたそうです」
 そんな簡単な説明に
「料理人一家か。そうなるとシェフの方が異色なのか」
 唸る浩太さん。それには俺も賛同です。
「だけど結構似た者親子ですよ?」
「そうか。なら昼飯が楽しみだ」
 長沢さんはそう言って一応ついて来てくれた西野さんを連れて母屋の方にも乗り込んできた。
「ええと、長沢さん、今回は……」
 母屋の方の襖も次々にはずして車に積んでいく。
「今日は客人が見えているから二階から張り替えて行く。
 もともとあのばあさんから頼まれていた仕事だ。藤次郎もいるしついでだ。遅くなったが取り掛かるぞ」
「ええ?」
 驚く俺を無視して台所側の階段を上がって運び出して行くが、今日はそちらに森下さん達が泊まる手はずになっているのにと言えばあの二人なら文句は言わないとの事。失笑する二人はどうぞと仕事を優先させてくれるが、急な階段を西野さんも上って行き何やら楽しそうな声が響いていた。こちらももう止めるのは無理だからと急な階段を何往復する宮下は少し見ぬ間に逞しくなっているようにも見えた。この階段を足を踏み外さず何往復する……標高高いのに元気だなぁと階段を下りた所で受け取っている間に台所で烏骨鶏を捌きだした飯田父は息子に飛び散った烏骨鶏の羽を早く片付けろと叱っていた。何だか珍しい光景だなぁと微笑ましく見て居ればそれは他の人にもそう映ったのだろう。誰ともなく温かく見守っているもみんなが見て居る目の前で腹を割って内臓を取り出して首を切り落とすのだった。
 見慣れている俺でもうわぁ……となるのに森下さん、山川さんは見ちゃったとプチパニックになっていた。西野さんの奥さんが上に居て良かったと思うも
「あら、烏骨鶏って黒いのねぇ」
 おっとりとした口調で飯田母は
「でもここまで来るとクリスマスのチキンと変わらないわね」
「鶏には変わらないので当り前です」
 飯田さんはそう言って一生懸命飛び散った羽を箒で集めるも、すぐ横のザルには内臓一式と頭があるのにのんびりと言える飯田母は確かに料亭の女将だなと言うか、料理中に埃まき散らすのはいいんだ料理人どもと、微妙な所に感心してしまうのだった。
 
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