人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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決意は口に出さずに原動力に変えて 5

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 どこで遊んで来たのか、そう言うくらい小さな木の枝のゴミを引っ付けて帰って来た俺達は速攻で風呂に入る事になった。飯田さんは五右衛門風呂に、俺は家風呂に。
「あら、二つあると便利ねぇ」
 飯田母は他人事のように利便性を褒め称えてくれるが、お客様にご飯を作ってもらうわけにもいかず手伝おうとちゃっちゃと風呂から上がる。飯田さんはのんびりを選んだみたいだけど風呂の窓から森下さん達が良い身分だとからかいにきてか笑い声が聞こえてきた。
「もう薫はお兄さんなのにいつまでものんびりしてて」
 三十でお兄さんって、お母様の頭の中がどんな事になってるのか気になるがそこは聞こえないふりをして手伝いをしようとすれば
「それより皿は他にないのか?この家ならもっとあってもよさそうだろう」
 俺の普段使いの割れにくいパン祭りの皿ではご不満なお父様に
「こっちに食器棚があるので、好きなの使ってください」
 扉を開けて三方向が食器で埋め尽くされた部屋へと案内すれば
「あら可愛い……」
 なんて言いかけた奥さんを押しのけて食器棚の部屋へと潜り込み、ぐるりと見渡して何やらニヤリと……青山さんを思い出すような笑みを浮かべるのだった。
 ヤバい、この二人本物の兄弟だ。陶器に向ける視線がなんかヤヴァイと顔を引き攣らせてしまう。
 ここに飯田さんが居ないのが悔やまれるが、見せた後ではもうどうしようもないと諦めるしかないのかと思ったものの、手早くこの雑然とした食器棚からいくつか食器を選んで料理の盛り付けを始めるのだった。
「いい皿を持ってるのだな」
「聞いた話では陶芸家とかに木材代代わりそう言うのが揃ったとか」
「あやふやだな」
「なんせ数百年分ですので。書道家とかどこかのお武家様とか。茶室を作ろうって人からもらったり、金のない無名の芸術家達がお金の代わりに置いて行ったり、そうやって集まったものが多いのでお気に入りは二階の倉庫に、そうじゃないものはこちらにって区別しました死んだバアちゃんが」
 素直に俺には審美眼がないことを言えば飯田父は鼻で笑い
「だったら死んだバアちゃんの言うことをちゃんと聞いておきなさい。ここにあるのはそれなりにいいもので二階のものは財産になるくらいのもの。一番ダメなのがこの食器棚のコレだ」
 真っ白の純白のプレートを指さす。
「パン祭りダメですか?超丈夫でレンジにも対応してるのに」
「せっかくいいも物があるのだから目を養いなさい」
「見慣れていて今更良し悪しなんて分かりません」
「なんだったら買い取ろう」 
「俺に目の黒いうちは誰にも譲らないので」
 どさくさに紛れて何ナチュラルに言っちゃってんの?と、青山さん以上に油断ならない飯田父に一瞬頭の中で色々と計算してしまったものの
「バアちゃんが大切にしていた物だから。それを覚えている限り手放しません」
「そうか。それは大切だな」
 何やら納得しながらも淡い青色が鮮やかな小鉢に濃緑のお浸しと細かく切られたお揚げさんと品よく彩るのだった。
「小松菜と油揚げのお浸し。胡桃味噌を添えて」
 お浸しのお皿とは別に小さな使い道の分からない、チョコレートがひとかけ乗るくらいの桜色のお皿に胡桃味噌がスプーンで一杯程度乗っていた。
 ヤバイ。
 さっきのは完全に本能に危険信号が灯ったが、今度のは完全に頭を殴られたような衝撃だった。
 だって考えてみろ。
 ただのお浸しだぞ?
 俺が育てた、小松菜なんて失敗する奴いないって言うくらい種を蒔いて水をあげれば根性で育ってくれるイージーな食材のくせに、色は鮮やか、見た目でもシャキシャキな食感が視覚に飛び込んでくるし、麓の街で一枚百円ちょっとのお揚げさんが主張しないように、でもコントラストを最大限引き出していて。淡い水色の葉っぱと唐草模様がまた小松菜の鮮やかさを際立て、それに香ばしい胡桃味噌がすぐ隣で品よく鎮座しているのだ。
 胡桃をすり鉢ですり下ろし、白味噌で和えたのだろう。酒、味醂、砂糖で練り合わせてこってりと甘くしたのか胡桃だけではない甘さも漂っている。
「俺の知ってるお浸しじゃない」
 別次元のものではと思うくらいの衝撃にこれで一皿千円は取れるんじゃないかとの錯覚をしてしまうも
「胡桃味噌でこってりするから柚子の皮を飾れたら完璧だったな」
 俺の想像よりまだ先があることに驚いていれば飯田母は嬉しそうに笑い
「薫は放っておいて一番美味しいうちに食べちゃいなさい」
 箸と炊き立てのご飯を用意して貰えば、米の甘さが際立つご飯が差し出されて……
 行儀が悪いのは分かっているが、胡桃味噌を半分ほどご飯の上に乗っけて香り高く甘じょっぱい胡桃味噌でご飯を一気にかき込むのだった。
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