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まずは一歩 5

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 五平餅とサツマイモのおやつ。おにぎりとおでんのお昼ご飯、そしてじゃがバターのおやつを用意しても高校生達は思う。
「いくらバイト代が出るとは言えこれは酷い……」
 農業と縁のない植田が一番最初にグロッキーになった。そのあとは上島弟に代わってもらって自動草刈機を乗り回している中学生よりも体力のないダメな高校三年生はそれでも疲れたとビニールシートの上で寝転んでいた。
「まさかうちよりハードだなんて……」
 上島兄もひたすら木の枝を落としていただけあって腕がもう上がらないという。もちろん水野も延々と草刈機を振り回していたのでしんどそうに転がっている。
「でも、今日はそこそこ進んだな」
「あやっち、あやっちの家の畑って一体どれぐらいあるんだよ」
「向こうの川の橋の手前まで。因みにそこから上に向かって段々にある」
 といえば全員が一気に顔を青ざめるが
「もう小学生の時には放置畑にしてたからそこは今更手を入れないよ。機械も入らないしね」
「広すぎでしょ……」
「林業してた時の名残で、女衆で田んぼで米育てたり、野菜育てたりしてしてたんだって。今みたいに気軽に行けるスーパーもないし、いちいち買ってたんじゃお金が足りないからね」
 だからと言って作った方が早いのか?と思うもそれが昔ながらの暮らしなら問題はないだろうと思うことにしている。別に俺がするわけでもないしーなんて他人事で想像しているが
「なあ綾人さん、真面目な話なんだけど」
 上島の真剣な声に何だ?とペットボトルのお茶を飲みながら視線を向ければ
「俺を雇う気はありませんか?」
「ないな。って言うかいきなりどうした?」
 顔を引き攣らせて聞けば
「まあ、家を出たい諸事情はみんな知ってると思いますが、その後、大学を出てからの話です。蕎麦畑を育てながら蕎麦屋を経営したいのです」
 へー、具体的な未来像をもう描いてるのかと感心しながらそのままその先を促せば
「家の畑は、親父が居るうちは蕎麦畑にはならないのでどこかで畑を借りるか買うかになります」
「まあ、無難な考えだな」
 先生もビニールシートの上で寝転びながら煎餅を齧って耳を傾けていた。
「俺は、この村が好きです最初こそどこかに就職と思ってましたが、いつか戻るのならいっその事いきなりここから始めるのもと考えまして」
「で、金は誰が工面するんだよ」
「なので雇ってもらって資金を貯めたいと思ってます」
「うちは間に合ってまーす」
「そこを何とか……っ!!!」
 パコッ……
 乾いたペットボトルの音が響いたと思ったら
「上島、綾人は農家じゃないんだ。農家としての仕事もなければ収入も無いのにどうして雇う理由になる」
 珍しい事に先生の教育的指導が飛んだ。おでこを押さながら上島はバツの悪そうな顔をするも
「信頼できる家の畑とかそれなりに慣れた所とか考えたらここが一番じゃないですか」
 先生は上島の主張に聞かせるような大きなため息を吐いて
「陸斗の兄貴は陸斗をあの家から引き取るために三年ちょい働いて妹と弟の学費を払いながら生活費を切り詰めて三百万貯めて戻ってきた。資産価値のない家を三百五十万で購入、今も家を直しながらリフォーム費は二百万近くかかってる。前の職場とは縁のない地域だからアルバイトのような仕事で顔と名前を売りながら満足な金額も借りれなかった銀行からの融資も生活ギリギリで返済している」
 じっと上島を睨むように見上げ
「お前の焦る気持ちはわかる。だけど自分の夢をなぜ他人に叶えてもらう?そうしてお膳立てしてもらって手に入れたものでお前は満足なのか?」
 うぐっと息を呑み込んで項垂れた上島は返す言葉を見つけられないまま黙ってしまった。
「大学に行って蕎麦屋でバイトしながら金を貯めろ。蕎麦打ちの修行にもなるし経営の勉強にもなる。店を開きたかったらまずは学ばないといけない事は山積みだ。雇われるんじゃなくってお前が従業員を雇う側だと言う覚悟を持て。
 そして畑作るならそっちも勉強が必要になる。ここは高地だから学校で学ぶ事とずれることばかりだと言うのも覚悟しろ。
 そんなお前の夢に大学卒業してすぐに行動する余裕がどこにあるんだ?しっかり働いて金を貯めてから行動するべきの話だろ」
 長閑な空気の中授業より厳しい先生の声が切り開かれた畑に広がっていく。誰も息を殺して耳を傾けてしまうのはそれだけ先生が真剣に諭しているからで、時々見せる先生の指導力はガツンとくるくらい頭を揺さぶる言葉を容赦なく浴びせられる。
「ははっ、俺すげーガキだな」
 あまりの正論をぶつけられて考えるより前に全てダメ出しされて、子供の夢と現実は別物だと分かっていても言われないと理解できないことは何度もあり、俺も先生の指導で何度も足を止めて振り返り、救われてきた事を思い出していた。
「思いだけじゃダメだ。金があれば良いってわけじゃない。物事全部理解できれば終わりじゃない。生きるって事は失敗の繰り返しなのだから、せめて自分が納得する人生を進んでみろ。他人を頼る暇なんてないぞ」
 誰の事だなんて聞かなくてもわかる俺の一杯一杯だった時の例に視線を逸らせてし失笑してしまえば上島は急の立ち上がったかと思えば電鋸を持って枝を落としに行ってしまった。何かあいつにも考えさせられる所があったのだろうと見送れば
「だけど頼る暇もないってどんなハードモードだよ」
 植田がポツリとつぶやいた言葉に先生はまた大きなため息をこぼし
「だから人は人を助けてやりたいって思うんだろ?
 何も努力しない奴になんで助けが必要なんだ?なんで苦しいくらいもがいてもない奴に価値を見出せる?
 人はな、心があるから揺さぶられて応援したくなるんだよ」
 言い返す言葉を見つけられなかった植田は暫く噛み締めるようにその言葉を飲み込みながら水野と一緒にまた草刈りを始める中
「俺も、兄貴と一緒に蕎麦屋やるのが夢です。だけど……」
「なんでも一緒が良いわけじゃない事も覚えておくと良い。蕎麦打ちだけが蕎麦屋じゃないからな」
 分担することで助け合うこともできると遠回しなアドバイスに弟の方は目を輝かせて兄貴のいる方へと追いかけるのだった。
「先生かっこいい」
「そんなわかり切ってる事は褒め言葉にならないぞー」
 一瞬でいつものダメ親父に戻っていたが
「お前だってずーっと悶え苦しんでたのに何か最近やっと決断しましたって顔してるくせに」
 ニヤニヤしながら報告はと聞かれるが
「別に。
 ただこの山で一生を終えようって決断できただけだよ」
 今更?と問われる視線に
「ジイちゃんみたいにとことん山に関わって、あの家を誰かに引き継がせるくらい価値ある足跡を残してやるってね」
 ニヤリと笑う。
 今更言うことかと問われそうだが
「中途半端をやめるって意味なら大きな一歩だな」
 先生はちゃんと俺の今までがその場しのぎの生き方だった事を分かっていたらしい。
「まあ、それで何が変わるんだって所だが、そこからは今からだろ?」
 決断したばかりでなのができると問う視線に俺は何の気負いもなく
「取り敢えず木の切り方から学ぶ事にしてみる」
 狭まる眉間に
「下の街に林業の専門学校あるだろ?そこで勉強と人脈を作ってくる。もちろん現役のプロにも教えてもらうけどね」
 四月の入学ならそれまでできる事はいくらでもある。
「なんだかんだ言いながら俺この山が好きだから、独学じゃなくって一から学ぶ事にしたんだ」
「いい本気だ」
 決して褒めてるようには聞こえないが
「ずっともがいてきただけあったな」
 烏骨鶏を飼ったり畑をやったりしていないと今にも逃げ出しそうな俺の弱い部分を知る先生はちゃんと知っていて
「やっと決断できたのなら、ちゃんと大切にしろよ」

 何より自分を……

と、頭をぐしゃぐしゃと撫でられて翻弄されながらの小さな声は少し涙ぐんでるような声にも聞こえ、俺は気づかないようにしながら先生に構い倒されるのだった。


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