人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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冬を乗り切れ 13

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 過去のトラウマと克服したと言うように見える五人に俺はどうなんだと思うも、まだまだ何も解決してない心にひねくれながら斧を振り下ろす。
 カッ……
 ほら、よそ事考えてるから中心をとらえ損ねて丸太の外側の皮を削っただけで土台に刺さると言う俺の情けない姿がそのまま表れた。
「大丈夫ですか?」
「はい。ただ心の中丸出しの状態が情けなくて」
 素直に言えば困ったかのように笑う飯田さんに情けないとしゃがみこむ。
「情けないかどうかは蓮司君が判断する事ですが、俺が思うには蓮司君は一生懸命やってるように見えます」
 そうか?と鼻で笑えば
「俺なら間違っても腕を痛めるので薪割を何時間も割りません」
 ん?と飯田さんを見上げれば困った顔で苦笑して。
「薪割初めてですよね?そんな人がここまで上達するのもなかなかあり得ません。
 何か必死にのめり込みたい気持ちもわからないでもありません。現実逃避の為に何か集中してしまいたい気持ちも理解できます。
 ですが、それでは何も解決しません」
 俺から斧を取り上げて、真っ赤になって豆が潰れた手を見て痛々しそうに顔を歪め
「今の蓮司君を見てると出会った頃の綾人さんを思い出して仕方がありません。
 綾人さんも不器用な人なのでひたすら薪を割ったり庖丁を研いだり、今その身がどうなってるかもわからないくらい集中してしまうので、見ている人間はひやひやです」
「庖丁を研ぐって、それは怖いな」
 薄暗い土間の台所で明りもなくショリショリと砥ぎ続ける姿はもはやホラーだろう。
「ひたすら斧を振るい続けるのも同じです」
 静かに苦笑。
「まだまだ時間はあるので他の仕事に、というよりお風呂で汗を流しましょう。
 ここでは風邪の原因になりますので」
「って言うか、よその家で勝手に風呂って……」
「五右衛門風呂なら入りたい放題です。
 俺もさっき薪割している合間に入って来たので湯加減はちょうどいいですよ?」
 ちょっと姿を見せないと思ったら風呂に入ってたのかいと飽きれるもその事にも気づかない俺はお手上げと息をふっと吐きだして
「じゃあ、初五右衛門風呂いただきます」
「はい。行ってらっしゃい」
 そう言ってタオルを貰って雪に囲まれた五右衛門風呂と対面するのだった。
 着替える場所は寒いけど、まだ薪割りで熱い為に服を脱いで、ざっと汗を流してからゆっくりと足の指先で温度を確かめながら入る。
「熱い!だけどっ!!!」
 服を脱いだら途端に寒さを覚え
「くぁーーーーーーっっっ!!!」
 思わずと言うように唸りながら一気に肩まで沈んで
「あっ!!!」
 ヘリから一気に半身を持ち上げてしまう。
「はははっ、最高でしょう?」
 なぜか外から丸見えの窓から飯田さんが覗いてて笑っていた。覗くか普通と思うも
「これ熱すぎでしょ?!」
「ですが、温度計入れると四十度です。ぬるいぐらいですが、寒いから熱く感じますね。あ、少し温めますね」
 しれっとした顔でもしてやったりと笑う。
 このやろうと思うも風呂から出ている部分は冷えるのですぐにまた浸かっても熱くて肩がぴょこっと出てはまた沈めて。
「なんか落ち着いて入りってられないんだけど?」
「その内身体が温まったらずっと入れますよ」
 そうか?と風呂は好きだがこんな熱いの何て入ってられるかと思うも話しをしているうちに温度も馴染んで行き、飯田さんは薪をくべているうちに宮下に呼ばれて何処かへと行ってしまった。
 すぐ側に脱いだ服があって、そこからは電源を落したままのスマホがある。
 悪意の言葉が埋め尽くしたモニターを思い出して躊躇いはあるものの思い切って電源を入れてカメラを起動。被写体を正面に
 ピコン
 軽快な電子音と共に写した写真は五右衛門風呂の一部を写した正面には遠い山の景色。快晴の青空でないのが残念だがその写真を社長と多紀さんへと送る。メッセージは
「人生初の五右衛門風呂。周りは雪だらけで脱出不能」
 何だかいろんな意味合いが込められているような文面になったが、ついでに窓から手を伸ばしてすぐ側の俺の背より高く積もった雪の写真も撮影、そして雪ハンパないと送信。
 すぐに多紀さんと社長から返信が来た。
 多紀さんは羨ましいを連発するはた目には恐怖のメール。全文羨ましいなので多紀さんはスルーして
「連絡を貰えてホッとしたよ。多紀から話は聞いていたけど良い所だね。
 よかったらまた何か出会ったらどんどん写真を送ってもらえるか?」
 父親のようなメッセージに何か痛むものを覚えたけど
「今日一日薪割をひたすらやって手の豆が潰れた」
 手の平の写真を撮って送信すれば
「働き者の手だね。頑張ったね。だけど怪我はきちんと消毒する様に」
 働き者の手とは程遠い爪も綺麗に手入れされた手には似つかない手の平を見て何だか自分が変わると言う予感を覚えてにんまりと笑う。
 だけどその晩襲ってきた薪割筋肉痛に俺は綾人から湿布を貰って湿布臭漂う残念な絆創膏男になるのだった。 







 
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