人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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旅立つ君に 7

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 掃除は思ったよりもはかどった。
 体力が有り余る卒業生四人組に授業後に手伝いに来る在校生たち。
 おまいらほんと仲いいな。
 今は飯田さんも宮下も帰ってしまい、いつの間にか雪が緩んできた季節。圭斗にも仕事がぼちぼち舞い込むようになって、週末の生存確認に来るぐらいにしか会わなくなった。
 その間俺は沢村さんを連れて先生の家のお隣を不動産屋で内見の後に即金でお買い物をする事になった。建物としての価値はなく、細い道の奥の家の側には崖があり、肝心の家には車では通れないお隣の前の細い道をどうしても通らなくてはいけない。
 先生の家は駐車場付きだけどお隣は駐車場を確保しなければならなく、持ち主の希望価格もそぐわず売るのには難しい立地。本当に良いのですか?なんて心配されながらも大丈夫ですと無駄口を叩かずに書類を見せてもらう。父親だと思われている沢村さんにも向かって一生懸命説明しながら書類の不備や契約の不利がないかちゃんと見てもらう事にした。 
 というか現状渡しが絶対条件。残地物もあり床下もシロアリが駄目にしていたから瑕疵費を出せと言われても応対しないと言う事まで説明を受けている。数年ほど完全に空家になってるし、入院したのをきっかけに息子夫婦の家で引き取られてそのまま亡くなられた家主の荷物は最低限の形見分けが出来る物だけ持ち出したと言う。
「冷蔵庫の中味や食品関係は処分を条件に引き取らせていただきました」
 にこにこと笑みを浮かべながら対応してくれた不動産屋に一応内見をさせてもらった。
 小さな不動産屋の車に乗せられて玄関を開ければ既に何かの腐臭の匂いがする。長い時間空気の入れ替えをしてなかった証拠だろうが、週に一度風を通していたと言うが、これは通してなかったと言うような目で睨みつけてればスマホを取り出し小声で罵倒し始めた所、綾人と沢村が思ったところが正解なのだろう。
 そして広いとは言えない玄関から営業の人が持参したスリッパに履き替えて内見スタート。
 まずはすぐ隣の台所から。
 台所の年季の入った家電製品はすべて置きっぱなし。古びた冷蔵庫も置いてあり、開ければ……
「これ、確認しました?」
「え、ええと……」
 いつかやればいいだろうと思っていたような放置ぶりに宙をさまよう視線。食品関係は処分したと言ったではないかと睨みつけながら床下倉庫を見れば瓶まで放置のまま。中を見れば梅干しのようで、カビが生えてなかったのが救いだろうか。
 沢村さんがデジカメでパシャパシャ写真を撮っていく様子に涙目の俺の責任じゃありませんが申し訳ありませんと謝る営業さんを無視して食器棚も開けて行けば調味料などもそのまま。
 親の家を整理しない家族なだけにどうせこんなもんだろうとは思っていたが、浮かばれないなと思うのは俺だけではないだろう。
 間取りは先生の家と同じように街を見る様に台所と居間が並んでいる。ただし広い縁側があって、居心地は先生の家よりも良い。仏壇は在れど中は抜いてもらったと俺と同じお寺の住職だったお坊さんに一筆書いてもらっている。神棚も同様に一筆書いてもらい、そこは田舎の人間らしく信心深いようでほっとした。
 空気の入れ替えが出来ておらず畳は湿気を吸って使い物にならないのであげていいかと聞いてから千枚通しをぶっ刺して畳を上げた。慣れてるなと言うな。古民家に住んでる人間の宿命だと沢村さんを含めて感心してもらいながら畳を上げてその下の板も取り払い、床下の様子を見る。
 うん。
 いきなりなにかの動物のう●こと遭遇しました。
 まあ、そこはお約束と言うか見慣れた物なのであっさりとスルー。瑕疵担保責任はなしという事なのでそこは諦めていたが、うちの離れのように化石が発見されなかったのでほっとした。
 たかが四年程度。いつから手入れをしなくなったか判らないが、この程度ならホッとする所だろうか。とは言え、圭斗一人ではこれはどうしようもできないだろうとまた内田さんを頼る事になるなと圭斗に相談しなくてはいけない。
 とりあえず板は嵌めて畳は処分の方向に持って行く為に放置して奥の二部屋へと向かうのだった。四畳の部屋と小さな風呂とトイレがある。下水完備がされてないのでうちと同じトイレだがそこは慣れた物。ぼっとんじゃなければ問題ないと言うようにスルーして昔ながらの浴衣所のない風呂場をただひたすら眺めるのだった。
 うん、これ。息子さんが奥さんを連れて来たくない理由ナンバーワンだね。更に年頃の娘さんが居れば絶対だ。しばらく眺めた後二階へと上がる事になった。
 二階は天井の低い部屋が二つ。窓際は先生の家同様座れるようになって眺めは良い。ただ色々な物を二階に置くと言うか倉庫代わりにしていたようで残置物の量は半端ない。息子さん夫婦も投げ出す理由に納得して暫く営業の人と街並みを眺めたあと戻って不動産屋の社長さんを交えながら
「食品の処分代位割引できるか交渉してください。強烈な臭いで精神的なダメージを負ったとかで五百万の所を二百万まで下げて交渉スタートしてください。この家にはあなた方の無関心が招いて……と言えば納得できるでしょう。ですが向こうも釣り上げて行くようなので三百万までで決めてください。理由は判りますよね?」
 この近辺から割り出した土地代の相場から算出した金額の端数を切り捨ててこれぐらいと見込んでの値段。
 ここから先は不動産屋の責任だ。もし三百万以上を越えたらそこは放置した不動産屋の責任なのだからとそこで沢村さんが名刺を取り出して渡すのだった。
 人の良いおじいちゃんだと思っていたのに駆け引きは得意な物のようで、さすが人から言葉を引き出すのが仕事と言っていた人。俺の要求を呑み込んで今の持ち主と交渉するも
「半額なら……」
 そこが落としどころだろう。
 向こうも契約書を交わしておきながらの不備。俺としてはもうひと踏ん張りと言う所だったがごねられる前にここが妥当な所だと言った沢村さんの言葉に従ってこの金額を持って決定しとした。
 帯がついたままの現金で全額支払い手数料その他諸々の諸経費も一緒に支払う。書類にも不備がないか沢村さんがチェックした後にサインをして鍵の受け渡し。
 そのあと沢村さんの事務所で
「何であんな古い物件何て買おうと思ったのです?」
 いくらでも新築の家を建てれるでしょうと言うが
「お隣が高宮先生の家なのですよ」
「ほう?」
 それは知らなかったと言う顔に
「ついに移動命令が出てご実家の近くに移動する事になったのです」
「おやおや」
 どうでも良さそうな相槌に
「あの家は購入しているので税金がかかるから手放すと言えども買い手がつかないだろうからと、いずれ冬が厳しくなって街中に降りて来る時の拠点にする為に購入する事にしたのです」
「ええ、さすがにいつかは降りて来てほしいとは願っていたので私も安心します」
 沢村さんに心配されてたんだと少しだけ喜びながら
「隣の家が空き屋なのは知っていたのでまとめて買い取ろうかと思ったのが今回の買い物の理由ですね」
「樋口にも連絡しておかないとな」
「俺からしておきます」
 親切で言ってくれたのだろうがいつまでも沢村さん任せではないと言う様に順序立てるためにも言っておく。
 そうして樋口さんにも連絡をした次の日。
 手に入れた鍵を使って植田達を引き連れてお隣にも突入。
「この家は雑誌や衣類が多いから。とりあえず分別の日を予定立ててよろしく」
「「「「あやっちの鬼!!!」」」」
 心の悲鳴ダダ漏れの叫びに俺だっていわくありげな家を買ったんだから文句を言うなと睨みつけてしまう。
「そりゃ先生の家の隣だから」
「あんな広い家に住んでるから先生の家だけじゃ狭いのは判るけど何がこんなに魅力があるのさ」
 言われれば確かにと思う。先生の懐事情の心配もあったのだが
「まぁ、先生への最後の恩返しと言う所かな?」
「綾人さまー、せんせーを見捨てないでー!最後だなんて言わないでー!!!」
 ちょうど学校に行くところの先生と鉢合わせた所で朝から泣きつかれてしまった。涙も鼻水も出てないが俺の静かな怒りは理解してくれたのだろう。
「とりあえず先生と言う一番の粗大ごみがこれ以上ゴミを産出する事はないだろうから分別をしながら後は頼む」
 綾人の酷い言いざまに誰もが先生を哀れな目で見るも自業自得。 
 尊敬していた先生だっただけにいつの間にか高山を見る目は誰もがゴミを見る目だった。
 じゃあ後はよろしくと綾人は昨日まで出されたごみを軽トラに積んでクリーンセンターへと出発するのだった。



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