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震える足が止まらぬように 13
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降参ですと言わんばかりに両手を上げて素直に歩く綾人をみんなで鶏小屋の上へと案内して堂々と動画撮影用のカメラをセットして行く。ただし陸斗が持ってる物だけ既に撮影は始めているのでそのまま持たせて撮らせていた。
園田と山田がこの部屋の窓を大きく広げ開ける。重くて分厚い、壁と言うような扉の向こうには日々見慣れた山々とは違う稜線が描いており、この山にたくさん育つ杉が特徴のように映り込んでいた。正直いい絵だなとこの家を建てた人の意図を理解しながらこの雄大な景色を背にして音合わせをしていく。
その間に机を片付けてたり椅子を移動したりして綾人を部屋の中心に座らせるように位置取りをしていた。
この大きな窓を背に俺は綾人の正面に立ち、一礼。
演奏が始まる前のピンとした空気、馴染があるはずなのに緊張する。
『突然綾人の家に住まわせてもらう事になって一ヶ月。何も綾人の手伝いが出来なかった俺だったけど沢山の形にはならない大切なものを惜しみなく教え、与えてくれた事を感謝します。
この先、こんな生まれ故郷から遠く離れた国に来て隠れ住む経験をする事はもう二度とないと言う事が今は寂しいけど俺がそれだけ幸せな事であって、だけどここでの生活はこれから得る事が出来ない貴重な体験の思い出となりました』
あれだけ考えた言葉がするすると頭から抜け落ちて感謝の言葉になってるのかよくわからない。
まとまらない思考と緊張からか何だか泣きたくなってきたものの、綾人はいつもの通り偉そうにふんぞり返って挑発する様に椅子に座っている。俺は一生懸命なのにと何だか腹立たしくて深呼吸して気持ちをリセットして顔を上げる。
『お礼するには何も持たない俺が出来る事は限られていて、だけどバイオリニストの俺には今バイオリンがある。
ならできる事はただ一つで、この山で過ごした間に作った俺の処女作。
綾人の為に作った『雲の中の子守歌』を聞いてください』
そんな前置きの後にバイオリンを構え、さわさわと木々の枝が揺れて擦り合う優しく奏でるメロディに耳を傾けながらゆっくりと弓を滑らせる。
奏でる音はこの背景のようにまだ薄暗くようやく周囲が光に支配されない柔らかないろあい。そして雲が無かったはずなのに変わりやすい山の天気は視界の下から雲が浮き上がってくる神秘的な景色は総て俺も知らない背後の変化。朝を迎えた証拠。
これがこの山の日常で、この山で暮す者しか知らない奇跡の景色。
最初こそ虫だらけで、何もなくて、不便で、不便で、不便で、逃げ場もなくて。
言葉も判らなければどこに行くにも何もわからないし、そもそもどこに行くにもこの国のお金もないし。
悔しくて、悲しくて、屈辱で、みじめで……
なにももたない空っぽの自分と向かい合うだけの時間に何度も心が折れそうになった。
だけどこの悪意のない景色が俺を癒し続けてくれた。
だけど多分それだけだったら俺はそこまで感動をしなかったのだろう。
ここに綾人が居た。
俺だけが悲劇に飲まれている場合じゃない事、いつまでも悲しんでいられない出来事と出会った。
もともと家族と言うよりパートナーと言ったコミュニティな俺と母さんの関係とは別に理想の親子と言う形があったうえで恨まれた挙句憎まれて捨てられた綾人はきっと今もどこかで家族に愛されたいと願っているのだろう。幼子が母親を求める様に。そんな母親の拒絶に人は心が殺されると生きるのを放棄するかのように衰弱して行くように死に向かうような綾人の姿を目にしてしまった。
渇望。
そうやって足掻く人達を山ほど見ていたけど、この様に弱っていく人を見る事は幸せな事に俺は一度もなかった。綾人はそれほどまで家族を求め、どこまでも家族の形を欲したのに手に入れる事は出来なかった。
そして新たな形として沢山の人に手を差し伸べて沢山の人に支えられる家族としての脆いながらも形を手に入れようとしている。今もそのように。
とは言え俺のように手を差し伸ばしてもらい、その手を受け取って去っていく者はどれだけいるのだろうか。むしろ惜しまずに背中を押す綾人だから目が離せないのだろう。
あまりにも優しくて、それが寂しくて。
山奥でいつか誰か訪ねてくるだろう人に手を差し伸べれるようにこの不便な土地にしがみついて来るかどうかも分からない人を待ち続け、最後は無事旅立つのを見守る無償の奉仕は何所までも孤独だ。まるで自分の望む幸せと引き換えに裕福になる暮しはとてもじゃないが痛々しくて目を向けてられなくて、でも所詮俺も通り過ぎるだけの人間だ。
だけどそんな綾人を見て通り過ぎるだけの人間になんてなりたくない!
何が出来るなんて判るわけのない俺だけど、今回こうやってその記憶に残す意地を見せつける機会に出会えた。
一生忘れられない俺の音を聞け!
なんて思ってたのに、ジョルジュに表現が拙いと言われた言葉かここにきて理解する。
きっとこれを人生の最悪の事件にするつもりで俺は守られる為の場所に来て、綾人の不器用な優しさに傷ついた心を癒しに来て立ち直ったはずなのに、感謝の思いを、綾人に聞かせたい音が理想に追いつかない。
もっと柔らかくて膨らむ青空に浮かぶ真っ白な雲のようなイメージはまるで現実の雲の中の土砂降りの雨の中のように単純な形。こんなんじゃ子守歌にならないと焦るも思い出せ。雲が降りた雨の中はただ雨が降ってただけじゃない。
むせ返る水を含んだ大地の匂い、軒下で雨宿りする鶏達のさざめき、降りしきる雨が川に交わるその勢い、何より一緒に雨を見上げた空が晴れて行く様子、どれもこれも忘れられない!
一緒に過ごした時間がどれも愛おしくて、こうやって時間を過ごした人がいた事を改めて知り、それはもうほぼ今日が最後だと気づけば何で今頃になってと思うのに感謝する思いはどれも言葉が足りないように表現が足りなくて、悔しくて。だけどそれ以上に綾人とさようならをするのが寂しくて……
自分の未熟さ加減、そして綾人との別れの実感、感情にぶれてしまった不完全なプレゼント。
もう二度と泣きながら寝ない日が来ないように祈りながら、願いながら作った曲。
もう支離滅裂状態の中それでも涙ながらに弾ききって、最後は
『綾人ーっっっ!!!』
バイオリンを持ったまま綾人を正面から抱きしめる様にして泣きついてしまい、俺は子供のようにこの別れに声を立てて泣き叫ぶのだった。
涙も鼻水もみっともなく垂れ流しなのに綾人は嫌がるそぶりもせずにおいでと両手を差し伸ばして俺を抱きしめてくれる。
襟のないシャツに溢れる涙の目元を押し付けて、いつの間にかやって来ていたマサタカも背中を向けて鼻水を啜っていて、協力していた皆も一緒に涙を流してくれた。
俺はきっとこの日を絶対に忘れないだろう。
俺の再出発の場となった二度と足を運ぶ事のない遥か東の国の人の行き交う事のない山奥でのスタートは沢山の成長と荷物にならない形のない山ほどの思い出。
それは生涯の宝となり、思いを奏でるバイオリニストとして俺はクラッシックの世界に復帰する事となった。
園田と山田がこの部屋の窓を大きく広げ開ける。重くて分厚い、壁と言うような扉の向こうには日々見慣れた山々とは違う稜線が描いており、この山にたくさん育つ杉が特徴のように映り込んでいた。正直いい絵だなとこの家を建てた人の意図を理解しながらこの雄大な景色を背にして音合わせをしていく。
その間に机を片付けてたり椅子を移動したりして綾人を部屋の中心に座らせるように位置取りをしていた。
この大きな窓を背に俺は綾人の正面に立ち、一礼。
演奏が始まる前のピンとした空気、馴染があるはずなのに緊張する。
『突然綾人の家に住まわせてもらう事になって一ヶ月。何も綾人の手伝いが出来なかった俺だったけど沢山の形にはならない大切なものを惜しみなく教え、与えてくれた事を感謝します。
この先、こんな生まれ故郷から遠く離れた国に来て隠れ住む経験をする事はもう二度とないと言う事が今は寂しいけど俺がそれだけ幸せな事であって、だけどここでの生活はこれから得る事が出来ない貴重な体験の思い出となりました』
あれだけ考えた言葉がするすると頭から抜け落ちて感謝の言葉になってるのかよくわからない。
まとまらない思考と緊張からか何だか泣きたくなってきたものの、綾人はいつもの通り偉そうにふんぞり返って挑発する様に椅子に座っている。俺は一生懸命なのにと何だか腹立たしくて深呼吸して気持ちをリセットして顔を上げる。
『お礼するには何も持たない俺が出来る事は限られていて、だけどバイオリニストの俺には今バイオリンがある。
ならできる事はただ一つで、この山で過ごした間に作った俺の処女作。
綾人の為に作った『雲の中の子守歌』を聞いてください』
そんな前置きの後にバイオリンを構え、さわさわと木々の枝が揺れて擦り合う優しく奏でるメロディに耳を傾けながらゆっくりと弓を滑らせる。
奏でる音はこの背景のようにまだ薄暗くようやく周囲が光に支配されない柔らかないろあい。そして雲が無かったはずなのに変わりやすい山の天気は視界の下から雲が浮き上がってくる神秘的な景色は総て俺も知らない背後の変化。朝を迎えた証拠。
これがこの山の日常で、この山で暮す者しか知らない奇跡の景色。
最初こそ虫だらけで、何もなくて、不便で、不便で、不便で、逃げ場もなくて。
言葉も判らなければどこに行くにも何もわからないし、そもそもどこに行くにもこの国のお金もないし。
悔しくて、悲しくて、屈辱で、みじめで……
なにももたない空っぽの自分と向かい合うだけの時間に何度も心が折れそうになった。
だけどこの悪意のない景色が俺を癒し続けてくれた。
だけど多分それだけだったら俺はそこまで感動をしなかったのだろう。
ここに綾人が居た。
俺だけが悲劇に飲まれている場合じゃない事、いつまでも悲しんでいられない出来事と出会った。
もともと家族と言うよりパートナーと言ったコミュニティな俺と母さんの関係とは別に理想の親子と言う形があったうえで恨まれた挙句憎まれて捨てられた綾人はきっと今もどこかで家族に愛されたいと願っているのだろう。幼子が母親を求める様に。そんな母親の拒絶に人は心が殺されると生きるのを放棄するかのように衰弱して行くように死に向かうような綾人の姿を目にしてしまった。
渇望。
そうやって足掻く人達を山ほど見ていたけど、この様に弱っていく人を見る事は幸せな事に俺は一度もなかった。綾人はそれほどまで家族を求め、どこまでも家族の形を欲したのに手に入れる事は出来なかった。
そして新たな形として沢山の人に手を差し伸べて沢山の人に支えられる家族としての脆いながらも形を手に入れようとしている。今もそのように。
とは言え俺のように手を差し伸ばしてもらい、その手を受け取って去っていく者はどれだけいるのだろうか。むしろ惜しまずに背中を押す綾人だから目が離せないのだろう。
あまりにも優しくて、それが寂しくて。
山奥でいつか誰か訪ねてくるだろう人に手を差し伸べれるようにこの不便な土地にしがみついて来るかどうかも分からない人を待ち続け、最後は無事旅立つのを見守る無償の奉仕は何所までも孤独だ。まるで自分の望む幸せと引き換えに裕福になる暮しはとてもじゃないが痛々しくて目を向けてられなくて、でも所詮俺も通り過ぎるだけの人間だ。
だけどそんな綾人を見て通り過ぎるだけの人間になんてなりたくない!
何が出来るなんて判るわけのない俺だけど、今回こうやってその記憶に残す意地を見せつける機会に出会えた。
一生忘れられない俺の音を聞け!
なんて思ってたのに、ジョルジュに表現が拙いと言われた言葉かここにきて理解する。
きっとこれを人生の最悪の事件にするつもりで俺は守られる為の場所に来て、綾人の不器用な優しさに傷ついた心を癒しに来て立ち直ったはずなのに、感謝の思いを、綾人に聞かせたい音が理想に追いつかない。
もっと柔らかくて膨らむ青空に浮かぶ真っ白な雲のようなイメージはまるで現実の雲の中の土砂降りの雨の中のように単純な形。こんなんじゃ子守歌にならないと焦るも思い出せ。雲が降りた雨の中はただ雨が降ってただけじゃない。
むせ返る水を含んだ大地の匂い、軒下で雨宿りする鶏達のさざめき、降りしきる雨が川に交わるその勢い、何より一緒に雨を見上げた空が晴れて行く様子、どれもこれも忘れられない!
一緒に過ごした時間がどれも愛おしくて、こうやって時間を過ごした人がいた事を改めて知り、それはもうほぼ今日が最後だと気づけば何で今頃になってと思うのに感謝する思いはどれも言葉が足りないように表現が足りなくて、悔しくて。だけどそれ以上に綾人とさようならをするのが寂しくて……
自分の未熟さ加減、そして綾人との別れの実感、感情にぶれてしまった不完全なプレゼント。
もう二度と泣きながら寝ない日が来ないように祈りながら、願いながら作った曲。
もう支離滅裂状態の中それでも涙ながらに弾ききって、最後は
『綾人ーっっっ!!!』
バイオリンを持ったまま綾人を正面から抱きしめる様にして泣きついてしまい、俺は子供のようにこの別れに声を立てて泣き叫ぶのだった。
涙も鼻水もみっともなく垂れ流しなのに綾人は嫌がるそぶりもせずにおいでと両手を差し伸ばして俺を抱きしめてくれる。
襟のないシャツに溢れる涙の目元を押し付けて、いつの間にかやって来ていたマサタカも背中を向けて鼻水を啜っていて、協力していた皆も一緒に涙を流してくれた。
俺はきっとこの日を絶対に忘れないだろう。
俺の再出発の場となった二度と足を運ぶ事のない遥か東の国の人の行き交う事のない山奥でのスタートは沢山の成長と荷物にならない形のない山ほどの思い出。
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