人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
531 / 976

冬が来る前に 9

しおりを挟む
 昼食の時間は夕方になっても終わらなかった。
 お母さんは様子を見に来た宮下のおばさんと一緒に待ったりとしだしてしまい戦線離脱。
 お父さんはお昼の料理を出しきった所で早速夕飯の準備に取り掛かっていた。
 畑で野菜を収穫してハーブも見繕っていた。勿論飯田さん秘蔵(?)のお肉も冷凍庫から発見して美しいボタン鍋を家のどこに在ったのか知らないけど台所のテーブルに並ぶ土鍋にボタン鍋を作ると張り切っていた。勿論鹿肉で昨夜から作り続けていた角煮はぷるんぷるんとした煮凝りくるまれていて、だけど脂肪分の少ない鹿肉で出来るのかと思っていれば味見をさせてくれた。
 ほろりと糸のように解れて
「これはまた新しい食感」
「脂肪がほとんどないからな。ハンパに煮ても焼いてもぱさぱさになるだけだからな。それならとことん煮込んでここまで柔らかくしてやると食べれる物になる」
 言いながら固まりの一つをとりだしてフォークで削り出せばぽろぽろと崩れ出し、ぷるんぷるんの煮凝りをスプーンで一掬いをしてぽろぽろに崩れた鹿肉と一緒に和える。そして山椒の実を砕いて一つまみ振りかけた。
「さあ、試食だ」
 差し出された小皿に箸を取り出して食べれば鹿肉の繊維が煮凝りを上手く絡めて途中でぽろぽろ落とす事なく口に運べた。
 口の中でジュワッと蕩ける煮凝りと、鹿肉だけではどこか物足りないビーフジャーキーにも似た食感は旨みをいっぱい凝縮した煮凝りによって口の中で一つになって行く。ぱさぱさなイメージだった鹿肉のしっとりとした食感、そして一滴も無駄にしなかった脂の旨み、さらに鹿肉のくせを消すようにピリリと効いた山椒。
 美味しい期待は裏切らない。
 解れ得てそこまで咀嚼する必要のない鹿肉だけど、味わう様に何度も噛みしめて、口の中には醤油と酒、みりん、ザラメで整えられた鹿肉のシンプルな味だけが残った。
 バアちゃんの焦げ料理とは違うとほっとしたと息を零して余韻に浸っていれば
「もう少し煮凝りがあっても良いな」
 言いながらまた鹿肉をほぐしだしてたっぷりと煮凝りを絡めていた。
 その盛り付けに申し訳ないけどキャットフードとかああいうのを思い出してしまい、ビジュアル的にはどうなんだよと思いながら
「いっその事解した鹿肉を煮凝りで固めてみたらどうです?どこかの料理で寒天で固めるとか会ったけどあんな感じでもいいんじゃないのですか?」
「ああ、ゼリー寄せか。それも悪くないが、口に入れた時にゼリーと肉が分離する。口の中で絡めて一つにして味わいたい」
「ふーん、フランス料理にもいいアイディアはないでしょうか」
 何て俺の知識から検索するよりも早く飯田さんが
「ないですよ。そもそもソース文化ですから。あってもゼリー寄席がせいぜいです。パテにしたりとか、ああ、でもオードブルでおなじみのテリーヌが一番近いかもしれません。むしろこの状態ではペーストにしてリエットにした方がいいかもしれませんね」
「詰まらんな。
 折角の鹿肉なんだ。ペーストにして鹿肉の食感をなくすバカがどこにいる」

 ここに居たと言う様に飯田さんを見るも、お父さんの言い分が正しいと言う様に何も言えなくなってしまったが、どこかふてくされた顔はまだまだお父さんの手のひらの上で転がされる気分なのだろうと心の中で笑っておく。
「まぁ、おかげでいい案は出来た」
 言いながら竈から鹿肉を取り出してどんどん解して行く。
 手伝おうかと思うもそんな隙はなくて、飯田さんにこうなると手におえないからと、飯田さんには言われたくないだろう言葉で俺は台所から強制退去させられるのだった。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...