人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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短期滞在の過ごしかた 1

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 飯田さんも何と声をかけたらと言うように口を開いては閉ざしていた物の沈黙を破ったのはエドガーだった。
「お疲れ様です。
 今回のような生前の財産分与は初めてでしたか?」
 感情もなくそう言った口調は慣れていると言うような顔のエドガーに頷く。
「でしたら少し重かったですね。こちらではわりとよくある事なのですが、受け止める方が精神力を必要とします。
 お疲れ様でした。よく最後まで踏ん張れました」
 そう労われる位しんどい事だったのだと今更ながら理解する。
「バアちゃんの財産を相続したのは死んでからだし、死ぬ前にバアちゃんが全部済ませてくれたから、後のごたごただけで済んだのに」
 こんなにも大変なんだと精神的疲れは体が急速な休憩を求めるようにあくびが零れ落ちた。
「では、前回同様保険証書が出来たら連絡します。とりあえず次にフランスに来るまで私預かりで宜しいでしょうか?」
「お願いします。さすがにエアメールをしてくれって言えないから。
 来年の春まで来れそうもないけど、必要経費は請求を回してください」
「承りました」
 そう言って今回の仕事は終わったと言わんばかりに帰る支度をする。
 うん止めないから安心して?
 すぐに事務所に戻って仕事に戻るのだろう後姿の手にはいつの間にか飯田さんが持たせていたお弁当がぶら下がっていて、嬉しそうな顔の様子はいい仕事が出来たからだけではない事を理解すれば飯田さんも隣に並んでいた。
「なんだかんだ言って夏に綾人さんが用意した予算に近づいてしまいましたね」
 目元が笑ってないとかではなく、どこか困ったかのような視線に俺は視線を城へと見上げる様に向けて
「これでこの国での大きな買い物はもうしないよ。
 多少車か何か買う必要性は出てくるかもしれないけど、どれもこれも桁違いの安い物になる。
 それにこの先はオリヴィエが自分の手で手に入れて行くだろうし、オリオールへの投資も既に必要がない所まで来ている。
 二人とも真のプロだから。回りさえきちんとしていればすぐに頂点に返り咲くよ」
 それを見越しての投資。
 失敗したのならそれは俺の見る目がないだけ。
 決してあの感情のない顔にかつての自分を重ねたとか、まるで自分の親のピンチを救う息子のように飛び出したし恩人の為にとかそんな言い訳は間違っても口にしない。
 とりあえずと言う様に俺は飯田さんに視線を移し
「予定より帰宅時間が遅くなりそうだから。
 三人に晩ご飯のおかずになる物を用意してくれる?」
「はい。承りました」
「あとオラス達にもご心配おかけしましたって、それは俺が今から言いに行ってくる」
「ぜひよろしくお願いします」
 ではまたあとでと言う様に玄関で別れて俺は少しいなかった間に変わり果てた裏庭に謎のテンションを上げるのだった。


「わ、何コレ?!ハーブのロックガーデンってちょっとかっこいいんですけど!!!」

 まっ平らだった一日陽の当たらないさびしい裏庭はいつの間にか花壇のレンガが積み直されて大きさもさることながら起伏のある場所に変っていた。
 レンガにこびりついた苔も石畳の様に敷かれたコッツウォルズストーンも既に見知った形ではなくなっていた。
 城から馬小屋の方に伸びる石畳は元馬小屋の周りをぐるりと囲んでいた。
 そりゃ買いすぎたコッツウォルズストーンを有効活用してもらえればと言った覚えはある。だけどこんな風におしゃれに変化した何て誰が驚かずにいられる!
 その上直線的な花壇だったものは円を描く様に回り道でもするかのような無駄を楽しむようになっている。勿論手入れがしやすい様に直線的なショートカットもあるがそこは植物たちが隠して目立たなくしてあった。
 うわー!うあー!
 なんて作業用の小道に潜り込んで何種類もあるハーブの植え付けを楽しむ。決して俺の家のハーブ畑のような農作業的な植え付けとは違う見た目も色合いも美しい芸術にも似たハーブガーデンはまだまだ苗も小さいものの、この成長が楽しみなのは今から期待するしかないと言う物。
 何が植わっているか、まだ作りかけの通路がどうなっているのか探検する様に走り回っていたら
「何だアヤト、いつになったら入って来るか待っていたのに。
 一杯飲むだろ?」
 何やらワインを片手に扉から顔を出したオラスとリヴェットに誘われたらもう誘われるしかない。
「オリオールはどうした?」
「ジョルジュの奥様を慰めてるよ」
「あいつは女性ならすぐに手を出すから」
「飯田さんを投入したので問題ないと思います」
「ああ、カオルが目を光らせているんじゃオリオールとて何もできないな」
「さすが調理場の支配者!」
 笑いながらグラスになみなみとワインを貰えばリヴェットがバターで焼いたシーフードを摘みに出してくれた。
 ガーリックと鷹の爪を利かせさらに粗挽き胡椒と言う絶対嗅覚から腹を刺激する奴にプリップリの牡蠣に真っ先に手が伸びて口の中を火傷させる勢いの熱を流し込む様に白ワインを一気に煽る。
「うまー!!!」
 ジョルジュの威圧の酷さに正直オリオールの食事を食べた気がしなかった故に取り戻した味覚は思わず涙を零しそうになるくらい優しくも暴力的な物だった。エビとムール貝を食べた所で一息入れようと言うように窓の外に視線を投げれば
「所でこの庭は誰が?」
「そりゃリヴェットだよ。後俺とオリオールもだ」
 にこにこと赤ら顔で笑う二人はこれだけハーブが揃えれば飯も美味いしなかなか入手困難なハーブも好きなだけ使えると何故かハイタッチ。飯田さんと小山さんを見ているようだと生暖かい目で見守りながら
「一応アヤトがこだわったコッツウォルズストーンが大量に余ってたからな。我々なりに調べて作ったんだ。なかなか様になってるだろ?」
「様になってるだなんて、かっこよすぎてエドガーの事で感謝に来たのにエドガーなんて忘れてこの庭に一目ぼれだ」 
 そんな最大の賛辞に二人はまたもハイタッチ。
「だったらこれからの庭の改造の作戦会議をするぞ!」
 小屋に入って今後の方針を決めるぞとテーブルに置かれた紙の上には簡単な庭の地図。まだ真っ白だけど色鉛筆を持ち出して
「ここのアプローチは両脇から匍匐性の植物で覆う様にしたいんだ」
「俺としては城の脇の道から窓の中が丸見えだから背の高い物で隠したいし……」
「いっその事リンゴか何かなる木を植えません?アップルパイ食べたいし」
 何て三人でハイタッチ。
 妙にテンション高い俺達は酔っ払いと言う言葉でくくって欲しくない立派なドリーマーだ。 
 多分。
 

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