人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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春の嵐通り過ぎます 6

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 多紀さんの為に台所の隣に机を運び、暗い室内の為に間接照明も用意する。
 布団も階段下の小さな押入れに用意し、衣装ケースをタンスの代わりに置いて身の回りの物は揃うのだった。
「こんなものかな?」
「綾人君悪いね。
 とりあえずトイレ行くのに土間を渡らなくてすむのはありがたいよ」
 夜とか不安だったんだと笑う多紀さんにそれでも忠告。
「寝ぼけて土間に落ちないでよ?」
「寝ぼけてなくてもちょっと心配だけど、そう言えばこの古民家作ってくれた内田さん紹介してもらえるかな?」
「ガチで家を造るんだ」
「作るよ。スタジオに部屋だってつくるし。
 当然撮影に作った家を僕買い取るつもりでいるから」
 公私混同もここまで言い切るとすがすがしい。
「だから何処かいい感じの風景の場所知らない?」
「希望の土地が分んないんだけど。って言うかそれぐらい自分で見付けろよ」
「希望はお山が見えて、周囲に家がない事。
 出来れば道路からも遠くて林の中に隠れていればなおいいんだけどね」
 あるよ。あったようちの土地。
 だけどそこは
「んな都合がいい場所があるわけないだろ?」
 近くに来てほしくないので全力スルー。年齢的にもこの村で骨を埋めるにはなかなか不便だぞ、せめて麓の町に行けと言う様に塩対応。
「だよねー。一応めぼしい場所はあるんだけど持ち主が分らなくってね。役場に話しに行かないといけないかな」
 っていうか、ある程度場所決めてるなら聞くなよとつっこみつつ
「まあ。頑張って」
 どうでもよさ気に立ち上がり
「悪いけど少し山回ってくる」
「雪があるのに?」
「引きこんでいる山水のメンテしないといけないから。水量が減ってるから酷くなる前に一度見に行きたいから」
 畑に引いてる水はちゃんとした水路を作っているから落ち葉を漁る程度のメンテナンスでいいけど、台所や庭の洗い場で使ってる水はいくつかの濾過槽を通ってホースみたいなものを使ってここまで運んできているのだ。もっとも生簀の水は濾過槽まで使ってないけど、最低限の葉っぱなどは取るようには作られている。生簀洗うの面倒だからね。面倒絶対やりたくない。これが俺の主義のつもりだ。
「僕も付いて行っていいかな?」
 好奇心旺盛と言うような多紀さんのキラキラとした瞳に
「今回はまだ足元が危ないから我慢しよう?
 東京からみんなが来てから一緒に見た方がいろいろ手もあって助かるだろうし」
 完全に足元が危ういとまでは言わないけどこの時期の水はトラウマ級に冷たい。本当に凍え死んでもおかしくないくらいの冷たさだったはずなのに、あの時はただこんな風に殺されたくない一心で生にしがみついていた。
 殺されてたまるか。
 ただそれだけの生きる事への本能が駆けつけてくれた人達のおかげで今も命を繋いでいる。
「どうしてもだめ?」
「俺の言う事が聞けないのならお帰り下さい」
 そう言って玄関の方を指をさす。
 きっとこんなにもぞんざいな扱いをされた事はないだろう多紀さんはクシュッと顔をゆがめるも
「山に住むなら山のルールがある。先人から守られる掟、守らなくてはいけない約束。
 それを受け継ぎ今もこの吉野はある。 
 多紀さんが良いって言ってくれるこの家はそう言った物を受け継ぎ、先祖代々受け継いできた精神から成り立っている。
 多紀さんが良いって言ってくれるこの家はそう言った物で出来ているから、それが守れないのなら敷地から出て行ってほしい」
 実際山岳信仰のあるこの山の麓にいるとそう言った人達との交流もあるし、この家はちょうど通り道にもなっている。
 道は何所だって?
 俺が歩いた事があるわけではないけど先生が開拓した道だと思っている。
 ただし、家を通るルートは正規のルートではないので胡散臭さは爆発だが、それでも俺の記憶の限りジイちゃんもバアちゃんもちゃんと対応していたので俺も対応するようにはするつもりだ。まだ一回も対応してないけど、それは何れって奴だ。
「さて、多紀さんはここでまっててくれる?それとも山を下りる?」
 そんな二択。
 多紀さんは不満を訴える顔を隠さずに
「みんなが来たら連れてってくれるんだよね」
「ああ、もうちょっと足元が安全になったらだ。
 今の季節は間違って沢に落ちると心臓麻痺がおこるくらい冷たいからな」
「まるで知ったような表現だね」
 ぶるりと寒さに震えて見せる多紀さんに俺は何とも言えないと言う様に一瞬表情を消してしまって、それを悟られてしまった。
 ついさっきまでぶーぶー文句言っていた多紀さんが途端におとなしくなってここで待っていると言うのが答えだろう。
「今度は連れて行ってね」
「雪が解けたら」
 そう言って俺は納屋に向かって準備を整えて、あの日を思い出すのを必死に別の事で誤魔化しながら沢を上って濾過槽へと辿り着き、手が真っ赤を超えて指先が紫になるのを耐えながら濾過槽の水を抜き、潜り込んだ砂を綺麗に洗い流し、ゴミを取り、フィルター代わりに重ねたガーゼとその下にネットに詰めた石を洗ってまた元通りにするという、仕組みとしては熱帯魚を飼う時に水を作る為の物と何ら変わらない作りを人間用にすると大掛かりになると言う苦労を今日も終えるのだった。
 ちなみにうちの濾過槽は家を潰す時に捨てられるはずだったバスタブだ。ジイちゃんが貰い受けて三連構造にしてくれた。作ったのはジイちゃんじゃないから内田さんか誰かだろう。とりあえずだ。
「浴槽って下に水抜きがあるから楽だよね」
 チェーンを引っ張るだけで水が抜ける。その為のスペースは確保してあるので作業が楽なのは至極ありがたかった。
 きちんと蓋を閉めてずれないように重石を置き、その後はまた沢沿いに歩いてゴミがたまってないか熊笹が浸食してないか整備するだけ。ありがたい事にこの季節なので熊笹との戦いはない物の……
「何でこの季節に沢に突っ込むバカが居るのかな……」
 長い棒を持って顔を反らせて川から引きずり上げようと格闘しながら絶対この水飲みたくないと心の中で呪文のように唱え続けるのだった。



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