人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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スケジュールが溢れかえって何よりですって言う奴出手来い! 4

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「所でイギリスにはいつ行くんですか?」
 少し笑いあった所で慧が声をかけてきた。
「八月の終わりにはいくよ。フランスに寄ってからイギリスに渡る予定にしてる。こっちを立つのはお盆も終わった頃になるね」
「じゃあ撮影が始まる前に行っちゃうんですね」
「撮影が終わって上映も終わったて次の映画が上映終わった頃帰って来るぐらいかな?」
「夏休みは帰ってこないんですか?」
「当然帰って来るよ。この家と山の世話を丸投げは出来ないから」
 そしてフランスの城もほぼ丸投げしているので顔を出さなくては、いくら皆さんのおかげで城の世話をしてもらえてるからと言ってもほぼ丸投げ状態は決してよくない。こまめな連絡と感謝を伝えて入るつもりだが、それでも俺が行くのと行かないのでは度合いが変わる人と人の心の距離の問題に発展する。
「軒を貸して母屋を取られるってわけにはいかないから」
「嘘つけ。そうなったらあっさりと売り払うくせに」
 少なからず数か月寝食共にした蓮司は俺の容赦ない部分を知ると言う様に非難がましい視線を送って来た。勿論俺もニヤリと笑うも
「とりあえず後最低十年は売らないさ」
「オリヴィエが独り立ちするぐらいか?」
「まさか!
 オリヴィエは何時でも独り立ちできる実力がある。だけど今はホテルを渡り歩くんじゃなくって一つの場所に居を構える帰巣本能を養うトレーニング中だと思えばいい。
 それに後十年って言う数字はオリオールの方だ」
 企業戦士なら第一線を退いてる年齢。だけど定年はない物の年齢による老化はどうしようも隠しようがない。
 例えば味覚。
 日々老化する肉体の末端はシェフと言う職業柄一番の武器を失う事になる。
 当分経験がそれを補う事も出来るだろうけど、オリオールにとったらどこかで線引きしなくてはいけないタイミングは必ず来る。
 俺はそこを大雑把に十年と想定しただけ。少なくとも十年はオリオールズキッチンを営業できるように城の設備を整えるくらいしか今の所あの城の価値はない。
 嘘だ。
 オリオールの料理に舌包みを打ちながらオリヴィエの奏でるバイオリンの調べに耳を傾け穏やかな木陰の中で美しい庭を眺めながらゆったりと過ごす至上の瞬間を夢描く場所、そんな計算で導き出した時間を十年で終わらせるはずがない。
 オリオールの魂を受け継いだ飯田さんと言う後継者もいるし、オリヴィエだって俺と十歳近くも年が離れている。この先十年、更に十年、何度その機会があるだろう?そこから十年、また十年、まだまだ憧れた穏やかな時間を得るには十分な余裕はあるのだ。
 多分、俺は死ぬまであの城を手放さず、適当にこっそりとオリヴィエに権利を移してオリヴィエの帰る場所、そして子供達が子供を連れてくる場になればいい。故郷のないオリヴィエの心の拠り所となる場所になればいいと想像しては迷惑だと言われそうでそれもまた楽しいなと笑ってしまう。
「なぁ綾人、お前なんか企んでいるだろ?」
「何言ってる。人が生きている間に出来る事なんてわずかでしかない。
 限りある時間を有効に使う為にはいろいろと計画しないといけないんだと言うのは判るかな蓮司君?」
 何てちょっと偉そうに聞けば
「とりあえずろくでもない事を考えている事だけは判った」
 溜息と共に
「これがこれから俺達が演じる事になる役のオリジナルだぜ?」
「多紀さんもまた奇抜な人を採用しましたね」
 何てこったと言う様に慧はコロンと転がってしまうも
「だけど人間味があって面白い。多紀さんが好きな人間よね」
 茉希がなるほどと言う様に俺を見ながら
「多紀さん中身と外身のギャップがある人ほど掘り下げたくなるから、難易度上がりそうだよ?」
「それは重々承知で挑むつもりさ」
 蓮司のギラリと俺を睨むような視線は俺の総てを学ぼうと言う物。
「いやだ、そんなに見つめないで」
 照れるじゃないかとあまり人の視線に慣れないから恥ずかしそうに顔を覆ってしまうも
「とりあえず当面俺と慧は綾人を学ぶつもりで出来る限り会いに来るぞ」
「ですね」
 そんな気合。
 いや、ほんと止めて。
 ストーカー行為を公言するのは勘弁してと言う様に及び腰になっていれば
「綾人君いるー?」
「あ、宮下のおばさん、母屋でーす」
 聞こえた声に大声で応えれば
「あらやだ。こんな季節に囲炉裏だなんて思ったらお餅焼いてたのね?」
「何もない山で一番楽しめると言えば囲炉裏ですから」
「山菜取りも楽しいわよ?」
「山菜が何か判れば楽しいですが、判らないと難易度高くて面白みがないかと」
「秋なら松茸採りも面白いのに」
「場所が場所なので命がけになるかと」
 松茸採れるんだと言うキラキラした視線を受けるも命がけと行った所で一瞬にして死んでしまったキラキラ視線。美味い物は手に入りにくい事を身を持って知るが良いと思うも結構安全な所にもあるのは黙っておこう。
「それよりも今日は何かありました?」
「お蕎麦習いに来るって言ってたけど上に登って行っちゃったから追いかけてきただけよ?」
「ええ、すみません。後でお邪魔しようかと……」
「いいの、いいの。
 前に石臼がある事を大和から聞いたから折角お客様を迎えた事だし久しぶり本格的にやってみようかと思っただけよ」
 いって小さなビニール袋にパンパンに詰めたのは蕎麦の実で
「所で石臼は?」
「あ、納戸です」
 そう言って食器棚の中へと案内した。
 四畳ほどの小さい部屋には沢山の棚が作られて、むかし林業をしていた時使用人を雇っていた数分だけ用意された食器は今も残っている。
 離れを作った時半端な数になった物は少なからず処分をしたが、それでもまだまだ大量に残ってる理由はそのまた昔この母屋で結婚式を挙げる事がたびたびあって、その時に使う物だったりと揃っていると聞いた。
 何日も前から用意して、一度に入りきれないから三日に渡って祝宴を広げ、その間女衆は席に着く事も出来ないほど忙しかったと婆ちゃんは結婚の報告が届く度にそうぼやいていた。
 そんな食器に囲まれた中に床に近い所に置かれた石臼は単に重いから棚の上に乗せられなかっただけが理由。
 だけど宮下のおふくろさんはその周りに新聞を敷き詰めて小さな穴から蕎麦の実を入れてぐりぐりと回して行く。
 ジョリジョリともゴリゴリともいえない何とも言い難い音を響かせながら待つ事数周。二つの石が擦り合わさる隙間から粉のように細やかになった粉が零れ落ちてきた。
「なんか懐かしいなぁ」
「弥生ちゃんまめだったから蕎麦はいつも自分で挽いていたからね」
 子供の思い出としていつも石臼を回していた気がした。
 だけどおぼろげな記憶には
「なんかもっと大がかりな石臼があった気がしたけど。なんか大量に挽いていたよね?」
 いつの頃だったかと思っていれば
「もう二十年以上も昔の話しよ。
 下の畑の用水路あるでしょ?」
「ありますね。なんかあそこにあったような?」
 二十年以上って俺が三歳四歳の時かと考えるも
「水車小屋があったのよ。小さい水車小屋だったんだけど、とても古くてね。
 趣はあったのよ?だけど林業辞めて、蕎麦畑も辞めちゃって。水車小屋も朽ちてきちゃったから解体したのよ。
 うちもよく水車小屋を借りてよく翔太を連れて挽きに行ったのよ」
 懐かしいと言いながら蕎麦の実を加えながら挽き続ける。
「夏になると弥生ちゃんのお孫さんもいっぱい集まって、よく翔太も一緒に混ざって遊んでもらったの」
「覚えがない……」
「綾人君はいつもお家で本を読んで外で遊ばないって弥生ちゃん嘆いていたわ」
「それは覚えてる」
 久しぶりの懐かしい話に失笑。
「だけどついに一郎さんに連れられて川で遊びに来てね。翔太も可愛かったけど綾人君も素直で天使みたいに可愛かったわぁ」
「素直な綾人!それだけで天使ですね!」
 蓮司の言い草にちょっと待てと思うも宮下のおふくろさんはスマホを操作して
「昔のガラケーの写真を写したのだけど見てぇ」
 言って見せてくれたのはまごう事無く
「あ、俺だ。これ四歳になったばかりの頃か?」
「それぐらいになるわねぇ」
 川に冷えたスイカ、水車に掴まって遊ぶ夏樹。この頃からすでに骨太だなと感心するしかない。その側で足首しかない水量の用水路に座って笑う俺と……
「隣の奴は?」
 何とも言えない可愛らしい美少女。将来が楽しみだと思うもこの場は従妹か、いやまだ生まれてないからそれならあいつかと考えようとした所で
「かわいいでしょ?翔太って小さい頃女の子によく間違えられたのよ」
「何で女の子に生まれてこなかった」
 思わず素で言ってしまえば何故か蓮司に頭を叩かれて、おばさんは静かにふふふと含み笑いして
「そうなると今みたいに遊びには行かせれないわ」
「男で良かった」
 あっさりと言葉を翻せばおばさんがまた笑うのを何故か俺以外の三人はビビる様にこの場から逃げるのだった。



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