人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
633 / 976

スケジュールが溢れかえって何よりですって言う奴出手来い! 3

しおりを挟む
 閉ざしていた囲炉裏の蓋を開けて炭で火を焚く。
 薄らと上る煙はすぐに落ち着き、赤く焼ける炭が微かに爆ぜる音を奏でる。
 食事までする予定はないので、五徳と金網を使ってお餅を焼いておやつの代わりに醤油と海苔で磯辺焼きを作って食べてもらう。
「全然お餅の味が違う!」
「すごい香ばしい!」
 囲炉裏初心者の二人にはすごく喜んでもらえて
「ほら、焦げるからどんどん食べろよ」
 なぜか蓮司がこの場を仕切って食べさせていた。
「すごいお婆ちゃんのお家に来たみたい!うちのお婆ちゃんは下町生まれだから囲炉裏なんてないけど」
「判る!こう言うのが何かおばあちゃんの家って感じなんだよね!」
 古き良き昭和の家と言うのが彼らのイメージなのはわかったが
「こんどは他の奴らを連れて来てバーベキューでもしような」
「蓮司よ、家主を抜いて何を仕切ってる……」
「まあまあ、そこは離れの鍵貸してくれるだけで良いから留守の間烏骨鶏の世話をしようという心で」
「離れだけかよ」
「多紀さんがこの母屋ヤバいから絶対綾人がいない時には入るなって言ってたから」
「まぁ、母屋は俺の生活の場だから留守の間に荒らされるのは勘弁してほしいからな」
 留学にするに当たり猟銃を一度警察に持って行って処分してもらったのだ。とは言え飯田さんの物はある。厳重に鍵をかけた金属製のケースに入れてある物を母屋のどこかにあるとしか思っていない。とは言え資産的な物は銀行の貸金庫の中に放り込んであるけど、一番見られたくないPCの中身は簡単には見る事が出来ないように処置はしてある。
「俺達だってあの一件を見たばかりだから多紀さんや社長の言う事は守らないとヤバいって理解してるし、あの一件の中心にお前がいたのを後から聞いて逆らっちゃダメな奴ってぐらい理解してる」
 もっちもっちと磯辺焼きを食べていた二人も俺を見る目が死んでいくのを何かトラウマを植え付けていたようで申し訳ないとは思わないが
「自業自得だろ。それを俺の責任にするな」
「まあ、そうだけどさ。言い訳できないような証拠を並べるとか鬼畜すぎだろって助けられた俺は笑って見てたけど、切られた奴ら顔を真っ青にして仕事辞めてった奴もいたし、事務所移ったけど干された奴山ほどいたから。同情はしないけど」
「契約と言う物を舐めすぎなだけだ。
 二人も甘えの利かない大人の社会にいる事と所詮は使い捨ての人材って言う事を理解して誠実に生きろよ」
 餅を食べているのにごくんと飲み込む音が聞こえて大丈夫かと思うも次々に餅を焼く蓮司から受け取ってスナックのように食べて行く茉希に俳優ってスタイルとか気にしなくていいのかよと思うも一応リアルJKなので成長期に食事制限はいけませんと言う事でスルーしよう。
 そしてまたもっちもっちと餅を食べだす二人にお茶を出してやっと一息ついたと言う所で
「イギリスなんだって?」
 蓮司が留学の話しに戻った。
「基本三年。修士課程を納めれば四年。博士課程も行きたいけど、そこで三年プラス。正直そこまで行って何をするかなんてないから悩んでいる所。そうなるとただ学びたいから行くって言うのもおかしな話だし。興味はあれどそこで大学の教師をやるわけでもないし、政治家なんてまっぴらごめんだ。好奇心で学んで目的あるヤツの場を奪うのも酷い話だし、そこが悩みどころ」
 実際行きたいと言う好奇心はある。だけどそこで学んだ事を広める考えは俺にはない。ただの自己満足で行っていい場所でもない。
「向こうにいる間に考えは変わるかもしれないけど、とりあえず今の所は保留」
「行く準備は出来てるのか?」
 気づかい気な声に
「一応大学の側のアパートを借りてる。そんで郊外にもいかにもイギリスって言う素敵な家を見つけたから衝動買いで買った」
「んなもの衝動買いするな!」
 城を衝動買いした事を知る蓮司は盛大に顔を引き攣らすのを笑いながら見て
「留学すると卒業するまでに二千五百万程必要になる」
 そんな具体的な数字に顔を歪る。
「授業料と同等の金額が生活費や食費、教材費滞在費と言ったのしかかる事になる。大学行くだけ家が一軒建つ金額だ。寮などは要ればそれなりに安くあげられるかもしれないけど、富裕層な家柄が多く通ってくる場所だから治安も良いけどそれだけ物価も高くなる。ロンドン程じゃないとは言うけど学生には十分高額となる。
 ましてや留学生となると奨学金の枠も狭くなる。とは言え貰えたとしても微々たるものだと言うのは言うまでもない」
 その言葉には意外な事に慧が頷いていた。
 慧は地方出身の俳優でアパートを借りて一人暮らししながら高校にも通っていると言う。
「高校の間は事務所がお金の管理をしてくれているけど、今回オーディションに通って多紀さんに声をかけてもらわなかったらまだまだ名前のない端役だから正直やって行けるのか不安だった」
 ふーん?と聞けば
「うち親が離婚してるから、あまり母さんに負担掛けたくなかったんだけど、やっぱり東京に出て一人暮らしは気を遣わせてなんかいろんなもの送って来てくれるんです」
 差入れ、羨ましいと一度も親とそう言う交流もなかったので正直に今は思えてしまえば
「事務所が学費とか肩代わりしてくれるって言ってるけど何れは支払わないといけないから奨学金とかあると少しは楽になるのかななんて考えた事があったので……」
 となると今は何とかめどが付いたと言う所だろうか。
 そこは自分の力だから誇ればいいのにと思うもこれが最初で最後だったらと言う不安はあるのだろ。
「まあ、誠実に仕事をこなして次にまた多紀さんに声をかけてもらえるように頑張ればいいんじゃない?」
 あの人意外と情に厚いからチョイ役でも声をかけてくれるだろうと思うも、映画に関しては絶対ひかない所がある難儀な性格に振り回されている時点で情とかでは声は駆けないと思い直しながら
「そんでもってイギリスの家だ。
 各自寮に入ったりするのだろうが、交流の場としてそう言う所があってもいいんじゃないだろうかと思うわけで、とりあえず成功するかどうかわからないけど拠点となる場所を確保してみたんだ」
「ずいぶん思い切った事をしたな」
「まあ、何かあった時の駆け込み寺みたいな感じでフォローできる場があればもっと安心して留学できる。そこからのネットワークづくりといった所だ。上手く行くともわからないしまだまだ試行錯誤の段階だけどね」
 そんな俺の思いはきっと心細くホームシックな奴らが出てもおかしくはないだろう。そう言う子供に手を差し伸べる場所と言う考え方だが、ひょっとしたら俺の方が手を差し伸ばして欲しいのではと考えながら既に始まった計画は着工している為に引き返せないし引き返すつもりもない。
「だけど俺思うんだけど」
「何が?」
 渋い顔をする蓮司と目が合えば
「お前も大概お人よしだな」
「よく言われる」
 何て二人で苦笑。それにつられるように慧も茉希も一つ遅れて理解したと言う様に一緒に笑いあうのだった。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ここは異世界一丁目

雪那 由多
ライト文芸
ある日ふと気づいてしまった虚しい日々に思い浮かぶは楽しかったあの青春。 思い出にもう一度触れたくて飛び込むも待っているのはいつもの日常。 なんてぼやく友人の想像つかない行動に頭を抱えるも気持ちは分からないでもない謎の行動力に仕方がないと付き合うのが親友としての役目。 悪魔に魂を売るのも当然な俺達のそんな友情にみんな巻き込まれてくれ! ※この作品は人生負け組のスローライフの811話・山の日常、これぞ日常あたりの頃の話になります。  人生負け組を読んでなくても問題ないように、そして読んでいただければより一層楽しめるようになってます。たぶん。   ************************************ 第8回ライト文芸大賞・読者賞をいただきました! 投票をしていただいた皆様、そして立ち止まっていただきました皆様ありがとうございました!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...