人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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スケジュールが溢れかえって何よりですって言う奴出手来い! 6

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「そうか、綾人はイギリスに留学するのか……
 昔から賢いのは知ってたが、イギリスか…… 遠いな……」
「拠点もしっかり決めましたし、友人達もいろいろ力を貸してくれてます」
 卒業生だったロードを始めバーナードとカールのコンビも俺のイギリスの滞在の間快適に過ごせるようにいろいろ相談に乗ってくれている。待っていると聞けば遠足の前の夜の用で楽しみでしょうがない。
「それを聞くと伯父として何も手助けできないのが申し訳ない」
「健康と無事帰って来るのを願ってくれればそれで十分だよ」
 あははと二人で笑いあうのは伯父さんが伯母さんと離婚したと聞いた一年過ぎたお盆。長い事病院に入退院を繰り返していたばあちゃんもついに旅立っての初盆。お葬式の時は女手がなくって親戚一同に手を貸してもらう事を予想してか簡素な葬式となった義理も人情もありゃしない寂しいお葬式とだった。まあ、あの人の時のその後が酷かったからね。まさか葬式が切っ掛けで離婚、と言う分けではないが詳しい話を聞いてない親戚一同はそれなりに何か引っかかる事があるようで、おかげと言えばいいのか今回は良く言えば厳かな家族葬となった。
「それよりも伯父さん葬式の時よりずいぶんやつれたけど本当に大丈夫?」
「なに、これで親戚達の整理もできたし、お盆も終わってやっと寝れるってもんだ」
 その割には目の下のくまが色濃く残っているのは寝て休んでも回復できない心の問題なのだろう。妹の一年後に顔も名前も忘れられてしまったが実の母親を一人で看取ったのだ。心にのしかかるストレスは一番厳しい物となるのは当然と言う物だ。
「大丈夫。楓の大学の費用位は一人暮らしなら何とかなったし、楓もバイトで自分の小遣いぐらいは頑張ってくれている。綾人が心配するまでもない」
「いや、楓よりも伯父さんの方が心配なんだけど?いきなりパタンって倒れないでよ?」
「修羅場は越えたからもう大丈夫さ」
「大丈夫って、伯母さんどうなったかも気になるし……」
 離婚して強制的に引き取ってもらったけど何度かこの家に押しかけて来たらしい。そこの所は宮下家の大和さんの元奥さんと同じだなと聞いていたけど、結局の所お姉さんが迎えに来てくれて連れて帰ってくれたと言う。
「余分な利息を払わないように実家の方で支払ってもらったそうだよ。今はフルタイムで働きながらお金を返しているみたい」
「フルタイムって自給九百円として年百七十万か?幾ら借金したか知れないけど当分かかるんじゃない?」
「あー、向こうのお姉さんって人が厳しい人で、稼いだ分全額徴収するって言ってたから二年もあれば何とかなると思うんだ。
 ほら、ご飯と寝る場所は姉として場所を貸してあげるからって。ほんときちっとした厳しい人で、何で姉妹こんなにも性格が違うんだって改めて思ったよ」
 ぶるりとふるえる辺り伯父さんも苦手としてたんだろうと思いながらもだから家を出てはっちゃけたんじゃなかろうかと思ってみたり。まあ、想像ならいくらでもできるけどねとがんばって働いてくださいと心のこもってないエールを送っておく。
「そういやあの人とばあちゃんの葬式の時来てたっけ?」
「あの時はちょっと来れなくって後からちゃんと来てくれたよ」
「うん。うちにもお詫びの手紙とお菓子くれた。返礼の手紙は出したけど、伯母さんの姉妹筋までさすがに知らないからご丁寧にありがとうございますって返しておいたけどね」
 っていうか伯母さんの親族なんてあの葬式で全力で興味ないしと言っておく。一応恋愛結婚だっただけに苦笑する伯父さんだったがそこは今回の件で否定しないでくれた。
「所で家の方はどうするんだ?」
 古い長く受け継がれるあの深山の事を心配してくれる伯父さんに
「近所の人とか友達とかが空気入れ替えてくれたり草刈ったり烏骨鶏の世話してくれるっていうから甘えて置く事にしたんだ」
 言えば少し驚いたように目を瞠った瞳が柔らかくゆるみ
「そうか。綾人にもちゃんとそう言う友達と人間関係ができたんだ」
「ええ、嬉しい事にできましたよ。例えば山川さんとか」
 言えば伯父さんも失笑。
「あれから山川さんと話をするようになってね、いろいろ聞かれたよ。
 あんな山奥によく甥っ子を一人残したなとか…… ね?」
 微妙に空いた空間が謎だが、そこはいろいろやって来た吉野の人に言えない話なのだろうと飲み込んで聞かないでおく。
 ほら、俺が川につきおとされた時叔父さん達これが当然だと言うような顔で見ていたのは忘れられないから。
 そう思えば香奈の弟はビビッて身動きできなかったと言うのは理解できたけど、叔父さん達は見慣れたような冷静な視線だった事を今頃になって思い出すように気が付いた。
 俺だって吉野でのきな臭い話は知らないわけではない。
 ジイちゃんがが酔った時にポロリと零した耳を疑うような昔話。
 本当にあったかどうかなんて立証は今更できないが、それでも火のない所に煙は立たないじゃないが孫を怖がらしたり躾したりするために即行で話しを作れるほど器用な人間ではない。
 だったら?
 それは俺の胸の内に納めて総てを消し去ってしまえばいいと言うだけの話し。
 長沢さんみたいに口減らしの為にではないが、厄介払いや再婚の折りに邪魔になった前妻の子供の処理にとかそう言うのはたびたびあったと聞く。
 この古いしきたりと言った物を受け継ぐような職人の山川さんならそんな話もきっと一つや二つ耳にした事はあるのだろう。
「山川さんには嫌われたくないんだけどな……」
 いろいろモノを教えて貰ったり我が儘や融通を聞いてくれた挙句に何も言わずにフランスまで来てくれた山川さんには軽蔑されたくはない。
「だったら折角ここまで来たのなら山川さんの所に挨拶に行こう。ちょうど綾人が持って来てくれた手土産もまだ封を開けてないし、天気はあいにくの雨だけどそれはそれでタイミングが良い」
「なら一応連絡入れておきますね」
 なんてスマホで連絡を取ればありがたい事に家にいると言うので
「実は今伯父の家に来てるのでこれからですが挨拶に行っても良いですか?」
 なんて聞けば
「まって!十分でいいから待って!」
 と慌てる声に俺も笑いながら転ばないでくださいよと注意を促して十分後。
「いきなりすみません。向こうに行く前にばあちゃんに挨拶にここまで来たのなら一度挨拶にって思いまして」
「気にしないで。雨でちょうど寝てた所だから」
「吉野さん、ようこそいらっしゃいまして。
 いつもおいしいお野菜をたくさんありがとうね。何が来るか毎回楽しみにしてたの」
 わりとピシッとしている山川さんの後頭部がぴょんと跳ねているあたり可愛らしいとは言わず、隣に立つ優しそうな奥さんも出迎えてくれて家の中に上がらせてもらう事になった。案内された先は落ち着いた風合いの土壁と格式高そうな書院造の美しいまでにこだわり抜いた客間に通される山川さんのお宅初訪問をさせてもらい、夏の静かな雨の音を聞きながら穏やかで笑いの止まらない楽しい時間を過ごすのだった。



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