人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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本と嵐と 6

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 綾人は二日間の時間をかけて徹底としたエマーソン修理工房の周辺を整理した。
 今直ぐ結果は出さない。
 ただ時限爆弾を仕掛けただけ。
 勝手に自滅して行く、これと言った革命的なてこ入れがない限り時間の問題だ。しかも今直ぐではなく落ち着いて忘れた頃にじわじわと来るように。
 合併にも近い事業の拡大は古き良き物を愛する国民がら注目は必ず高い。そしてこれだけの気合を入れたマドック工務店は店舗を大幅リフォームとオープンに目指してかなり投資したと言う。目を引く大粒な宝飾品からマニア垂涎のブランドの時計。そして生活が豊かな人ほど避けて通れないアンティーク。
 エマーソン修理工房をまるで宝石屋のように事業拡大していて近辺の通りを随分と賑わせていた。
 だけど綾人はそれがどうしたと言う様にレックス経由でバーナードとカールをエマーソン修理工房にお招きした。と言ってもフランスからのオンラインでの対面。お願いは簡単で
「今エマーソン修理工房に残ってる時計の査定と職人さん達に話しを聞いてほしい。それを聞いてバーナードはこの店をリフォームではなく修理の方向で手直しをしてほしい。なるべくイメージを壊さないように、調度品はカールの見立てで在庫の時計と合わせた時代背景の物で固めてもらいたい。俺の好みだが奥のショーケースのようなイメージで統一できればと思っている」
 二人ともやれやれ、アヤトにまたこき使われると呆れながらも楽しそうに目を細めて笑っているのをケリーの父親ダニエルは思わぬ有名人の来店に目を白黒させていた対比が綾人にとって満足げな笑みを浮かべていたが、アヤトの後ろでその都合を書類に見立てて簡単な予算表を作ってくれるエドガーはどんどん高額になって行く様子に頭を抱えていた。
 だけどそこはバーナード。
「アンティーク風で良ければ作った方が早いし統一性が出る。
 うちに得意なのが居るからそれに作らせよう」
「ああ、彼なら仕事も丁寧だし何百年と残る家具を作ってくれる」
 中々聞き捨てならない言葉を聞いたが残念な事に俺の知る大工達とは畑違いになるだろうから軽く嫉妬しておくにとどめておく。
「修復とかもお手の物だからまずは奥のショーケースを触らせてから作らせよう」
 背後でエドガーが彼の出張料金を計上していて苦笑した。
 隣にいるケリーと画面越しの父と兄を交えて
「ここからは俺からの提案だ。
 一度エマーソン修理工房の店は閉店させよう。そして前雇っていた職人達と完全に手を切る為に全員解雇する事を」
 息をのむ音が聞こえたがそこは淡々と話を進める。
「理由もある。
 多分だが新しい就職先は軌道に乗らない。俺の判断だけど上手く行かない気がする」
 ピコン、背後のエドガーのPCからエラー音が鳴った。珍しいなとすっとぼけた顔で聞き流し
「きっと戻ってきて雇って欲しいと言ってくるだろうからまた何かあれば裏切るだろう人間を簡単に雇わないように新しくジェームスを社長として新規立ち上げとする。そして減った職人を補う様にダニエルには現場で時計の修理、宝石のカッティングに専念してもらう。勿論閉店した時の職人達を今までと同じ条件で再雇用する。当然全員だ」
 背後で聞いていたのか再就職が難しそうな年齢だけに嬉しそうな声が溢れていた。
「ジェームスに取ったら急な話だし、修行先でまだ満足するほど学んでないから不安だろう。だけどその場には修行先にも匹敵する熟練の職人がいる。技術だけを求めれば学ぶ事が出来るその場が修行先だ。今は店の再起と復活をかけて決断してほしい」
 一番予定が狂っただろうジェームスだが少しだけ悔しそうな顔をしながらも
「それは当然だ。俺は小さい頃から店を受け継ぐつもりで勉強して来たんだ。
 夜遅くまでお爺ちゃんが時計を直す姿を見て憧れた俺の夢の為なら社長業もするし、お爺ちゃんから受け継いだ親父の技術を直接見る機会に感謝もする」
 言えば何故か二人は感涙と言う様に抱き合い、その決意に周囲から拍手まで聞こえてきた。
 だけど現実派の綾人はそれに一切心を動かす事はなく
「あと経営だがレックスが信頼を置ける経理を何人か選んでくれている。ベテラン所でジェームスの教育係も兼ねてくれる人物で頼んでいるからジェームスは父親同様時計弄りばかりでもなく経営もちゃんと勉強もするように」
「もちろん」
 そうやって色々決めて行くと希望がわくと言う様にみんなの顔が明るくなって声にも張りが張って行くいくなか
「じゃあアヤト!俺は何をすればいいんだ?」
 ケリーが自分の役目に期待に目を輝かせるも俺は当然と言う様に
「お前は学問に集中する一択に決まってるだろう」
「ええー……」
 輝いた瞳が一気に輝きを失っていた。
「そもそもお前はまだ勉強をする身で無時大学を卒業するのが一番の目的だ」
 他にも何か俺に手伝わせてくれと言う視線を綾人は見ないふりをしながら
「当面は俺に投資の仕方を学んで自力で学費と生活費を稼ぐ。それが出来なければ話にならないし、卒業すればそれだけで十分な戦力になる。
 これからは宝石も取り扱っていくようだからアンティークの事情に精通するわけではなく世界のマーケティングにも目を光らせないといけない。
 最初は二十代をターゲットに名前を広めていくが、少しずついいモノを作ったりしながらダニエルたちの世代にも時計の修理に記念に買いたくなるような物を作って行く。時計と共につけてもそん色のない、時代や世代を超えていく物を求められるだろうから、それに見合う物を探し出し、足元を見られないよな知識を実戦で失敗しながらつけて行くのがお前の役割になる。
 それが無理なら普通に社会人になって企業の下僕になるが良い」
 もともとその予定だったんだろうと言えば「そうだけど……」とぼやく姿にそこは父親がちゃんと父親らしく、初対面の時の威圧的な人間はつきものが落ちたと言う様に落ち着いた声で
「何も今から未来を決めつける事はない。
 大学を卒業するまでまだ時間はある。我々はそんな大学を卒業したばかりのケリーを頼りにしなくてはいけないほど困った状態になるつもりもないし、ケリーにも外の世界を見てもらいたいと思ってる。いつか戻って来るとしても、それまでは外の世界で色々な人と出会ってくるといい。アヤトのように素晴らしい友人と出会えるのだからな」
 そう言って何故か俺を誇らしげに見るケリー。やめてくれ。友達とはいったけど俺の中ではまだまだ労働力の一人にしか数にしてないのに。ましてやそれをアレックス達に聞かれたらまた面倒な事になると言うのに……
 そんな事を考えていたら先生の顔がちらついた。
 冬に戻った時の別れ際。やけにセンチメンタルで真面目くさった顔を思い出したが脳裏に浮かんだ言葉は

「ぷっぷっぷー!
 やっぱり綾人はどこ行っても友達の作り方も判らないコミュ症だな(笑)」

 何か無性に腹が立った。




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