人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
747 / 976

駆けぬく季節は何時も全力前進 2

しおりを挟む
 年寄のおもちゃになってしまった蓄音機を見送ればもう完璧に直ったなと謎の確信を覚えてしまうのは職人の謎の本気を何度も見てきたからの経験がそう言っているだけ。
 むしろそう言う人間にはそう言ったおもちゃを与えるのが平和なのだが仕上がった結果はとても平和とは言えない物を作って見せるので今から覚悟を決めておけばダメージは最小限で済むと言うのも。家からこんな遠くに来て全く違う業種なのに同類の人種に出会えるなんてどんな偶然と思いながらも帰ろうかとした所で何故かフランスの城でフランス語を勉強しているはずのケリーがいた。
「アヤト、少し時間いいかい?」
 物すっごい笑顔のケリーが俺の肩を掴んで容赦なく店の個室に連れ込まれてしまうのだった。
「俺の意見はなかったとか」
「それだけ聞きたい話があるんだ」
 言えば机を挟んで正面に座ったケリーは何やら言いにくそうに、そして視線を俺から反らしながら
「ジェムから聞いたんだ。スキップして三年で卒業するって」
「まぁ、そりゃとる単位がないのに一年籍だけ残すのもばかばかしいだろ」
 空いた時間にやってる別の学部の授業にも潜り込んだり、ちゃっかり課題も出したりして評価は貰えないけど教授と討論させてもらったりと実に綾人の好奇心を満たした二年の結果チューターとオブザーバーにスキップするつもりなのかと突っ込まれて発覚したこの事態。
 もちろん留学と言う限られた時間の中で次の一年も一切手を緩めるつもりはなくどこかの授業に紛れ込んだり論文の発表もどんどんやって行くつもりだ。
 過労も良い所。
 だけど絶版して入手困難な本の閲覧からネットでも拾えない貴重な文献や個人が残した論文などが山となって残っている図書館で触発されれば何か動かずにはいられない綾人の悲しい習性がこのような結果を招いただけだ。
「ジェムの奴、お前に見限られたんじゃないかと泣きそうだったぞ」
「ってゆーか、何でそんな事になったんだ?」
 関連性が分らんと言えば
「アヤトはジェムに家の管理の代わりに授業料支払ってるだろ?卒業して日本に帰る事になって、支援を打ち切られるんじゃないかってびくびくしてるんだ」 
 ポカン、と綾人は口を開いて耳を疑っていた。
「何で授業料の支援を打ち切るって事になってるんだ?卒業したら日本に何で帰るんだ?いや、帰るけど」
 質問する綾人の言葉に今度はケリーの方がポカンと口を開いて綾人を見ていた。
 しばしお互い頭の中を整理する為に沈黙した後
「アヤトはカレッジ卒業後の進路はどうなってるんだ?」
「大学院の修士コースを一年取るつもりだ。カレッジで三年、修士課程で一年。合わせて四年が俺の留年出来る時間のギリギリだ。
 それに博士課程は、俺みたいな知識欲な人間ではなく本当に社会に貢献する人の為の場所だから三十もない枠を潰すつもりはない」
 これは留学する前から決めていた事。チューターとも話し合って四年という短い時間でどこまで詰め込み学ぶ事が出来るかの挑戦でもあった。
「家の事とかなければ博士過程に行ってもよかったんだが、やっぱり放りっぱなしは出来ないから」
 未練がないと言えば嘘になる。
 だけどそこで学んだとしても帰って来た時その学んだ事がフルに発揮できるかなんてあのインフラさえ整ってない山では難しいだろう。
「政治家になるつもりもないし、高名な医者になるつもりもない。数学者は少し憧れるけど、スパコン買えば家でも出来る。続ける環境があれば逆に博士課程は必要なくなる。
 ほんとなやましいよな」
 うんうんと言う様にケリーに言えば、そこには何処かほっとした顔があった。
 何だか泣きそうで、そして安心しきった顔。握りしめたスマホは誰かと通話中の様だった。通話相手が誰だか想像はつくが、気付かないふりをして
「ケリー、ジェムの夢って知ってるか?」
「あー、カレッジで人脈を作っていい職場に行くって奴か?」
 ここにいる大多数の人間はここの卒業生と言うブランド力と人脈を持って社会に飛び出て行く。むしろそのキャリアの為に居ると言っても良い。それだけにケリーはジェムの進路もそんな風だと考えていれば
「まぁ、それは表向きの物だな」
「表向き?」
 裏があるのかよと思えば
「ジェムは何とカレッジの教員になりたいと言う強者だ」
 かくんと顎が外れそうだ。
 ケリーから見てもジェムの成績は正直芳しくない。それ故に別の無難な動機で隠してしまっていたが、まさかここの卒業生だからって教員になれるわけがないだろうとあっけにとられてしまう。
「応募基準の就業経験がないのがネックだが、修士課程を修了してから一度社会に出て学費はともかく生活費を稼いでこれる状況にしてから挑戦すればいいと俺は思ってる。
 少なくとも挑戦したいと言うのなら応援するつもりでいる。
 あの家の管理問題もあるが、俺が出来なかった事をやろうとしてくれるなら全力でサポートするだけだからジェム。心配せずに勉強に打ち込めばいい」
 そう、ジェムがケリーのスマホの通話相手。さっきから鼻を啜る癖が声を聴かなくても正体を明かしてくれた。
『アヤト、俺……』
 何だか湿っぽい声だが気付かないふりをして
「良いか、折角掴もうとしているチャンス、次はないから今のうちに覚悟を決めておけ」
『う、うん!』
 力強い返事だがまだ時間的に余裕がある。悩む時間もあるからこそ考えてほしいと願ってしまう。
「とりあえず狭い門を潜れるように勉強頑張れよ」
 そんな応援。
 何でもかんでも手伝わない。
 俺が応援するのはあくまでも金銭的な応援だけなので、自分で乗り越える試練には一切手を出さないつもり。
 これからの事も含めて今夜にはそっちに行くからまた話し合おうと約束をすれば何故か
「俺も泊まりに行くから!」
 ケリーがこの夏休みに中古で買ったと言う車を持ってきて、郊外の家へと一緒に行く事になった。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...