人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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山にお帰り 10

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 叶野の仕事は帰国して以来ずっと柊と一緒に会社を立ち上げていた。
 それは帰国前からすでに準備を始めており、祖父の支援もあり実家の会社のサポート部門として設立し、子会社ではなく系列会社としての立ち位置を貰った。
 もちろん最初は良く思われなかったようだったが、綾人に鍛えられた幅広い知識でまだあまり多くはない仕事の合間にシステム部の手伝いをさせてもらい、いきなりの参加だと言うのに何年も務めているかのように馴染んでいる様子は決して綾人がプライドをボキボキに折って作った柔和性だけではないと思いたい。
 噂とは勝手に一人歩きする様に最初こそイギリスに留学と言うポイントに知らず知らず線引きされていたような空気もあったが、パブでの多様性な人間関係に初対面の人間との距離感を計れるようになり、何より誰とでも気楽に話が出来る、相手も気楽に話しかけられる空気は会社社長一族の人間とは思えないほどの気安さを与えていた。
 とは言え国内に居れば繋げれたはずの横のつながりが全くなく、交友関係は年上の仕事で知り合ったばかりの人間関係しか出来ていない。
 明け方突撃と言う様に友人が押しかけてきたがそのまま昼まで爆睡。
 ちなみに飯田さんは一眠りした後お礼にと昼食を作って自分のマンションへと帰って行った。もう一人の方は、お昼が出来上がる匂いにつられて目を覚ますと言う、こんなアラサーに絶対なりたくないと言う姿をしていた。

「でも珍しいですね。
 綾人さんの寝起きって俺的には貴重です」
 洗い物を引き受けた柊の意見にそう言えばと思うも
「どっちかと言うと早寝早起きだからな。
 生き物飼ってると寝坊が出来ないからこう言う仕様になるんだけど、そろそろ時差ボケのピークがやって来たな」
 眠いんだと言う様に食後の緑茶を啜る姿は何所のジジイだよとつっこまずにはいられない。
「そう言えばヨーロッパ周ってから帰って来たんだっけ」
「あいさつ回りだよ。最後にロードの葬式にも出て、ある意味二度手間にならないようにってタイミングだった」
 言い方は悪いが相手を思いやる言葉。
 そこは多種多様性の人間関係を作る叶野の得意分野と言う様に
「きっと綾人を足止めしたかったんだよ。少しでも傍にいてくれって」
 一瞬息を詰めた綾人と言う貴重な物を見た叶野と柊だったがその後もっと貴重な姿を見た。
「だったら光栄だな。
 ロードにそこまで近い場所に俺を置いてくれるなんて嬉しいな」
 一人静かに喜びを噛み締めるように手を握りしめてそっと目を伏せて喪に服すような姿。
 何だかそれがとても大切な姿に見えて、この件を持ち出す事はやめる事にした。

「それより今日は午後からのスケジュールはどうなってます?」
 柊も叶野と同様綾人のロードへの思いをくみ取って話題を変えれば
「うん、今日はもう少ししてから沢村さんって弁護士に会いに行く予定だ。
 折角逃げ込んだけど一度飯田さんの所に戻って後はホテル住まいにするよ」
 他にも用事があるんだと苦笑しながらお茶のおかわりを柊におねだり。
 少なくとも叶野が淹れるお茶より柊の淹れるお茶の方が美味いと言う無意識の区別。むっとする叶野も俺もちゃんとすれば美味しいお茶を淹れられると言う様に柊の代わりに入れたが、その程度の事で綾人が飲まないと言う選択は頭からすっぽ抜けていた。
 黙ってお茶を飲んだ綾人に叶野は無意識の優越感に浸るが
「所でお前ら仕事は良かったのか?邪魔しに来て言うのもなんだが」
 邪魔をしてると言うのはちゃんと理解してるのかと二人は黙るくらいの大人にはなれた。 
「今はお昼の時間だし、午前中も仕事してたから問題ないよ」
「あー、だったらそろそろ行くわ。
 あと多紀さんとか蓮司から連絡が入ってもここの住所は言うなよ」
「お出かけしたとだけ伝えておきます」
 柊の気配りに助かると言って顔と寝癖だけは直し、簡単な荷物を持って
「帰る前にまた一度連絡入れるよ。平日だからそのまま帰るから」
「そうなると毎日会えなくなるな」
 少しだけ寂しそうに叶野は笑うが
「秋にはまた向こうに行くからその帰り道にはまた声かける」
「ああ、アイヴィーにもよろしくって」
「仕事もほどほどにしろって言っておいてね」
「なぜそこにアイヴィー」
 他にもいるだろうって思うも
「綾人の城で綾人に雇われるって、幾らアイヴィーが有能でも過労寸前まで追い込まれないか心配なんだよ」
「お前ら俺を何なんだと思ってる……」
「「とても素敵な人生の先輩です」」
 叶野はともかく柊にまで棒読みで言われて少しだけ落ち込む綾人だったがそんな程度ではすぐに立ち直り
「とりあえずある事ない事含めてアイヴィーに伝えておく」
「待って!ある事はともかくない事は止めて!」
 慌てる叶野だが綾人はしれっとしたとてもいい顔で
「いきなり泊めてもらってありがとうな」
 それだけを言い残して叶野と柊の自宅兼事務所を後にするのだった。

「さて、沢村さんにあって、とりあえずホテルの予約」

 今時スマホで予約できるって有り難いなと見慣れたアプリの見慣れたページを呼び出して手慣れた様に予約をするのだった。



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