人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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一日一歩、欲張ったら躓くだけなので慌てる事は致しません 7

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 真昼間からワインを飲む優雅な昼下がり。
 あてがフィナンシェと言うのがいただけないがこれぞ城主の生活と至れり尽くせりのハーブの花が咲き乱れる庭でのティータイムは中々にどうして快適だった。
 ただしテーブルを囲む顔ぶれのどこか頭を抱える様子だけがいただけない。
「何だよ。折角のフィナンシェが不味くなるだろ」
「アヤト、不味くしているのは貴方の親戚の方々なの。
 だけどそんな親戚の子を預かっても大丈夫なの?」
 一応心配してくれるアイヴィーに俺は肩をすくめて
「とりあえず最低限の一般常識を持たせてやるだけだ。俺の国では高校卒業の資格とそれでも年齢的なハンディが発生するから専門学校の卒業資格で上書きをするつもり。
 来る前に車校に放り込んできたから帰る頃には就職に向けて最低限の資格もゲット。後はあの精神状態で何がやりたいかって言う心をどう作らせるかだ」
 うーんと悩む俺にオリオールは呆れながらも
「なんだったらここで庭仕事でもやらせても良いぞ?」
 圭斗と言い地味に人材を求められている事に苦笑するも
「いや、畑仕事の方に回したい」
 言って視線を遠くに向ける。
 いつの間にかレストランの人が見学に来るくらい立派な畑と果樹園になった日当たりのいい裏庭と俺達の足元では烏骨鶏達がこっここっこと地面を啄んでいる。雑草や小石を拾っているのなら問題ないが虫を啄んでいる姿をフランスまで来てみたくない。一匹が何やらブンブン頭を振り回していて周辺にいたウコ達が集まって何やら奪い合いしている光景はもうおなかいっぱいなので勘弁してほしいと願いつつも
「今日のディナーのデザートはエッグタルトにしよう。この子達の卵で作ったエッグタルトは逸品だからな」
「楽しみにしてます!」
 存分に蛋白源を得て美味しい卵を産むが良いとさっきまでのどこかマイナス的な心は美味しい食べ物が出来上がると言う事実で一瞬にして晴れやかな気分になる。
 安いと言ってもらってもいいぞ?
 その程度の言葉でオリオールのおいしいご飯でおなかいっぱいになる幸せに負けるつもりはない。
 ワインでは今一つ合わないので自分で紅茶を入れてなかなか手を付けないフィナンシェをまた一つ口へと運ぶ中
「それで親戚の子はどれだけ勉強が進んだの?」
「とりあえず勉強する準備が出来たって所。
 もともと小学生の頃は塾にも通ったりしててそれなりに標準的な子だったから。
 とにかく今はやる気があるからか勉強する時間じゃなくても英語の聞き流ししたりしてる。高認試験にそんなのないのにまったく真面目だよ」
 そんなの聞くより日本史や世界史を聞いてる方が為になるぞと思う。なんてったって授業中はいつも眠くなるだけの授業だったので余計にと思うのだが
『俺綾ちゃんみたいに聞いたり読んだだけじゃ覚えられないから』
 なぜかかわいそうな子を見る目で見られたので戦国時代のゲームを買い与えたら時間を決めて一生懸命遊びだした所を見ると結構好きだったのねと浩志のささやかな主張を理解した。好きな事にケチ付けてほんと失礼しました、だ。
「今も帰国するまでに勉強させる受験対策用のテキスト作ってたけど今のあいつなら一年あれば十分だろう」
 いや、さすがに無理かな何て心の中は唸ってしまうが、テーブルを囲む面々は悪酔いでもしたのか顔を青くして失礼な事に
「可哀想に……」
「三年分を一年って、さすがに無理在りすぎでしょう」
 どこか絶望とした声だけど
「やればできる。失敗しても確実に身にはなってるから諦めない」
 俺の前向き発言に何故か二人そろって違うとでも言う様に首を横に振っていた。 
「これだからカメラアイは私たちの苦労を理解してくれないのよね」
「俺のは後天的なトレーニングのたまものだ。その前まではノートに繰り返し書いたりして人並みには苦労したぞ」
「へー、なんか意外。綾人が苦労してるって言うの似合わないのに」
 アイヴィーもワインから紅茶に切り替えてゆっくりと香りを楽しみ始めた横でオリオールはチーズを持ち出して来て新しいワインの封を開けていた。
「知識を得る事が楽しかったから苦労したとは思ってなかったが、出来るようになってからはいくらでも吸収出来て本当に楽しかった。
 学校に教科書を持っていく必要もなくって楽だったなあ」
 そんな馬鹿な事を言う俺にオリオールも羨ましいと笑ってくれる横で理不尽と言う顔をするアイヴィー。羨ましかろうとふふんと笑ってしまうのは俺達が使っていたカレッジの図書館の蔵書の大半を記憶した事もある。俺って安上がりー。場所もお金を使わずに記憶できるなんて何て素敵でしょうと自分を褒め称えた。



 フランスの訪問はイギリスに足を延ばしてからフランスに滞在と言うルーティンだったが、ロードに会うと言う一番のイベントはこの夏で終わりを告げる事になった。
 とは言えホテル業はこのまま続けるらしいので客としてロードを偲ぶのは俺の勝手なのでイギリス経由で帰る様にして墓地にお参りのついでに宿泊する事が新たなルーティンになった。
 葬式の場で初めて会ったロードの後継者は俺に対して色々な事を思っているらしい。晩年ロードとローズガーデンを一緒にいじったり本談義をしたりロードの好物を運んで来たり、気まぐれでやってくる歳の離れた友人が出来たぐらいにしか思ってなかったけど、こうやって後継者に良い顔されないと言う事はそれ以上の関係になれたと言う事だろうか。
 アビーの家に行けばもう来ないかと思ったと言って泣きつかれ、もう少しであの豊満なボディで昇天する所だった。なんかジイちゃんとかバアちゃんとかロードとかが待ち構えてたような気がするが、これが俺の記憶からの補正なのかと少し感動しながらも解放された俺はアビーの激甘ケーキを一緒に作ってロードの墓前へと運ぶお役目を頂く事にした。
 
「来たのか……」
「おやあ?こう言う時はいらっしゃいませって言うんだろオーナー?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべれば苦い顔を隠す事無く晒してくれたのを面白く眺め
「とりあえず荷物置いたらロードに挨拶させてもらうよ。あとアビーからお土産貰ってるから。新オーナーにも用意してあるから後で食べてくれるとうれしい。なんてったってロードの大好物のアビーのレモンドリズルケーキだからな」
 言えば少し顔を歪め
「アビーのレモンドリズルケーキならロードでなくともみんな大好物だ」
 奥歯に物が挟まったような言い方をする物のカウンターの上に置かれた手がそわそわとしているのが妙に微笑ましい。
 と言うか、ロードの一族を魅了したアビーってすごいなと尊敬しながらも
「じゃあ、先にロードに挨拶してから持って行くよ」
「その時はここじゃいろいろ問題あるだろうからロードの執務部屋に持ってくると良い」
「じゃあ、またそこで」
 一応経営者として外部から見える所で客との取引はしないらしい。
 接客業としては愛想の一つもなく問題だがモラルはあるようで何よりだ。さすがに代目ロード。名前をクラークさん。大志を抱きたいお名前だ。
 関係ないけどロードの名前はまんまロードだった事実。
 男爵の地位なのでそう呼べと言うかと思ったがまさかの本名。お名前を決めただろうお父様、お母様、ロードは名前の通り立派な人になりましたと改めて墓地で黙とう。
 先にカットしてもらったケーキから1ピースを貰って俺が食べながら残りは墓石の前に花束と共に供え
「ロード、貴方が指名した後継者はまだまだ未熟ですがアビーのケーキにメロメロな所を見ると充分素質はあるようです」
 何て笑ってしまう。
 激甘ケーキをミネラルウォーターで流し込むように食べながら暫くの間一方的に喋る。時々お参りに来た親子とあいさつしながら残りのケーキを食べてもらったりご近所づきあいも大切にしてみた。
 かなり風変わりに見られたが、嬉しそうな顔でケーキを食べる子供に癒されながらもホテルに戻る。
 部屋に戻って嫌がらせ用に持ってきたつもりが実は大歓迎されてしまったと言うケーキを手にロードの執務室へと向かえば今か今かと待ち構えていた二代目ロードがケーキを見た途端電気ポッドのスイッチを入れたのには笑うしかなかった。
「悪いね。待たせたようで」
「なに、ここは執務室だからな。私がいるべき場所だから気にする事はない」
 少し気取った笑みに内心爆笑しつつもケーキを渡そうとした所で
「なあ、少し頼みたい事があるんだけど」
 何だと言う様にカトラリーを用意しながら視線だけ寄越す二代目に
「庭が少し気になるから触ってもいいか?」
「庭師ならちゃんと雇ってるぞ」
「うん。ロードだって雇ってたよ。だけどこの庭がロードとの一番の思い出だから触らせてもらえれば嬉しいんだけど?」
 少し考えたふりをして
「私は許可するが庭師が良いと言ったらにしてくれ」
「ありがとうございます」
 取り分けたケーキに釘付けになり、ナイフに着いた部分を指で拭って口に運ぶ当りどれだけ甘党だよと思うもアビーのケーキが思わぬ賄賂になって良かったとほっとしながら俺は部屋に戻って鞄から庭で働く時専用の服に着替えて……

「皆さんお久しぶりです。二代目から許可頂いたので明日帰国しますがそれまで少しのお時間ですがよろしくお願いします」
「アヤト!もう二度と来ないかと思ってたぞ!」
「また来てくれたのね!ロードも居なくなってしまったのにアヤトまで会えなくなるかもって思ってたからとても悲しかったわ!」
「ああ、どうやら帰国しても元気そうで安心したよ。我らは何時だってアヤトを歓迎するぞ!」 

 常時三人は在沖しているこの城の庭師達とはすでに顔なじみ。本日いないメンバーとも顔なじみ。
 一人一人ハグをして、その時に土や葉っぱが付いてしまうのもお構いなしに再会を喜び、今はこの輪の中に居なくなったロードを思い出して少しは寂しく思うも……

「いつ来ても変わらない綺麗な庭だね」
「ああ、ロードが愛した庭だからな。居なくなったからと言ってロードが愛した庭が変わると言う事はない」
 
 実は今度の城主は庭に関しては全く興味を持っていないらしいがそれでもこの城の売りはこの美しいローズガーデンなのだ。判らないながらも指示したのはただ一言で

「この庭の現状を維持してもらえればいい」

 たったそれだけの言葉。
 ロードが愛し、育て上げたこの庭を守る何よりも大切な言葉なので、総勢十名居る庭師は歓喜したと言うのは言うまでもない。











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