人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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大変恐縮ではございますがお集まりいただきたく思います 2

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 爺さんの家に拠点を変えて昨日のうちに沢村さん(父)と交えて売買契約を済ませたりネットで買った必要なものを浅野さんと一緒にセッティングして過ごした次の日。
 約束通りの時間に現れた植草さんを連れて爺さんの家にやってきた。
 植草さんは目の前にそびえる屋敷の表札と大体の場所で「え?」「なんで?」なんて挙動不審になっていた。
 さすがというかこの苗字と家の雰囲気と大体の住所で誰かがわかるなんてホテルマン油断ならないと関心をする。
 爺さんなら確実に常連客だろうし、職種が違えども業界の重鎮ならば知らないわけがない顔なのだ。
 新聞雑誌にもよく出た顔だししてたしね。
 俺は軽くスルーしていたからすぐには思い出せなかったけど、そこは植草さん。きっちりと覚えていたようだった。

「ただいまー!」
「おう、帰ってきたか。浅野が饅頭を買ってきたから一緒に食べよう」

 そう言って迎えに来た爺さんを見て今度こそ完全に固まって三秒。

「木下様ご無沙汰しております」

 お見事。
たった三秒で復活して見せた植草さんに思わず拍手。
 さらにきっちりと腰から折り曲げての挨拶は驚くほど美しい。
 靴を適当に脱ぎ捨てて浅野さんが買ってきてくれた饅頭を楽しみに家に上がるガキな俺とは大違いだ。さすがに少し反省した。
「植草だったか話は綾人から聞いている。まあ、あがれ」
 俺と爺さんを何度か繰り返して見る瞳が面白かったけど、そこは植草さんに判断してもらう為に俺はさっさと客間へと向かえば爺さんもすぐについてきた。
 少し躊躇いがあったようだけど続いた足音に逃げられなくって良かったと俺は少し浮かれた顔に気づいてすぐに引き締めた。
 
 上座に爺さんを座らせて、正面に植草さんに座ってもらう。
そして俺は初夏の日差しが差し込む縁側でタブレットとスマホを睨めっこしながらゴロゴロと転がっていた。
植草さんは何やら俺に助けを求めるように視線を送ってきたけど爺さんと浅野さんは俺を縁側で寝転ぶ猫とでも思うように全く気にせず出されたお茶で場を濁していた。
さすがに気まずさは感じてくれているのだろう。主に浅野さんが。
だけど俺にはお盆の上に置かれたお茶と饅頭がセッティングされているのでそれで十分だというように始まらない会話に耳を傾けながら視線は液晶画面に並ぶ文字に意識は集中している。
 ついには俺が全く参戦する気がないと理解して爺さんから話を切り出した。

「ずいぶんと大変な目に合っていると聞いたぞ」
「いえ、これもまた時代の波です」
 苦笑する植草さんはそれでもやるせないという顔をしていた。
「アメリカに行って経営を立て直し、シンガポールでサービスを教え込んでのこの待遇。昨夜あいつにも電話したが、経営から身を引いて見守っていたがさすがにこんな事になっていたとは知らなかったようだ。
 手塩にかけて育てた候補がと泣いておったぞ」
「そう言っていただけただけで十分です。このような事を乗り切れず情けなさでいっぱいです」
 なんとなく納得したような落ち着いた声で
「いくら努力しても派閥に負ければすべて失う、よくある話です」
 そうして真に失くすのは何かなんて俺は口を挟まない。
「ただ、儂としては素早く見切りをつけたのは立派だと褒めておこう」
 よくぞ落ちぶれる前に見切りをつけたとせめてもの慰めというような言葉に植草さんは黙って頭を下げていた。
「あいつもこれを機に一切の運営や経営から手を引いて完全引退をするつもりだ。
 名誉会長なんてあってない地位もいらないというし、すべてきっぱりと手を切る為に株も売り払うという」
「そこまで……」
 外資系の企業に取り込まれたもののいまだに創業者が強く生き残る一族なんて恐ろしくて体が震える
 そういった人に育てられた植草さんと電話番号を知る爺さんを怖いと思うけど、こうやって都会の喧騒か切り離されたようなこの一室ではどこかの話しのように現実味がない。
「とりあえずそんなお前を保護したいのだが、さすがに儂も歳だ。手助けできなくて済まない代わりに綾人が何か提案するという。話だけでも聞いてくれ」
 なんていきなり振られた。
 ちょうどいくつかのメールを送るぐらい十分時間を稼いでくれてありがとうと言う所だろうか。
 すでに話を進めている以上、時間の都合を考えれば1分だろうと無駄にすることはできない。
 ので

「植草さん、俺に雇われてみませんか?」

 寝ころんだ体を起こしてきりっとしたまでの真剣な顔で言った。
 言い切った。
 無駄な言葉なんて必要なんてない。
 だけど時と場合必要とする時がある。
 それは今のようなこの場合だ。
 たとえこの場が無音になってどこからかやって来た鳩がのんきに庭をつつきながら通り過ぎていくぐらい何もない空間を作り上げてしまってもだ。

「綾人よ、もう少し言葉を惜しまず使うといい」

 無音を打ち破った爺さんが情けないというように両手で顔を覆っていた。
「えー?
 このタイミングで他に何か必要?」
「仕事の内容とか待遇とか給与面とかいろいろあるだろう」
「そんなのが怖くて受けないような人ならご縁はなかったという事で」
 それぐらいの覚悟をして口を開けと言ってやる。
 多分植草さんの返答次第ですべてが大きく決まるのだ。それくらい俺は植草さんに信頼を寄せているし、仕事ぶりも信用している。
 大多数に埋もれてしまうような人材でもない植草さんだけど今のすべてを失った状態で何も提示してない条件で人生の分岐点を選ぶことができるだろうか俺はここだけを見るというぐらいのシンプルな質問をしたのだ。
 無駄をすべてそぎ落とした問に答える勇者が手にするものは何か、すべてのヒントはここにそろっている。
 これ以上ヒントを出す必要がないと切り捨てた俺を爺さんは知人のかわいがっていた部下だからと言って甘やかすが俺にはそんな甘やかす必要が理解できず、結局

「俺に雇われるのが嫌ならお帰りは先ほどの玄関からどうぞ」

 一から十まで聞いて判断しかできない感の悪い人間は俺には必要ない。
 感って鍛えれば育つものだ。
 それを育てない奴は大切なものを見落とすぞという俺の概念を言うつもりはないが、最初に質問した時には植草さんはすでに笑みを浮かべていた。
 いいね、こういう人を求めていたんだよ。
 水野や植田達みたいに時間をかけて育てるのもいいけど即戦力になる人材最高じゃないか!
 かなりの良物件に心の中でこぶしを突き上げていれば

「捨てる神あれば拾う神あり。吉野様が流れを読み間違えた私を拾って下さるというのならついていきましょう」

 すでにいろいろと吹っ切った顔。
 なんでそこまで俺を簡単に信用するかなと疑問は残るもそのうち自分から言い出すまで聞かないことにする。
 だけどそうやって振った以上俺は責任を持たなくてはいかなくて
「悪いけど俺は雇用側としては最低な人間だということをまず理解してほしい。
 そしてわがままで、横暴だということも理解してついてきてほしい」
 これが最低条件だと言えば爺さんはくつくつと笑い出した。
「確かに雇用者としては最低だな。
 植草ならもっと平穏な人生を歩める雇用者はいっぱいいるぞ。何なら儂が推薦してやる」
 なんて横やりに
「いえ、吉野様の事はずっと動画上で追いかけていますし、ホテルのご来店時に頂いた時の言葉は数々の印象を残しています。
 これからもそういった話を重ねる事が出来るだけでも十分な価値かと思いまして」
 すべてを吹っ切ったという瞳には新しい希望を見据える光が宿っていた。
 しまったなー。
 爺さんとのフェイントにも近い対面にいろいろと吹っ飛ばしすぎてきてしまったか。
 緊張とか、警戒とかそういった逆に自分を守る為に思考を鈍らせる条件を潰したかとお茶をすすりながら少し反省しながらも欲しかった人材。
 無事手に入れた事にほっとしてしまう感情は少しぬるくなってしまったお茶に顔を歪ませて誤魔化すのだった。





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