人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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大変恐縮ではございますがお集まりいただきたく思います 1

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 ぐっすりと寝た後のモーニングは部屋で頂く事にした。
 ジャグジーでゆっくりと目を覚ませながら昨日の出来事を思い出して忘れた事にする。
 既に手続きは終わって、残りの手続きは他人任せの丸投げをしたのだ。
 爺さんの弁護士の桜井さんがまさかの宅建を持っていたと言う……
「大学の夏休みを利用して講習を受けてとってみました」
 何て面白い事を教えてくれた。
 受験資格に制限もないのがいいなと思いながらこれがあればうちの負動産も自由に動かせるか?何て考えてしまうも負動産と言うだけに買い手はないのだろうと却下した物の資格はちょっと面白そうなので覚えておこう。
 おかげと言うかスムーズと言うには不備な書類も何点かあったが概ね本日中に売買の契約は出来る事になった。
 お風呂上りの後まったりとしていればチャイムが鳴る。
 朝食が来た。

「どうぞ」

 鍵を内側から開ければ
「失礼します。朝食をお持ちしました」
 現れた姿に目を見張る。
「植草さん、支配人が朝からいいのですか?」
 まさかの支配人自らのサーブに来たのはさすがに驚いた。
「少しお話がありまして」
 照れたような顔にどうぞと案内してダイニングに用意してもらう事にした。
 温もりを維持したままの温野菜とスープ、トーストはキッチンのトースターを利用して焼いてくれて、オレンジジュースもあるけど俺の為に紅茶も入れてくれた。
 こんなサービスは多分普段はないのだろうが、わざわざ来たと言う所は何かあるのだろうと気持ちよい顔でサーブを受けての朝食が始まった。
 にこにこと一通り味を確認した所で
「で、改まってどうしたのです?」
 何て聞けば
「お恥かしながら今年の八月いっぱいで退職する事になりまして」
 齢不明だけど浩太さんと同じぐらいと思っている。いや、まだまだ若く五十前な所だろうと年齢不詳を俺は判断している。
「恥ずかしいって、どうしてです?」
 ホテルマンの鑑と俺は思っているのにと思うも
「そろそろ時代の波に乗れない堅物となって来たのを肌で感じ始めまして」
 これだけの人をそう感じさせるって事はこのホテル業界がそれだけの変化を受けていると言う事だろう。
「勿体ない。わざわざ宝を捨てるなんて信じられません」
 どんな波も乗り切れるだろう植草さんの実力はただの客としての視点からしからしか知らないものの、確かこのホテルは全体的に評価が落ちているのはなんとなく気づいていた。
 俺みたいな金払いのいい上客には気付きにくいかもしれないが、今までならありえない事に落ちたゴミが長い時間落ちっぱなしになっていたとか、ドアマンの制服が汚れていたとか少し前までなら見られなかった事がなんとなく気になったのは間違いではなかったと言う事だろう。
「サービスよりタイムパフォーマンスでどう見せるか、いかに効率よく、いかに手際よく見せる傾向に走りがちで、これが時代の波と言う物なのでしょう。
 クオリティ何て誰も求められてない事に少し疲れてしまいまして」
 お客様の流れの早いこのホテルでは従業員は総て担当部署の他に掛け持ちも当たり前となって人件費を抑える代わりにマルチな能力を求められるようになり、プロフェッショナルな時代は終わりを告げたと言う。
「確かに他の部署を体感すると言うのはホテルをより良くするうえで必要な事でしょう。ですが、それでおざなりになる本来の仕事というのが現れ出して……
 前に吉野様がダブルブッキングされた件も予約受付になれない者が引き受けた事が原因だったようで」
 もうその頃から見えにくい所ではホテル側の改革が進められ、その結果大きなミスを発生させたと言う事だろう。
「アメリカでは日本とは違い完全分業制として社員が誇りを持っていますし、シンガポールでは働けば働くほど見返りがあるのを理解して率先して動いてますがこの国ではどうやら少々事情が違いまして……」
「あー、年功序列って奴ですか?」
 答えは言わずにただ苦笑していた。
 目に見えないヒエラルキーがまさかのやる気を殺ぐと言う、まあ、よくある話。
「何とか頑張っては来たのですが、どうやら私の方が弾かれてしまいまして」
 何ともやるせない話。
「次のあてはあるのですか?」
 これだけの人ならばどこに行っても歓迎されるというものだろう。
 だけど逆にそれがネックになっている。
 例えば植草さんの履歴とか、例えば今話をした年功序列的な問題とか、例えば転職時の前の職場の給与面での待遇とか。
 簡単に考えてもこの人絶対
「確定申告書いてます?」
「ありがたいことにここ十年ほど書かせて頂いてます」
「一番面倒くさい人材ですね」
「はい、おかげで年齢のこともあって面倒な事になってます」
 それでも朝にふさわしくさわやかな笑顔を見せてくれる植草さんは紅茶の二杯目をミルクティーで用意してくれた。
 何度か使用した朝食バイキングでは一杯目はストレート、その後はフレッシュジュース、食後にミルクティーを頂く事を覚えておいでなのかなんて聞かないが、きっと聞くほうが野暮というもの。
 あえて聞かずに差し出されたミルクティーに口をつければ満足げに笑みが浮かんだ。
「ひょっとして自炊できます?」
 なんて聞けば
「サーブの練習も兼ねて」
 コーヒー、お茶と正しく淹れるのだろう。
「悪いけどコーヒー淹れてもらえる?確かキリマンジャロあったよね」
 部屋の片隅にあつらえたミニキッチンにはコーヒー豆の入った瓶が置いてある。
 ミルクティーを飲み干しながらノートPCを起動して見せればこの後仕事をしたいと思ったかさっそくというようにお湯を沸かして電動ミルでコーヒー豆を挽き、朝食の匂いを消すような香しいコーヒーの香りが広がっていった。
 正直言えば紅茶二杯、オレンジジュースを飲んだ後ではコーヒーの入る余地はない。
 だけど差し出されたコーヒーを一口口に含んで、小首をかしげる。
 何がだなんてきっとすべてだろう。
 それだけプロフェッショナルに鍛え上げられた自覚はある。
 だけど及第点というには問題ない。
 もう一口ゆっくり口に含み
「なんだか我が儘になったよな」
「そのように感じていただけるためのサービスです」
 俺が満足してくれたと思っての言葉だろう。
 だけど我が儘になったのは俺の舌の話しで、植草さんの仕事の話ではない。
 思わず苦笑してしまえばきっと間違った答えをしたことに気が付いてか少し緊張した面持ち。
 正直言えばその年齢と役職にしてすぐに修正しようとする心意気を一番買っている。
 少しだけ植草さんを見ればそれでも笑顔を崩さないその精神力に一つの提案をする。
「近くお休みはいつ頃ですか?」
「あ、明日になります」
 よほど意外な言葉なのだろう。珍しく躓いた言葉に苦笑すれば
「でしたら明日九時に下のロビーで。
 少し付き合いをお願いしたい所があるのですがご一緒頂いてもよろしいですか?」 
「ええと、午後の二時から約束があるので・・・・・・」
「一時間ほどお付き合いお願いできれば問題ありません。移動時間に余裕を持っても三時間あれば都内ならどこでも移動できるでしょう」
 この様子なら明日はどこかの企業に面接と言った所だと判断。その証拠に少しだけ情けなさそうに垂れた眉毛が正解を教えてくれた。
「では詳しいことは明日移動しながらって事で、あ、スーツ着用でお願いします。念のため履歴書も一通用意してください」
「はい、空いている時間なので問題ありません。こちらこそよろしくお願いします」
 俺の条件を聞いて緊張した面持ちのままぺこりと頭を下げる植草さんに「ごちそうさまでした」と言って朝食を下げてもらって退出をしてもらった。
 それから調べれば植草さんってかなりいいお給料を貰っているんだと感心すると同時にこの面もネックになったんだねとここまで貢献してきたのに半ばリストラにも近い待遇に出世するのも大変だと少しだけ不憫に思うのだった。





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