人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
902 / 976

袖擦り合った縁はどこまで許すべきかなんて考えてはいけない 8

しおりを挟む
 やがて静かになった室内に
「少しお庭の整備をさせていただきます」
「じゃあ、わしは日差しも良いから縁側で眺めていようか」
「気にせずに横になってください。
 俺なら布団を持って来てごろごろしますがじいさんはそう言った事しませんか?」
「吉野は意外と行儀が悪いな」
「そりゃあ、人の目のない所に住んでますので」
 誰にも怒られないし迷惑にもならないだろと言うも本当は先生が見せてくれただらしなさにこれぐらいは許される事なんだと間違ってインプットされてしまった習性。
 しょうがないんだ。
 夏場でも寒い深山では太陽の光が本当にありがたい暖なのだ。
 余す事無く全身で受け止めてしまえば太陽信仰も納得してしまう大自然の恵みだと思っている。
「そうだな。それぐらいなら誰も怒らないな。浅野」 
 なんて布団を用意させてごろりと転がる爺さんは本当に大丈夫なのかと思いながら不恰好になった木々の枝を落して行く。
 実桜さんから見たら強剪定をしても構わないだろうと言うのだろう。
 だけどこの景色はそこまで変えずに整えるぐらいで維持をしたい。
 何でかって、それは愛妻家の爺さんの為と言う一言に尽きる。
 最初こそ眩しさに目を細めていた物のすぐに目を閉ざした所でカーテンを閉めさせて心地よい日陰を作ってもらった。
 その間俺は地下倉庫からすだれを発掘して来てカーテン越しの場所につるして行く。これで少しは寝やすい環境になっただろうか。
 そんな事は目が覚めてから勝手に言うのだろうと放っておきながら落ち葉を拾ったり、雑草を抜いたりと悲しき山生活の習性から綺麗な庭でこそ目立つそう言った物を拾わずにはいられなく時間つぶしの為にやらずにはいられなかった。
 さらに小一時間ほど過ぎた所で目が覚めたのか
「ずいぶん懐かしい物を引っ張り出してきおったな」
 爺さんのお目覚めの様だ。
「暑かったでしょう。俺も草取りしてたのでのどが渇いたからお茶にしませんか?」
 なんて誘えば浅野さんがすっと動いてくれた。
「ああ、確かにな。
 それよりも簾何てどこにあった」
「普通に地下の倉庫にありましたよ」
「そんな所にか」
「さっきのルームツアーの時に大体の物の把握はして置いたので」
 記憶力の良さをフルに生かしてこの家の中を掌握した事を宣言したも同然と言う様に言えば
「綾人君相変らず記憶力良いね。
 お父さんの件が無ければ本当に弁護士になればよかったと思うよ」
「いえいえ、今となればふんぞり返っていればいいだけなので雇う側で正解だと思ってます」
 裕貴さんとの会話で俺の親父がしでかした事を理解したのだろう。桜井さんは憐れんだ視線で俺を見てくれたけど
「六法全書は覚えてますのですり合わせはばっちりですよ」
 とは言え日常的に生きた法律と付き合う方々に勝てる訳はない。ただ目は光らせてますよと言う程度の牽制。怖くもないだろうが、このやり取りさえ覚えている記憶力に少しだけ顔を怖ばせる浅野さんの反応が面白くってこのままビビらせておく。
 因みに桜井さんは欠片も立証できないこの環境なのでまったくビビる事無く仕事を続けていた。メンタル強すぎるだろうと怖がってしまうのは俺が豆腐メンタルなだけだ。
 とりあえずそんな軽口を叩いていてもいつの間にか夕方が近づいてきた。
 スマホの時計を見て随分長い滞在になったなと思いながら席を立つ。
「すみません。今日はホテルに帰らせていただきます」
「何だ。折角買った家に住まないのか?」
 爺さんは泊まって行けばいいのにと促してくれたが
「荷物も置いて来てるし夕食も予約して来たので」
 なんてお断りをする。
「それでは仕方がないな」
 少し寂しそうだったが
「明日チェックアウトしたらこちらにお邪魔します。
 とりあえず当面は客間を一つ俺用に貸していただければ結構です」
 なんて言いながらも
「桜井さんも裕貴さんもほどほどで切り上げてください。
 まだまだ続きそうなので労働時間は守ってください」
 何て法を守るべき人に促せば慌てて時計を見て時間の確認をしていたのがなんだか笑えた。
「じゃあ、明日また来ますんで」
 そう手を振って邸を後にした。高級車が並ぶガレージに中古車がポツンとある違和感が半端なかったけど、本物の金持ちの家の凄さにどっと疲れて何とか事故る事無くホテルへと戻ればすぐにシャワーを浴びて着替えを済まし、予約しておいたレストランで中華を堪能した。
 ビールは進み、糖と脂質は本当に正義だよなと深山では口に入れる事が出来ない高級中華をとことん堪能して、とんでもない買い物をしたのを忘れるように深く眠りに着くのだった。

 だってたった一日でこんな濃密な出来事が起きるわけないじゃないかと現実逃避する為の睡眠の心地よさに俺はひたすら目が覚める事無く目覚ましのアラームに叩き起こされるまで心地よいアルコールの眠気に導かれたまま眠り続けるのだった。








しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...