隣の古道具屋さん

雪那 由多

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悲しいコイの物語 1

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 お昼時を過ぎて夕方を迎えるまでのお客様が少ない時間帯。
 そろそろ足を運んでくるだろうお客様を迎えるために女性従業員の一人がそのお客様の定位置のカウンター席の用意を始めた。
 穏やかな昼下がり、というには今にも降り出しそうな厚めの雲模様だがそれでも彼女の気持ちはそのお客様の来店を楽しみにしているようにうきうきと浮足立っている。
 そろそろかというように店の奥の休憩所からちらりと外の様子を窺えば見慣れた作務衣を着た少し猫背の長身の男が小走りでやってきて祖父が開いて俺が継いだ喫茶・渡り鳥の扉を開けた。

「香月さんいらっしゃいませ!」

 外の天気なんて関係のない弾けるような明るい声が狭い店内に響く。
「七緒、雨降りだしてきたぞ」
 それに対して少し猫背の男は疲れ切った声で外の様子を教えてくれた。
「あー、ついに降り出しちゃったか」
 雨が降り出してやだなあとつぶやきながらも渡り鳥の従業員の七緒はお待ちかねの常連さんに会えたバレバレの喜びを必死に隠し、少しだけ濡れた様子をみてお水とおしぼり、さらにおしぼりをもう一つ追加して渡せばありがとうと小さな声で感謝を述べて男はすぐに濡れた顔や腕を拭いていつもの定位置で落ち着いた。
 香月と呼ばれた男の指定席はカウンター席の一番奥の隅っこ。
 そして常連というようにメニューも見ずに

「ブレンドで、あといつものホットサンド。先にコーヒーをもらえるかな?」
「ブレンドコーヒーにホットサンド、コーヒーを先にですね」

 メニューを復唱してカウンターの奥にあるキッチンへと向かうので代わりに俺が店に出る。

「香月お疲れ。やっと昼休みか?」
「やっとだよ。朔夜、おなかすいたー」

 朔夜と呼ばれたもう一人の従業員でこの店の店長の俺が奥から顔を出す。
 お互い顔見知りという気楽な空気に甘えるかのように香月と呼ばれた男はぐったりとした情けない声をこぼして
「今日は『お客様』が来たからね。その間親父は店に顔を出せないから俺が一人で店番しないといけなかったから。やっと帰ってくれたけど」
「『お客様』とは珍しいな?」
「ちょっと厄介な依頼をする『お客様』で、まあ、金払いはいいけど親父じゃないとまだ無理そうな懸案のやつ」
「跡継ぎなのになかなか仕事が引き継げないな」
「難しい奴だから。教えてもらってはいるけど俺にはまだ手に負えないやつらしい」
「ふてくされるな。まだまだだから同席もできないんだろ?」
「まあそうだけど……」
「それにしても古道具とはいっても修復は大変なんだなあ」
「まあ、ね……」

 なんて香月がそっと視線を反らせば

「お兄ちゃんじゃまだよ」
「おおっと……」
 香月とおしゃべりをしてカウンター越しを占領していた朔夜は七緒に押し出されるようにどかされてしまった。
「お待たせしました!ブレンドコーヒーです」
「うん。七緒は今日も元気いっぱいだ」
「それだけが取り柄だからね!」
 その言葉に香月が笑えばついでに周囲の常連さんたちも笑ってくれた。
 だけど笑ってない人物が一人いる。
「そんなにも元気だったら洗濯もの取り込んできておいで」
「そうだった!雨!!
きゃー!濡れちゃう!」
  なんて賑やかに二階に続く階段を上るもののすぐに戻ってきて
「ホットサンドお願いね!」
 そういい残して一息に二階に上がっていった。



 思わず目で追いかけてしまうそのにぎやかな足音に香月はここが喫茶店だというのが分かっているのかと思うも
「だったらわしらもそろそろ帰ろうか」
「香月君コーヒーチケットで頼むよ」
「ごちそうさまでした」
「また明日ね」
「ありがとうございました!」 
 だんだん雨脚が強くなるのを見越してか帰っていく常連さんを見送ってからホットサンドを作る。
「先に片付けていいぞ?」
「ありがとう。だけどまあ、この雨脚ならお客様はもう来なさそうだしな」
 やがてざー、ざーと静かに音を立てて降り出した雨に
「悪いが帰るとき裏口使ってもいいか?」
「濡れて帰ると怒られるからね」
 そんな隣同士の店舗の立地事情。
 さらに同学年の幼馴染という間柄。
 物心つく前から知り合いだった親友とはそれなりに付き合いも長かった。
 保育園、小学校、中学校、高校と同じ学校に進み、だけどその先は別々になった。俺はこの喫茶店の経営を、そして古道具屋を経営している家柄か香月は古道具の修復を専門的に学ぶために美大に進学となった。
 そして大学を卒業した香月は戻ってきて家の稼業の後継ぎとして修業の身となり、俺の方と言えば香月がいない間に従妹の七緒の両親が交通事故で亡くなって慌しい時を過ごしていた。多感な年齢の受験を控えた子供の引き取り手がいなかった七緒を高齢の祖父が引き取ったけど息子が先に旅立ったという気落ちから翌年あっけなく儚くなってしまい、再度受験真っただ中だった七緒をどうしようかというところで祖父がこの店の土地と権利をすべて七緒に引き継いでいたことが発覚した。
 怒ったのは七緒の父親の兄でもある俺の親父で、でもいつの間にか七緒が祖父の養女となっていて……
 従妹から叔母に昇格(?)した七緒を少なからず恨むようになった俺の両親から守るように俺もこの喫茶店の二階に住み込むようになった。もともと転勤族だった親父の仕事に俺に安定した環境をと言って祖父の住むこの喫茶店の二階で暮らしてたからひとり立ちしてアパート暮らしをしていた俺としては帰って来たという気持ちの方が大きかったが、ここ俺の職場なのに、店舗自体は古いけど立地の良いこの店を売り飛ばそうとした俺の両親の考えに俺も耳を疑った。
 結果的にはその時には七緒も成人を迎えて弁護士からちゃんと手続きも終えていて、この店の大家として大学に通いながら奮闘しているのでせめて七緒に恋人ができて結婚の話が出るまでは世話をしようと決めればあっという間に五年の歳月が過ぎてしまっていた。

「さくちゃん聞いて!
 今日お店にかっこいい人来た!
 昨日も来たんだけど明日も来てくれるかな?」
「どんな人?」
「んー、さくちゃんがいつも休憩時間の時に来る人でやばいくらいかっこいい人!」
「そんな説明で分かるか」

 なんて年頃らしい反応を見せる七緒に年寄りばかり集まるうちの客で七緒が興味を持つ奴なんて誰だ?なんて思っていれば

「さくちゃん来た!
 すごい背が高いよね!今日も作務衣が決まっててかっこいい!」

 思わず目が点になった。
 そう、七緒が恋をした相手が隣に住む幼馴染だとは……
七緒より顔を合わせて兄弟のように過ごしてきただけにさすがに想像は追いつかなかった。



コーヒーを飲んでほっとしたため息を落とした香月に朔夜は二つに切った焼き立てのホットサンドとお替りのコーヒーを出せば
「なんかあったのか?変顔して」
「んー、まあ大したことじゃないけど複雑なんだよ」
「複雑ねえ……」
 顔は七緒が言うように悪くない。ただ当の本人は人づきあいが苦手なのか恋愛に関してはかなり無関心だ。むしろ友人関係も狭いことを考えれば幼馴染とはいえ俺と未だにつるんでいるあたりなんとなく手抜きをされている感じもする。まあ、いいけど。
 複雑と言いながら二階を歩く足跡を見上げればさすがに年齢もあって七緒の好意に気付いて気付かないふりをしている香月は
「大変だな甥っ子よ」
「叔母お幸せを願うのも甥の使命だよ」
 なんて二人でそっと笑うのだった。
 こんな男に七緒を嫁がせるなんてかわいそうでしかない。
 古美術にしか頭にないような男だ。
まともにデートに出かけることもできるのか、美術館と骨董巡りで終わりそうなデートプランしか思い当たらなくて香月の何人か居た恋人の交際期間が短いことがそれを立証している。
 本当に付き合う事になったら不憫でしかなくて
「手を出すなよ」
「さすがに10歳以上離れた子に手を出すことはしないよ」
 10歳以内ならいいのかと思うも先に出したホットサンドとは別にサラダを香月の前に出す。
「はいお待たせしました。ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「うん。やっぱりチーズの溶けるこの匂い、いいよな」
 なんて断面から溢れ出ていたチーズをフォークの先ですくい取って口へと運び
「おいしい」
 そういってホットサンドの内側から放つ熱に負けじという様に齧り付いては熱いと身もだえる男を俺は笑うのだった。





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