隣の古道具屋さん

雪那 由多

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悲しいコイの物語 2

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 幼馴染が経営する隣の喫茶店で遅い昼食を終えて勝手口から戻れば台所で俺と同じく遅い昼食をとる親父がいた。
 母さんが作るチャーハンの上には目玉焼きがのっかっていて、それを崩して食べるのが親父の好みらしい。
 なんでも結婚して以来チャーハンにはこのスタイルを求められているようで、我が家では子供のころからの当たり前のメニューだったけど料理の上手だった朔夜のお爺さんの料理で育った朔夜に見せたらドン引きされた。
「せめてもうちょっと目玉焼き焼こうよ」
 うちの目玉焼きは熱した鉄板の上に置いて接地面が白くなっただけのほぼ生な状態の目玉焼きだったことをその時知った。
「新鮮な卵じゃないとできなない贅沢なんだけどな……」
 目玉焼きに対しては並々ならぬ執着を持つ親父のせいでそれが普通だと思っていた俺は朔夜のお爺さんに作ってもらった目玉焼きを見てショックを受けるのは言うまでもない。
 だけど朔夜のお爺さんは
「それはその家その家の味だから。人様が口を出すものではないんだよ」
 人の数だけ正解があるという事を初めて教えてもらい、ならばと俺はお袋に朔夜のお爺さんが作ってくれたような目玉焼きをお願いするようになった。

 そんな親父の食事風景を見ながら俺は親父の前に座り
「今回の依頼はどういうの?」
 俺にはまだ手に負えない、だったらせめて話だけでも聞かせてもらいたい。
 子供が夜寝る前に聞かされるおとぎ話を期待するようにちょうど食事を終えたタイミングを見計らって聞けば
「まあ、厄介な仕事だな」
 そういって一年中熱い緑茶を飲む親父は当然ながら今日も季節を無視しても熱いお茶を飲んでいた。
 そして満足したのかフーっと長い溜息をこぼし、
「ついてきなさい」
 しっかりと手を洗うのを見て俺も同じように手を洗い親父の後についていく。
 
 案内されたのは雨戸を閉めた窓と板の間の何とも暗く冷たい部屋だった。
 裸ランプ、は今ではLEDになってしまったものの極力物を置かない部屋の真ん中に置かれた紫檀の机の上には一つの巻物が置かれているだけ。
 俺と親父は机を挟むように座ってその巻物を見る。
「これが今回の?」
「ああ」
 見なさい、そういう様に真っ白の手袋をつけた親父はその巻物を広げてくれた。
 
 しゅるり、そんな滑らかな動作で広げられたまだ新しい巻物には一匹の鯉が泳いでいた。
 流れる川に浮かぶ水紋。
 涼しげな水辺の草花の陰影は白と黒の世界だというのに透明感にあふれている。
 躍動に満ち、今にも泳ぎだしそうな鯉。

 するり、微かな水滴を飛ばして物陰に隠れてしまった……

 言葉もなくくぎ付けになっていれば親父はすぐにその巻物を巻いて、巻物同様新しく誂えたばかりだろう桐の箱の中に収めた。

「親父、これは一体何なんだ……」

 今まで何度も奇怪なものは見た事はある。
 だけどここまではっきりとしたものはなかった。
 怪しい気配、視線や口元が動く、そんな程度ではない様子に滲み出した汗を思わず手の甲で拭いてしまえば

「これが今回の依頼だ。
 もともとこの絵は屏風に書かれていたもので、依頼者の息子がその絵の見事さに二つに分けて掛け軸に仕立て直したところから始まったという」

 一つの絵を二つに分ける、今時屏風なんてはやらない住宅状況にそれでも気に入った絵にはそうやって仕立て直すという事はよく聞く話だ。

「それ以前は全くこういった怪異は起きた事はなかったようだが、掛け軸にしてからさっき見た通り魚が隠れたり、周辺が水浸しになる事があるようでどうにかしてほしいと持ち込まれたものだ」
「どうにかしてほしいって、買い取って欲しいの間違いだろう」

 なんて持っていく先はうちじゃないぞと心の中で言うも親父は首を横に振り

「二つに分けた屏風絵だがそのうち片方をどうやら依頼者の息子が小遣い欲しさに売り払ってしまったらしい」

 思わずなぜにという様に親父を見れば

「見ての通り、この透明感。そしていまにも動き出しそうな躍動に満ちた鯉。
 そして二つに切り分けた片方にももう一匹の鯉がいる。
この鯉はもう一匹の鯉を探し求めている。切り分けられ他掛け軸に閉じ込められた鯉を」

「ひょっとして番か?」

 この絵がいつ描かれたのか知らないが描かれて以来たった二匹の鯉にとってはすべての世界。
 突如切り離されて寂しいと思うのは当然だ。
 ましてやそれを番だと想定すれば……
 突如切り離されて身を切るような痛みを覚えているのだろう。
 穏やかだった日々を突然奪われ、番を求め、それはただの絵であったはずの鯉が命を宿してまで探し出すには十分な理由。
 聞こえてくるはずのない悲痛なまでの泣き声がまるで耳に届くようで俺の心も痛むという様に涙が

 ぽとり

 あふれ出てきてしまう。
 親父はそれを見て閉ざした板戸の扉を開けて雨空の外の光を取り入れる。
 むわっとするような夏の雨の香りに俺は視線を開かれた扉の先にあるすでに剪定された紫陽花に向ければ

「鯉の感情に飲み込まれるな」

 そういって親父は桐の箱にしまわれた巻物をこの部屋の奥にある床の間へと移した。
 




 

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