隣の古道具屋さん

雪那 由多

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悲しいコイの物語 3

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 俺が未だに親父から後継ぎとしてこの仕事を受け継げない理由がこれだ。
 どうも俺は深く感情移入してしまうようで、これではいつか憑り殺されてしまう、そんな懸案があるかららしい。
 その心配は当然だし、心配されて嬉しくないわけがない。
 むしろこうやって様子を見ながら俺の成長具合を見守ってくれているのでありがたいと言うべきなのだろう。
 だけどもうとっくに30歳を過ぎて俺が家を継ぎたいと決めてから全く変わってない事は確か。
 普通に古美術の修理だけをするだけなら俺じゃなくても思ってしまう。
 俺にしかできない事。
 こういった物の怪の憑りついた古道具を修正してあるべき姿に戻す親父の姿を見てきたからこそ俺もそうありたいと願ってしまう。

 子供のころからこういった怪異を見て育つことになり、壊れて苦しむ物の怪たちの悲鳴を一つ一つ取り除いて感謝をもらう親父の姿を見て古き道具のお医者さんみたいな人間になりたいと思ってこの道に進んだ。
 確かに俺には親父と同じく物の怪の姿も声も見て聞こえるのに……

『お前、下手をすると憑りつかれて殺されるぞ』

 高校時代のクラスメイトに言われた言葉。
 この街自体が心霊スポットともいえるところで高校の夏休みに遊び半分で行った廃墟巡りはかなり恐ろしい思いをした。
 その時に偶然遭遇したクラスメイトに助けられる結果となったのだが、その時に言われたのが先の言葉。
 我が家に集まり古道具に憑りついた物の怪とは全く違う攻撃的な物の怪に初めての恐怖を抱くと同時に格上の物の怪と遭遇したことにより俺の霊力が上がったことで物の怪たちの感情とリンクしやすい体になってしまった。
 この一件はすぐに親父にばれて、後日お守りを肌身離さず持つように言われた。
 こんなお守りにそんな力があるのかと半信半疑だったけど、ある日お守りを忘れて出かけ、古い地下鉄に乗った時今までなら見えないものが聞こえなかった声が俺に届いて目に見えない圧倒的な力の前に倒れて救急車で運ばれる事となり、お守りの力を信じる事になった。

 今回もこの鯉の悲しみに飲み込まれてしまった俺を親父は当然ながら外したのに反論はできなかったけど

「香月、修復はさせてやれないがお前にはこの仕事を手伝わせてやる」

 今まで全くかかわらせようとしなかった親父の言葉に視線を跳ね上げれば

「依頼主の息子さんが切り分けて作った巻物をこの古美術商に行ってどこに売られたか聞いてこい。
 店にはないと言われたらしいが本当にないのか確かめてきなさい。
 もし本当に売られてるとしたら誰に売ったか話だけでも聞いてきなさい」

 親父は巻物を入れた桐の箱をそっと撫でてから振り向きメモの書かれた紙を俺に差し出してくれた。
 この仕事にかかわらせてくれるのが嬉しくて恭しくそのメモを手に取ればまた別の物をすっと俺の前に出した。

「新しくお守りをもらって来たから交換して行ってきなさい。
 お守りを外すときは注意するんだぞ」
 そういってよくある深い青色の、どの神社とも書いてないお守りを俺に渡し、俺は代わりに首にぶら下げているお守り袋を取り出した。
 まず首居ぶら下げている紐に新しいお守りを外れないように取り付ける。それを確認してから古いお守りを外す、たったそれだけの儀式。
 親父はいつの間にかすすけたように黒くなったお守りに眉間を寄せながらも俺の体温がまだ残るお守りを無言で受け取り
「これは預かっておく」
「親父も気を付けてな」
 深い濃紺の美しいお守り袋がこんなようになるのだ。
たぶん俺は自衛する手段を身に付けないといけないのだろうが……
「佐倉家がもっと霊力の強い家ならお前をこんなに苦しめる事がないのに……
 すまないな」
 そういって気を遣う親父だけどそれこそこの件に関しては自業自得。
「親父の言いつけを守らず心霊スポットに遊びに行った俺の責任だよ」
 そういって立ち上がり
「じゃあ、さっそく古美術商だけでも見に行ってくる」
「明日からでもいいんだぞ?」
「今行きたい気分なんだよ」
 そう言って俺は作業着の作務衣を脱いで清潔感溢れる白のシャツをまとい、足元は雨に濡れても汚れの目立たない黒のジーンズに着替えて家を出るのだった。



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