隣の古道具屋さん

雪那 由多

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悲しいコイの物語 6

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「朔夜ー、めしー……」
 人の顔を見てその挨拶はどうよと思うもカウンター奥の指定席に座った所でおしぼりを出せば
「七緒どうしたの?」
 なんてカウンターの中をきょろきょろのぞき込んでからおしぼりで手をぬぐってから顔もぬぐう。
 おっさんだなと思いながらもお冷を出して
「ちょっと体調が悪くて朝からベットから抜け出せないみたいでさ。
 なんでも昨日暑かったからシャワーをぬるめで浴びたら寒気がしてきたんだって」
「うわあ……どおりでシャワーが長いと思ったら。
 って言うか、昨日そんなに暑かったか?」
 雨が降っていてむしろ涼しかった方じゃなかったか。そして今日もどんよりと曇った空は夕方から雨が降る予定。いや、今すぐにでも降りそうなんだけどと窓から見える外の景色を見ながら憂鬱になりかけてる気分にため息を吐く。
 このうっとうしい湿度に蒸し暑いというのならわかるのだが……
「この時間になっても降りてこれないとなると思いますちょっと心配だな。
とりあえずいつものコーヒーとホットサンドで。コーヒーを先で頼むな」
「いつものコーヒーとホットサンド、コーヒーを先で、承りました」
 そう言ってコーヒーを淹れる準備に取り掛かる何時もの景色に七緒がいない、どこか寂しいなというあの太陽のような明るい笑顔を少しだけ恋しくなった。
 
 そして翌日。

「え、何。まだ七緒ちゃん体調良くないの?」
「あー、開口一番それか。
 朝薬飲ませるためにおかゆ持っていったら顔を真っ青にしててさ。
 病院行こうかって誘ったんだけど体が重くって無理、夕方まで待ってだとさ。
 だもんで夕方からちょっと店閉めるけど……」
「いや、無理してでも早く連れていくべきだろ。動けないほど無理だったら救急車呼ばないと」
 風邪ごときで救急車呼ぶなんて言うと非難を受けそうだけど、二日も身動きが取れないほどだなんて普通じゃないという様に言いながら
「救急車が無理なら車出すから。遠慮しないで言えよ」
「悪い、助かる」
 独身で彼女もいないくせに娘のように世話をする朔夜に苦笑しながらもいつもの少し遅いお昼ご飯を済ませ、休憩時間いっぱいダラダラしている所を早めに切り上げてご近所の小さな花屋さんに向かう。
 小さめな切り花のブーケを作ってもらってまた渡り鳥へと足を向ける。
 この短時間の間に二度目の来店に朔夜はどうした?という様に一瞬驚きに目を丸めるも、俺が持つ小さなかわいらしいお花のブーケを見て眉尻を下げる。
「悪い、ありがとう」
「七緒には早く良くなってもらいたいからな」
 言えばすぐそばの席に座っていたご婦人方がうんうんと頷く。
「悪いけど二階にお邪魔するよ」
「出来たら少し水分をとるようにも言ってくれ」 
 言いながら氷の入った冷たいグラスを持たしてくれた。
 接客をしててもやはり七緒の体調の悪さに気が気ではないのだろう。昨日のうちに病院に連れて行けば、なんて言葉に出せない思いが手に取れるようにわかる心配性の朔夜に一人で心配しなくてもいいんだぞという様に少しでも二人の心が軽くなる様にと願いを込めてのブーケ。
 子供のころから慣れた急な階段をリズムよく上がれば……

「何だこれ……」

 七緒の部屋の扉が真っ黒に染まっていた。
 それどころか二階全体が、特に風呂場とトイレ。七緒が動いた足取りだろう。
 何度辿ったのかというように太く濃ゆい糸が絡み合ったかのような足取り。
 思わずというように七緒の部屋をノックもせずに

「いったい何があった!」

 叫びながら扉を開けても濃すぎるぐらいに真っ黒になった視界の悪い部屋の中から七緒を探すもベッドの上にも押し入れの中にもいなくて……
 嫌な感じに導かれるまま水面に墨を落としたように、それが幾重にも折重なった滓の様な場所へと足を向ける。

 扉越しに静かな水音が聞こえた。
 これはとても失礼なことになるのではないか、なんて考えずに扉を開ければ……

「あ……」

 涙をボロボロと落としながら、何度も体を擦ったという様に真っ赤になった体を抱きしめバスタブの中にうずくまっている七緒がいた。

「いったい何が……」

 そうやって手を伸ばせば触れたのはバスタブに張ったそれは水道から出たただの水で……

「なにやってる!
 そんなとこに居ないで早く風呂から出ろっ!!!」
 
 思わず力任せに引き上げようとしたところで指先が、手のひらが七緒の異変を教えてくれた。

「これは……」

 水に浸かって透き通る長袖のシャツからでもわかる。

「鱗……」
「見ないでっ!!!」

 言葉通り、鱗を、そして全身のいたるところに現れた鱗を隠すように両手で自分を抱きしめて小さく丸まるその背にも腕に見たそれがあって……

 なんでこうなった。
 それさえ考えずに俺は七緒を抱きしめて

「これは悪い夢だから。
 目を閉じて、ゆっくり深呼吸して……」
「怖いよっ!
 私どうなっちゃうのっ!!!」

 泣き叫ぶ七緒の頭をゆっくりと撫でながら幼い子供をあやすように

「大丈夫。今はちょっと怖い夢を見ているだけだから。
 朔夜と俺が怖い夢を吹き飛ばしてあげるから、今は夢の中だから何も考えないで少し目を瞑っていよう。
 大丈夫。朔夜も俺も側にいるから。
 夢から覚めたらまた俺にコーヒーを淹れてくれるかな?
 いつもみたいにいらっしゃいって言って俺を待っていてくれるよな?」

 何度も髪をなで、冷たい水の中に浸かった体を抱きしめながらボロボロと涙を落とす七緒は震えながらも小さく頷いて、俺の言葉を信じるように涙があふれる瞼を閉じたらどうなっているかなんて不安に揺れる瞳でもそっと閉じてくれた。
 
 なんでこんなことに……

 冷え切った体を俺もバスタブに入って抱き上げれば

「朔夜! 何があった!」

 七緒の叫び声を聞きつけて店から駆け上がってきたのだろう。
 だけど俺は朔夜だけでなく七緒にまでこんなことに巻き込んでしまい……

 風呂場まで駆け込んできたまでは良いけど変わり果てた七緒の姿を見て唖然と立ち尽くす朔夜に

「母さんを呼んでくれ。
 とにかく早く七緒を着替えさせたい。
 あと……

 九条を呼ぶ。
 どういう意味か分かるよな……」

 完全に七緒が今回の依頼に巻き込まれてしまったことを告げるのだった。




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