隣の古道具屋さん

雪那 由多

文字の大きさ
7 / 44

悲しいコイの物語 7

しおりを挟む
 母さんの顔から笑みが消えた。
 子供は俺一人だったから突然隣の家にやって来た七緒を娘のように、そして母親を失って寂しくないようにとかわいがってきた。
 それなのにこんな姿になってしまってと泣き声を上げる事もなく涙を落としながら七緒のそばに、手の甲を覆う鱗を厭うことなくその手を包むように握ってくれていた。
 そのころ俺は目の前で正座をして両手をつく香月とその父親、佐倉古道具店の店主の巌さんと香月の頭の旋毛を眺めていた。
 香月が年を取ったらおじさんみたいになるのかなとぼんやり考えていたけど旋毛までそっくりなんだなとこの先禿る事は無くて安心だななんて話に集中ができないでいた。
「本当に申し訳ない。いや、申し訳ないなんて言葉では許されない事になってしまった」
 きっと香月の声も年を重ねるごとに枯れていき、渋みを出すのだろうそんな事までぼんやりと考えてしまうくらいおじさんの言葉は耳を通り抜けていく。
「厳重に封印を施した部屋に安置していたのに、それでも周囲に影響を与えるなんて…… いや、言い訳だな。
 こんなにも深い怨念を抱いていたとは、ただの絵の修復だと安請け合いをしてしまった私の落ち度、なんとお詫びをすればいいか……」

「だったらすぐにでも店をたたむのだな」

 俺と香月、そして香月の父親。普段見慣れた顔ぶれにもう一人この狭い台所兼居間に居座る人物がいた。

「九条、それはいきなりすぎじゃないのか?」

 なんて過去廃墟探検なんて肝試しをした時に香月が悪霊に憑りつかれた時に助けてくれた同じ高校の、そしてクラスメイトでもあった九条暁がひどく冷めた目で俺達を見ていた。
 なんでこいつが、と思うもちょうど桜子同点に用があってきていたというタイミング。まるで巡り合わせだなという様にここに来てもらったのだが機嫌は最悪のようだ。

「高校のあの肝試しの時にもうかかわるなと俺は忠告したはずだ。
 とはいえ家業的にも避けては通れないからと香月専用のお守りも作り続けていた」
 香月がお守りを身に着けているのは知っていたが、それを九条が作っていたのは初耳だ。
 それは香月も同じようで父親を見たもののおじさんは動揺もせず岩のように身動きをしない。俺達の微妙な関係にずっと十年以上ずっと秘密にしていたのだろう。香月が拒絶する可能性を少しでも考えて。
 「そして作ったばかりのお守りがだめになったからと急いで作り直したはずだが、それはどうした」
 睨みつけるような視線を香月に向ければ
「七緒を守れるのならと思って七緒のそばにある……」
 言えば暁は立ち上がって迷いもせずに七緒の部屋へ向かい、派手な扉の開く音と共に驚く母さんの声が聞こえたけど暁はすぐに戻ってきて……
「ちっ、もうだめになったか」
 育ちがいいのに舌打ちする仕草が良く似合っているななんてぼんやり感がる俺もまだ正常ではない。
最も佐倉親子にはまるで鬼と対するかのように恐怖と見えてか小さくなって体を震わせていた。
 だけど俺達が知る様にマイペースな九条は近くにあったカバンから紙と筆ペンを取り出し、何かさらさらと文字を書いていた。筆をおいてから一度も紙から筆を離さずに書き上げた俺では読めない文字。だけど俺達はそれを良く知っている。
 「お札か?」
 聞けば我が家の神棚にも祭られているものにも似ていたが
「いつも渡しているお守りほどではないが緊急時だ。肌身離さず持っていろ。ただし効力はそこまでじゃないから危ない所には近づくな」
 書き上げたお札にふっと息を吹き込み、また別に取り出した和紙でそれを包むように折りたたむ。
「次のお守りを作るぐらいなら持つだろう」
 言いながら部屋の中をぐるりと見渡した。 
 そう、見慣れたというのは何も神棚に置かれたお札だけではない。
 今は家中にお札が貼られている。  
 店の営業もあるので店舗までは張らないが、家じゅうの窓と出入り口にはそのお札がペタペタと貼られている。曰く七緒をあんな風にした相手から七緒がどこにいるか分からないようにするための札だという。すごいなと思うも九条はそれよりもこっちの方が重要だという様に
「米から作った糊だからはがした後も残らなくて安心だぞ」
 と言う。思わず接着に関してはどうだろうと思うも
「九条はなんで七緒に憑りつかれたかわかるか?」
 あんな状態になるまでなんで気付いてやれなかったのだろうかと両手で顔を覆ってしまうが
「どうせ腹いせだろう」
 まるでよくある事だという口ぶりで言う。
 とはいえその言い方にムッとするも
「先ほど佐倉の店主に見せてもらったが正直俺一人ではどうしようもできないくらいの怒りと悲しみが渦巻いていた。
 一枚の絵を二つに切り裂かれ、もう一枚の方にも鯉がいる。
 屏風絵の狭い世界の中でどれだけ長い時間二匹で過ごしてきたか、美しい景色もあったがそれも無残に切り取られていた。
 あれは雄の鯉だな。番の雌の鯉と引き裂かれた上に長い事世界のすべてだった美しい景色も奪われて……」
 そこまで言ったところで出した冷茶の水面から視線を外して俺を見た。
「奪われた番がいくら待てど暮らせど戻ってくることがなくて代わりに奪い取ろうという考えに至ったのだろう。恨みと共に。
 ちょうど近くにこの家の住人に好意を持っているモノがいる。なら代わりに奪い取ろう、そんな所だ」
 ぞっとした。
 俺から見たら墨絵の鯉がそんなことを思っていたなんてと思わず鳥肌が立ってしまった腕を無意識でさすってしまう。
「だったらどうすればいいんだよ……」
 香月がそんなことあってはならないという様に声を絞り出して言えば
「早く番を見つけ出してまた一緒にしてやるんだな」
 そんな無理難題を俺達に叩きつけた。
 それよりも俺は
「七緒は? 七緒はどうなるんだ?!」
机に乗り出して九条に聞けば
「今はあの鯉の影響下にはないが、一度呪われた以上すぐに見つかるだろう。鱗で体が覆われる前に番を見つけて来い。
 今は術で眠らせているが、あれは水と縁がある。水を使えばすぐにあの鯉があの子を連れて行こうとするだろう。水に触れさせるな、なんて生きる上でそれは無理な話。一刻一秒があの子の尊厳を奪っていく。
 それにあの絵にまつわる者もただではいられないだろう。足取りが分からなくなる前に早く動け。そして何を使ってでも番を取り戻せ。あの子が人でいるために」
 その言葉と共に香月は立ち上がってどこかへと走っていった。やがて聞きなれた車の音が遠ざかっていくのを視線で追えば……

「佐倉の主人。香月をいつ家業から切り離すのか」

 九条の言葉にも驚いたが

「あいつは古道具の修復を仕事としています。
 古道具にまつわる危険は十分教えています。すでにあいつの人生なので師として自分の道は自分で選びさせます」

 香月の師でもある父親は十分に香月の事を認めていた。だけど俺が香月を変えてしまった体質におじさんは父親としてしっかりと守っていたことを今更ながらに知り、膝の上で握りしめていた拳が今更ながら俺のせいでという様に俺の無責任さが招いたこの未来に身動き一つできないでいた。
 とはいえそんな師としての言葉にはっと九条は鼻で笑い

「その結果あの子をあんな姿にさせた。
  忘れるな。あいつは生きているだけで周囲の呪いを強くする体質になった呪われた人間だ」

 そういって俺に無表情の顔を向けて

「大切な幼馴染かどうかは分からんがお前が守るべきものは最優先するべき者は何だともう一度よく考え直せ」

 そう言って立ち上がり九条は何も言わずに去っていった。
 
 俺にとって最優先するのは……

 七緒か香月のどちらかなんて比べられない究極の二択に俺は見送る事も出来ずに茶たくからこぼれた冷茶の雫が広がる机を眺めていた。







しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...