隣の古道具屋さん

雪那 由多

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鯉と猫と俺様と 9

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 はたきの人改め吉野様は修復の依頼を親父が受けた事でご機嫌になってくれた。
 その隣にどっと疲れた九条がいたけどそこはここに案内してきたのはお前だろと言うのは我慢してこれ以上厄介ごとにならないように心の中で思うだけにしておいた。
 書類を書いている間にも吉野様と親父は古道具の事でいろいろと会話が弾み、若いのにかなり詳しく二人の会話は歴史を語るそんな内容になっていた。
 俺も大学やうちにある古道具の謂れなどからそれなりに詳しいと思っている方だが、吉野様は趣味範囲の嗜みでそれなりに西洋骨董品については詳しい人について勉強したけどとうちにあるような古道具はネットで学ぶ程度しか分からないと知識のなさを恥ずかしそうに、だけど親父と楽しそうに話していた。
 いやいやいや、親父の話についていけるだけで十分だし、膝の上の次郎さんはリラックスしてお眠になってます。さらに言えば隣の九条なんかさっきから欠伸の連発で……
 俺的には聞いてても楽しい話だから問題ないけどそろそろ九条の意識がやばいんだけどと突っ込みたい。
 とはいえ書類自体はそこまで書く必要はない。
 連絡先と名前。掛け軸の補修に対する工程と修正箇所の確認。そして新しくあつらえるための紙を選んだりとすでにイメージはできていたのか十数分で終わるスムーズな契約となった。
 それまでがひどく長かったけどね。
「では仕上がり次第連絡を入れましょう。
 作業にはすぐに入りますが数日の時間を頂きますが……」
「でしたら仕上がったらその工程の話をゆっくりと聞きたいので食事にお招きしてもよろしいでしょうか?」
「ですが……」
 それは今時いろいろ問題のある事で、少しだけ渋る親父だけど
「今お世話になっている家の方も掛け軸を直していただくにあたり今後もこう言ったときに顔つなぎをしたいと申し出がありまして。
 古くから続く家なのでその折にはぜひともよろしくお願いしたいと申しており顔合わせ、と言う意味でもお招きしたいとおっしゃってました」
「そうですか……」
 あまり話に乗りたそうな親父じゃないけど、この掛け軸クラスの物がごろごろしている、そんな好奇心に揺れているようで
「他にも修復をお願いしたいものもあるとか。出張ではないが一度見に来てもらえればと思います」
 なんてビジネス的に言われたら仕方がないという所だろう。
「その折にはそちらの香月さんとおしゃいましたか。ぜひとも一緒にいらっしゃっていただければ勉強にもなりましょう」
 そんな流れまで用意されたら断りにくく
「でしたらそちらの話を謹んでお受けしたいと思います」
 出向くほどの価値のあるおうちとなれば骨董商として当然の仕事だと頭を下げた。
「出来上がり次第お電話いただければタクシーを用意します。ぜひそろっておいでください」
 よろしくお願いしますと深々と頭を下げる様子は九条の結界を破壊してはたき片手にやってきた姿とは大違いだとできれば第一印象はこの姿で会いたかったと思うのだった。
 長い間正座を崩すことなく座っていた九条と吉野様だけど二人はすくりと足をしびれさせた様子もなく立ち上がる。
 そして次郎さんに
「しばらくの間だからいいこで待っててね」
 なんて言えば
「修復される様子でも見て楽しんでるよ」
 なんて名残惜しそうに撫でる手に頭を押し付けていた。
 ほんと黙って座っていれば品の良い吉野様にふさわしい落ち着きのある猫だなと思いながらも店の方で草履を脱いだのかそちらへと向かう。
 時間帯からお客様もおらず、風向きが隣から漂うコーヒーの匂いを運んでくるけど、その中に混ざる悪臭に顔を歪める吉野様。
 我が家のどこで見つけてきたのかはたきをもとの位置に返そうと手にしていたはたきを握りしめて
「九条、あれは一体なんだ」
 店を一歩出た所で見えるお隣の喫茶店渡り鳥の二階部分を見上げて問う顔はとても厳しいもの。
 九条も顔を歪めて
「いわゆる残滓だな。
 太郎が恨んで隣に住む女の子、香月と仲が良かったばかりに巻き込まれた」
 そうだった。
 掛け軸の問題が終わったからと言ってすべてが解決するわけではないのだ。
 前の俺にはわからなかったけど今なら確実に視認できる恨みと悲しみ、そして絶望がまじりあった闇は問題がなくなってもその場にとどまる様に黒々とコールタールのようにうねっていた。
 それを見て吉野様ははたきを肩に担いで
「いくぞ。
 主となった俺の仕事だ」
 と言ってそのまま真っ直ぐ喫茶店へと突入するのだった。

「いらっしゃいませ……」

 ちょうどお客様もはけた時間帯。
 俺は止めることなくついてきたけどその後ろには九条もいたから
「な、なにごと?」
「なんか、いろいろあって……」
 とても一言で説明できない状況。
 吉野様は店をぐるりと見渡したかと思えば厨房の方に足を向けて二階にあがる階段を見つけた。
「あの、お客様そちらは……!」
 止める朔夜の声なんて聞こえないという様にはたきを振り回しながら階段を上る吉野様に
「渡瀬、あきらめろ。それより店を閉めておけ」
 もう九条も止めるつもりもない声で吉野様の後についていけばわけのわからない朔夜に代わって俺が入り口に営業終了の看板を掛ける。
 どうすればいいのか分からない朔夜を俺は連れて二階に行けばすでに七緒ちゃんの部屋の扉は開かれていて……

 九条のお札はすでに剥がれ落ち、雨が降っていても全開に開かれた窓に向かって太郎の恨みを外に向かってぽいぽいしていた姿こそ

「いったい何が起きてるんだ……」

 うん。
 よくわかるよその気持ち。
 だけど次第に明るくなっていく部屋で俺達は見た。

 顔にも浮かび上がっていた魚の鱗が自然に剥がれ落ち、苦しそうに泣きながら寝ていた七緒の顔が安らいだかのような寝顔に代わっていた事。
 結局何もしてあげれなかった俺だけど、その姿を見て俺と一緒に朔夜もまだベッドで眠る七緒を抱きしめて喜びに叫べばその声で目が覚めたのだろう。

「え、朔ちゃん、それに香月さんまで……
 え? あ、ちょ!!!」

 慌てて布団の中に隠れようとする七緒。
 飛び散る魚の鱗はやがて空気に溶けていき……

「女の子を野郎二人が襲ってる図っていう事で良いのか?」
「感動のシーンをぶち壊すような言い方はやめてくれ」

 未だにはたきで掃除をしている吉野様とお札を回収して回る九条の言葉なんて無視をして、久しぶりに聞けた七緒の元気な声に俺も朔夜もやっと笑顔になることが出来た。


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