隣の古道具屋さん

雪那 由多

文字の大きさ
25 / 44

壊れた世界の向こう側 3

しおりを挟む
「はよー」
「「朔夜殿おはようございます!」」
 今日もお袋の朝食を食べて少し仕事してから隣の渡り鳥に足を運ぶ。
 そうすれば朔夜がちょうどコーヒーを淹れだしたところだった。
「おはよ。そろそろだと思ってコーヒー準備してたところだ」
「じゃあパン焼けるまで待ってるけど、七緒は?」
 昨日いた姿が今日はもうないのかと思えば
「寝込んでいた間に遅れた勉強を必死に取り戻すために頑張ってるよ」
 それからの寝坊。
 大学卒業してからも勉強しているその様子は褒めたいところだけど朝寝坊はあまりよくないなと思うのはわが家が五時起きの家だからだろうか。
「それでもって今日も来てるのか?
 太郎と菖蒲と次郎さんだっけ」
 聞かれればそうだと頷く。
「じゃあ、今日もトーストで良いかな?」
「次郎さんもトーストで良い?」
「母君から朝ごはんは頂いたが喫茶店は初めてなのでせっかくだから一口頂きたい」
「うん。だったら俺のを一口で良いかな?」
「バターたっぷりの部分を頼む」
 なんて返答に一瞬言葉に迷えば
「なんて?」
 まったく視えない聞こえない、だけど理解してくれる朔夜に
「喫茶店初めてだから俺のトーストを一口食べたいって。
 バターたっぷりな所頼むな」
「おお、バターの味を知る次郎さんか。奮発しないとな」
 視えてない朔夜だけど理解してくれる様子に本当にいい奴だよと笑っていればトーストにたっぷりとバターを塗って表面はさっくさく、だけど一番ふわっふわの部分を切り出して平らなお皿の上に置いてどこに居るかわからないからと俺の定位置の足元に置く。
 因みに次郎さんは俺の席の隣に座っていたけどまさかそんな所に座っているとは思わない朔夜の親切に文句は言わずに椅子からぴょんと降りて食べやすいサイズに切られたパンをひょいと口へと運ぶ。
「わっ、パンが消えた。
 本当にいるんだな……」
 因みに俺の手に平の上では小さくちぎったパンをついばむ太郎と菖蒲がいる。 
「三毛猫なんだ。うちじゃ猫は飼えないけど次郎さんは本当に賢い猫だから。飼い主さんの人柄が分かるね……」
 と言って思わず言葉を失う。
 そういや飼い主ってはたきの人だったっけ……
 思わず美味しそうにパンを食べてる次郎さんに
「苦労してるんだね」
 なんて言ってしまえば
「なに、主は居なくとも下僕が我々をしっかりと祀ってくれているからな。
 何不自由なく、そして健やかに過ごすことが出来て何も問題は無い」
「そういうものかな?」
 なんてコーヒーを飲むも
「なにをのんきにしている。
 主より太郎と菖蒲を預かったのなら香月が太郎と菖蒲の世話をするのが筋だろう」
「やっぱりそうか……」
「すでに主より対価としてその目と耳をもらったのなら末代まで世話をするのが筋だぞ」
「意味わかんないんだけど」
 言えば
「渡瀬、佐倉は居るか?」
「まだ開店前でーす」
 なんて即お断りしたのは高校時代のクラスメイトでもあり、先日の鯉の巻物の出来事に尽力を尽くしてくれた九条がいたから。
 高校時代クラスメイトと言うだけでそこまで話をしたことのない九条だがこの一件で一生分会話をしたと思ったのにまだ来るかと思えば
「おじゃましまーす。九条が開店前にどうしてもって言ってごめんなさい」
 なんて全く悪びれてない代わりと言うか謝罪の心のかけらも籠ってない声で全部九条が悪いという様に店に入って来た御仁のお召し物は西陣織だろうか。趣味が良いというか落ち着いた紺色が似合うというかその姿で今日ははたきを持ってなくてほっとした所だけど
「次郎さんおはよう。佐倉さんのお宅で不便はないかい?」
 どうやら次郎さんを心配してきたようだった。
「主よ今日もいい男ぶりだな」
「これかい?お母さんがお父さんが前に着ていたものを出してくれたんだ。
 良い物なのに着てくれないからってせっかくだからってね」
 最後何か誤魔化された気もしたがはたきの人がご厄介になっているおうちはそれなりにすごい家なのだろう。付喪神が生まれる家なら当然かと思うもひょいと次郎さんを抱っこすればやっぱり主が恋しいという様にすり寄り甘える姿は普通に生きている猫と何ら変わらない。
「んー、次郎さんバターの良い匂いしてる」
「香月にごちそうになった。朔夜だったな。たっぷりとバターを塗ってくれた」
「よかったなー。お母さんのお家じゃパンはめったに出てこないからな」
「香ばしくてなかなかうまいものだったぞ」
「へー、いいなー……」
 なんて言いながらちらりと朔夜へと視線を向ける。
 さりげなくおねだりしているのが分かったのか朔夜も苦笑交じりにパンを焼き始めるも
「先に断っておきますがこのパンは昨日の残りですよ?
 まだ配達の前なので」
 なんて言いながらもコーヒーまで淹れる気のいい奴。
 そしてはたきの人、吉野様は
「突然お邪魔してごちそうになるのだからそんな事気にする事じゃない。
 だが出来たらコーヒーではなく紅茶を頂けると嬉しいんだけど?」
「茶葉はダージリンしかないですよ?」
「十分」
 なんて本当に嬉しそうに目を細める。
 人の良い朔夜はそのまま九条の分まで用意して、こちらはコーヒーのオーダーだった。
 しばらくもしないうちにパンが焼けてじゅわっと溶けるバターをたっぷりと塗る。
 次郎さんは黙って吉野様の膝の上に乗り、遠慮がちに太郎と菖蒲も側によれば
「太郎も菖蒲もちゃんとお仕事しているかい?」
 そんな質問に
「まだ主の力のおかげで悪いものはこの近辺にはいない。
 それよりも香月の母君が我らの為に睡蓮鉢を用意してくれたのだ」
「一緒に睡蓮も買っていただきとても居心地の良い住処を用意していただきました」
 なんて報告に吉野様は少しだけ目を見開いて
「確か視えない人だよな?」
 なんて九条に問いただすも
「お袋はもともと睡蓮を育てたり金魚を飼ったりするのが好きな人で、ここ数年忙しさに余裕がなかったせいか手を出していなかっただけで」
 ついでと言うか再開のきっかけに過ぎないという様に言えば
「いやいや、それでもバケツでもよかったのにそんないい環境を用意してくれるなんてありがたいな」
「バケツってどうだろう……」
 九条がコーヒーを頂きながら首をかしげての意見に俺も頷けば
「そうだ、聞きたいことがあったんだ。
 さっき次郎さんに吉野様にこの目と耳をもらったと聞いたんだけどどういう意味かと思いまして……」
 なんて言えば吉野様は全く意味が解らんという様に
「そんなもんくれてやったつもりはないぞ?」
 むしろお前何か知ってるだろうと九条へと顔を向ければ
「佐倉の中に残った呪いをお前が力任せに押し出しただろ。
 その時にお前の力の方が大きくてこいつの中に残ったんだよ。
 その結果今まであやふやに視えていたものとか雑音のように聞こえていたような音がしっかり調整されてちゃんと視えたり聞こえるようになっただけだ」
「うわー、眼鏡とか補聴器みたいな感じとかw」
 大雑把に言えばそうかもしれないけど
「笑い事じゃない。そんな話聞いたことない!
 佐倉にまたどんな異変が起きるのかもわかってないのにだな!」
「で、心配で次郎さんをだしに俺を連れてここに来たわけか。
 このツンデレめー」
「誰が佐倉相手にデレた」
 言えば楽しそうに笑い声をあげる吉野様。
 笑いながらも太郎と菖蒲、そして次郎さんにパンを食べさせて自分は紅茶を飲むばかり。
 さらにはパンの耳を九条の皿にのせる暴挙。それを食べる九条も九条だが満足げな太郎と菖蒲、そして次郎さんまで毛づくろいを始める様子を見ながら壁に貼り付けられたコーヒーチケットを見て
「チケット一つ。次郎さんがこちらでお世話になっている間日に一度は様子を見に来るから」
「ありがとうございます。でしたら……」
「他のお客様の邪魔になるといけないからこの時間にお邪魔させていただいてもいいかな?」
 なんて開店時間前を指定されるも確かに朔夜の目には目の前でパンがパクパクとなくなっていく現象が起きていて……
「あまりお客様には見てもらいたくないな」
 なんて頷く始末。
「まあ、香月と一緒に面倒を見るという事なら問題もないしな」
「いよっし!決まった。
 暁、明日から次郎さんの絵が仕上がるまで通うぞ!」
 なんて謎の気合。
 それと同時にものすごく嫌そうな九条の顔。
 もちろんそれを見てご機嫌な吉野様。
 案外この顔見たさに九条の話に乗ったんじゃないよなこの人と心配になるがそこは残りのパンを食べて紅茶を飲みほし
「じゃあ、ぼちぼち開店時間になるからな。
 これ以上お邪魔するわけにもいかないから帰るぞ」
 そんな心遣い。
 これ、心遣いか?
 悩む合間にもささっとコーヒーチケットをお買い上げからのお支払い。
 お店はまだクローズの看板が掲げられているけど気にせずに次郎と太郎、菖蒲に見送られながら出て行く嵐のような人とその下僕。

「お前も大変な主を持ったな」
 なんて言えば
「だからこそ我々は力を持つ。
 主より力を分け与えられたという点では俺も香月も変わらない立場だからな」
 なんて言葉。
 ゆっくりと意味を理解するようにその言葉を飲み込めば……
「なんだ?俺もはたきの人の付喪神の仲間入りか?」
「なにが?」
 そこは次郎さん達の声が聞こえない朔夜。
 俺の不安なんて気にせずおなかがいっぱいになって満足したのか
「太郎、菖蒲。先に帰って家の中をパトロールするぞ」
「兄さん了解です」
「兄さん、今日もお願いします」
 なんて上下関係を眺めながら
「俺もぼちぼち帰るわ」
「おう、仕事頑張れよ」
 朝からどっと疲れた体を引きずる様に、そして俺の平和な朝のひと時から穏やかさが消え去る事が決まったこれからの数日間。
 胃腸薬でも後で買いに行こうと予定に書きこむのだった。



しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

緑風荘へようこそ

雪那 由多
ライト文芸
相続で譲り受けた緑風荘。 風呂なし共同トイレの古いアパート。 そこで暮らす、訳あり大学生達と新米大家、瀬名修司の共同生活が始まる。

レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。 彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。 だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。 自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。 「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」 契約解除。返還されたレベルは9999。 一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。 対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。 静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。 「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」 これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。 (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...