僕の彼女は押しに弱い

あんぜ

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二章 演劇部

第7話 演劇部への誘い

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 文化祭も終わり、平穏な日々が戻ってくる。

 あのあと相馬と新崎さんは付き合い始めた――なんてことにはならなかったのだけど、戦友のように仲良くはなった。ついでに新崎さんは僕にも普通に話しかけてくるようになった。相馬はともかく、カースト下位の僕なんかと新崎さんが仲良くすると、僕は同級生たちからあまりよく思われなかったりすることもある。

 それは、あの劇の後、僕のことをある渾名で呼ぶ一部の人たちが居ることも原因のひとつ。クラス内にはほとんどいないんだが……。

 最初は演劇部員が――瀬川のざまぁ役すごくよかった――という良い評価の意味で使われていた。実際、あれからクラスの演劇部員の皆川さんたちと仲良くなったし、彼らはそういう意味では使わない。でも、その一部の人たちは僕のことを――ざまぁの人――だとか、或いは単に――ざまぁ――と呼ぶ。その人たちの中には新崎さんに思いを寄せていたり、あるいは単に渚や渡辺さんと僕が仲良くしていたのが気に入らなかったりする人も居るのかもしれない。

 ただ何というか、カースト底辺を意識している僕としては、別に今更渾名が付こうが気にもしていなかったわけだが。


「瀬川さあ、演劇のシナリオ書いてみない?」

 演劇部の皆川さん――ざくざくしたショートヘアで普段は眼鏡をかけている、色白でほっぺの赤い女子――がそう言ってくる。

「いや、どうしてそうなるかな。どう見ても悪手でしょ。素人も素人だよ?」

「それがそうでもないんだよね。うちの演劇部さ、いくつか派閥あるの知ってるよね」

「いや知らんし……」

「えっと大きく分けて三つ。部長派と副部長派、それから姉崎あねざきさん派」

「そんなに部員多いんだ」

「劇団とかで活躍してる人も居るし、上の学年にはファンや当時の流行で入った人も居るし、サポートだけの人も居るよ」

「へえ」

「それぞれお互いに切磋琢磨してるんだよ。でもね、やってるとだんだんみんな高尚になっていくらしいんだよねー」

「高尚に? いいんじゃないの?」

「それがさあ、どっちかってと去年までの人、つまり二年までなんだよね。ウケたの」

「一年は?」

「聞きたい?」

「いや別に――」

「聞けよ! 流れだろ!」

「あ、はい、どうぞ」

「うちのクラスのがぶっちぎりでウケたんだよね。文化祭以外での校内の公演も含めて」

「……」

「いや喜べよ!」

「だってそれネタ枠でウケただけでしょ。僕のシナリオだってテンプレだし、似たようなの作ればいいじゃない」

「それがダメなんだって。みんな小難しくしちゃって瀬川のみたく頭悪そうな話――あ、ここ誉め言葉ね――作れないんだよ」

「ぇえ……」

 褒めてるのか貶してるのか、この女は……。

「裾野が広くないとどんだけ上の質が良くても衰退しちゃうんだよね。だから一年の新入部員がもっと欲しいのよ」

 なんかそんな感じのことを文化祭でも言ってたよな。
 そのために演劇部員が献身的に尽くしてたし。

「――あっ、噂をすれば! あれが三年の姉崎先輩。劇団にも所属してるの。ちなみに私は部長派ね」

「へぇ……って男か」

 教室に入ってきたその姉崎先輩とやらは背は僕より少し高いくらいだけど体格のいい男の先輩だった。何となくイメージだけでお姉さま風の女子を想像してしまっていた自分が憎い。

「――いや、おい、何してんのあの人」

 その姉崎先輩とやらは何故か一直線に鈴音ちゃんと話す渚の元へ向かう。

「渚ちゃん、昨日の話、考えてくれた? ――絶対人気出るから頼むよ」

 てか誰の許可を得て名前で呼んでんのあの人。そして――。

「は? 昨日の話って何?」

 傍に皆川さんが居たが、誰に問いかけるでもなく僕はそう呟いた。

「姉崎さん、鈴代ちゃんに目をつけてたか。女子人気高いと見たな」
「どゆこと!?」

 僕は皆川さんを振り返って問いかけた。

「文芸部だから知ってるでしょ? あんたんとこの部誌の彼女の短編、うちの部員も買って読んでたけど、女子に評判いいのよね」

 えっ、あのそこはかとなく艶っぽいやつ!?
 僕としてはあれは門外不出にして欲しいくらいの作品だった。

 渚はというと体格のいい男に迫られて声が小さくなってる。
 そして鈴音ちゃんが渚を庇うようにして先輩にちょっと離れるように言っている。
 いいぞ、鈴音ちゃんガンバレ! ――などと心の中だけでエールを送る。

 結局、渚から良い返事が貰えなかったのであろう姉崎先輩は帰っていった。


 ◇◇◇◇◇


「皆川さんと楽しそうに何を話してたの?」

 放課後、僕と渚は以前廻った喫茶店のひとつに来ていた。学校からは反対方向の駅になる。そして最初の彼女の言葉がこれである。

「渚だって話してたでしょ。姉崎って先輩と。昨日もって言ってたしさ……」

「ふふっ、そっか。何となくわかったけど、太一くんはもっと自信持たないとダメ」

 渚は顔を近づけ、声を潜め――。

「――私は太一くんのものだよ」

 手を取ってそう囁く。
 他人には聞かれていないだろうけれど、外でそんなことを言われると落ち着かない。
 彼女の手もぽっと温かくなってしっとりと汗ばんできた気がした。

「僕の中にはさ、渚を縛りたいって気持ちと、縛りたくないって気持ちがどっちもある――」

「し、縛るとかはまだ早いってみちかちゃんが……」

「え?」

「若い間はふつうのエッ…………チが大事だよって」

「いやあの、縛るって別にそっちじゃなくて、渚の普段の行動の方で……」

「そそそそうだよね、何言ってるんだろうね私……」

 渚が黙ってしまうが、変な想像をしてしまって僕は何も言えないで居た。
 彼女は変なところで大胆だし、変なところで弱気になる。
 いやでも、渚もそんな変な想像してた?
 そうじゃないと出てこないよな。
 てか、満夏さんと普段、どんな会話をしているのか気になって仕方がなかった。

 それはともかく――。

「――つまりその、渚がシナリオとかやってみたいなら応援したいのもあるってこと」

「そっか。――女の子に共感してもらえたっていうのは嬉しいの。文芸部の投書箱に感想とか貰ったりしてると、わぁってなるし」

「ええっ、感想とか貰えるんだ」

 部室の外には生徒が感想を投稿できるボックスが置いてある。
 僕はそんなもの、ついぞ貰ったことがない。
 そんなものが存在するんだ――なんて思うくらいだ。

「うん。たまに変なのも来るけどね」

「変なのって?」

「なんか変態っぽいラブレターみたいなの」

「えっ!? 何それ聞いてない!」

「部長さんがチェックしていて捨てて貰ってるの。読んでもためにならないって。私も読んだことがない」

「渚の身が心配なんだけど……」

「私も太一くんと付き合うようになってからちょっとは鍛えてるんだよ」

「いやでも、渚に何かあったら生きていられない」

「うん、わかった。気を付けるね」

「あと、他の男に名前では呼ばせない」

「ふふっ、わかりました」


 ◇◇◇◇◇


 翌日の放課後、彼女は演劇部にシナリオの提供に行った。内容については部誌に掲載された彼女の短編を元にするそうだ。僕の作品と違って作品全体のイメージが大事で、しかも内容も婉曲的な表現が多いから舞台用の脚本に直すのは大変そうだ。演劇部の部員と一緒に調整は必須みたい。

 そして肝心の短編の内容。

 田舎の――1時間に1本便があるかないかというくらいの田舎の――屋根付きのバス停が舞台。主人公の高校生の女の子には同じバス停から通う同じ高校の男の子の友達がいる。お互い、意識し合うくらいの間柄。いつまでもそのゆったりとした関係が続いていくのかと思っていたのが、大雨のある日を境に女の子は都会に出る夢を話すようになり、男の子とは別の道を進むことになる――という話。

 二学期が始まった頃に彼女の部屋でこの短編の話をしたことがあった。

「えっ、この女の子、絶対バス停でエッチしてるよね?」

「もおっ! そういうのはわかっても言わないところがいいの!」

「相手はこの口の悪い物書きだよね?」

「それもわかっても言っちゃダメなの!」

「この辺からこの辺までいろいろ表現で隠してあるけどエッチシーンだよね?」

「んんんん~~~!!! ――そうです! 全部太一くんとのエッチを元に書きました! あと、その物書きは太一くんがモデルです!」

「ぇえ……」

 いやさすがに二人のプライベートを元にしたと言われるのは引くけど、表現的には彼女が感じたイメージなんだろうな。艶っぽいのはわかる。けれど、かと言われればわからない。そして――。

「――モデルって確かに考えたけど、僕はどっちかってとフラれる男の子じゃない?」

「どこが!? 太一くんはこっちの物書きでしょ」

「えっ、僕って成人したら未成年襲いそうに見える!?」

「そういう意味じゃないの! 太一くんは私を連れて行ってくれるイメージなの」

「この辺、十分都会だと思うけど……」

「そうじゃなくて! その……」

 黙り込む渚。

「僕としてはこの男の子に感情移入してすごく寝取られ感が強いんだけど」

「そっちは過去の自分? みたいなのだからそういうつもりじゃなかったの。でもそんな感じ方もあるんだね……」

 まあ、そんなことがあって、僕には門外不出にするべきと認定されてしまった短編だった。


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