西からきた少年について

ねころびた

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王都を目指して(20〜)

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 グランツは、満面の笑みでミハルたちの無事を喜んだ。

「やあ、やあ! 全員無事でよかった! しかし酷い傷だな。オークキングにやられたのか」

「違うのです、グランツ様。しかし、何をどう申し上げれば良いのか……」

 兵士の一人は言葉を詰まらせた。グランツは片眉を上げて「なんだ? そういえば、先ほどの凄い音も気になるが」と、何となしに空を見上げる。
 そして、グランツは思わず目を見開いた。

「あれは……」

 どうにか絞り出した一言で、全員がグランツの視線の先を追う。
 すると、そこにあった黒い影。それは、紛れもなくアルベルムでリュークの革袋から飛び出しギルド会館を半壊させた黒いドラゴンの姿だった。
 黒いドラゴンは優雅に遠くの空を飛んでいる。ミハルたちは、無言のまま固唾かたずを呑んで脅威の向かう先を見定めようとしている。ふと、黒いドラゴンがその視線に引き寄せられるかのごとく彼らの方へ鼻先を向けた。

「こ……っ、こっちに来るぞ!」

 兵士が叫んだ。だが、蛇ににらまれた蛙のように体が動かない。グランツですら、瞬きをも忘れて固まっている。
 黒いドラゴンが森の木に触れるところまで近付く。
 もう駄目だ──! 
 誰もがそう思ったとき、空を駆けた一閃が黒いドラゴンの横腹を直撃した。
 黒いドラゴンの巨体がおびただしい数の木々をなぎ倒して森の奥に沈む。あまりに一瞬の出来ごとに、ミハルたちは思考を停止させる。
 ドーン、ドン、と地を震わせる轟音が鳴り響いている。黒いドラゴンと何かが戦っているのだ。森は広く破壊され、どこも土煙が立ち込めて視界が悪い。

「おい! 大丈夫か!」

 ようやく駆け付けたソロウが大声を掛けた。後ろにはギムナック、レオハルトとリュークも居る。グランツやミハルたちは金縛りが解けたように一斉に振り向き、真っ青な顔で首を横に振った。

「もう無理! 怖い! 何なの、あれ!」

 半狂乱で泣き喚くミハル。ソロウたちの顔を見て緊張の糸が切れたようだった。

「もう大丈夫だ。見てみろ、ナナイがドラゴンと戦ってくれてる」

「えっ、ナナイが……?」

 ミハルは遠くの土煙の中に目を凝らした。グランツも兵士たちも懸命に首を伸ばしてドラゴンを探す。
 激しい音は続いている。ときどき森から飛び上がる二つの影が見えた。あれはナナイなのかと一同が見つめていると、光を反射する純白が一直線に上空に飛び上がった。それを追う、真っ黒なドラゴン。空中で烈しくぶつかり合う両者。体格差は一目瞭然いちもくりょうぜんだが、ナナイは無色透明な魔法の壁で自身を守っており、黒いドラゴンの爪は火花のようなものを散らして弾かれ続けている。
 明らかに人の関わって良いものではない。人知を超えた力の衝突。これを収めるには神でも引っ張ってくるしかあるまい、とグランツは憮然ぶぜんとする。

「さっさと逃げたいところだが……ナナイは大丈夫なのか?」

 ソロウが気まずそうに言ってリュークを見下ろすと、すぐ隣に居たリュークはきょとんとした表情でソロウを見上げ、「どうして?」と尋ね返した。
 ソロウは意外に思い、「心配じゃないのか?」としゃがんで言った。

「心配?」

「ナナイが怪我をしたら嫌だろ?」

「怪我をしたら? ナナイは怪我するの?」

「うん……? しない……のか?」

 ソロウは近付いてきたギムナックを仰ぎ見た。助けてくれ、という顔である。ギムナックは腕組して少し考えると、そうだな、と切り出した。

「それは、ナナイが怪我したところを見たことがないだけだな。リューク、この世で怪我をしないやつなんていないんだ。どんなに強くたって、怪我をするときにはするものさ。だけど、ドラゴン同士が殺し合うことはまれだと聞く。知能が高く、互いの利益を損なわないように上手く問題を解決するとも。だから、あれは放っておいても大丈夫なんだろう?」

 リュークは答えなかった。ギムナックの話が難しかったのかも知れないし、ナナイが怪我をすると聞いて驚いたのかも知れなかった。ただ、暫く黙っていたリュークは、突然何かを思い付いたように革袋に手を突っ込んで泥団子を一つ取り出した。
 本能的に不安を感じたソロウとギムナック。おい、と声を掛けようとしたが、時すでに遅し。リュークは不器用に助走をつけて思い切り腕を振りかぶると、渾身こんしんの力で泥団子を空へ放り投げた。
 大人たちの見間違いでなければ、泥団子は隕石いんせきの如く炎をまとっていた。殆ど見えない超速球は甲高い音を立てて飛び、ナナイを追って上昇する黒いドラゴンの腹に当たってぜた。
 その威力たるや凄まじく、黒いドラゴンは一瞬で空の彼方にまで吹き飛ばされた。

「もう心配じゃないね」

 ──と、ソロウとギムナックに言ったリュークは、さっさとミハルのそばへ行くと、腰を抜かして座り込んでいるミハルの手を引っ張って起こすことに励んだのだった。


 
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