西からきた少年について

ねころびた

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お菓子とエールの街(28〜)

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 夜半過ぎ、ソロウは背中にバネでも付いているかのように勢いよく上半身を起こした。

 荒い呼吸を繰り返し、怯えた目でキョロキョロと周りを見回して、ようやく自分がテルミリアの宿に泊まっていることを思い出す。

 部屋の真ん中に置かれているテーブルの蝋燭の火はまだ消えていない。気絶するように眠ってから、そう経ってはいないらしい。

(……──クソ、勘弁してくれよ)

 悪夢はよく見る。冒険者をやっていると、不眠症を患うことは往々にしてある。数々のクエストをこなして経験を重ねれば重ねるほど、体験した恐怖の記憶も蓄積していくからだ。例え昔恐ろしいと思った魔物を倒せる実力を身に着けたところで、夢の中では昔の弱い自分のまま、肥大した恐怖の中でもがき苦しんで目が覚める。

 起きているうちは「すごい経験だった」と仲間内で盛り上がったり、しみじみと思い出しては生きながらえた奇跡に感謝したりできるのに、夢となるとどうしても悪いものとして呼び起こされるらしい。もしかしたら、生存本能が教訓としてそうさせているのかも知れないが──。


 特に最近ではドラゴワーム、ワイバーン、黒いドラゴンと、立て続けに現実離れした恐ろしい目に遭っている。ミハルなどはさらに、オークキングの砦を発見した直後にゴブリンの群れに取り囲まれあわや命を落とすところ、突然降ってきた巨大な黒いドラゴンの攻撃に巻き込まれかけ、挙げ句そのドラゴンが間近に迫ってきたというではないか。並の精神力では耐えられまい。

 あのとき、自分がゴブリンを追う役を引き受けていれば。


 第一、オークキングについてもっと早くリュークに聞けていれば、ミハルたちを危険にさらすことなどなかった。

 「あいつら、他のやつのナワバリでは何もしない」──初めて会った日にゴブリンについてリュークが言ったことだ。

 そして、丘に居たオークについては、「ここは他のキングのナワバリだから、遠くに行かないとキングになれない」と言った。

 つまり、あそこで攻撃を仕掛けてきたゴブリンどもが丘のオークの敵であることも、ゴブリンの逃げた先にオークキングが待ち構えているであろうことも、少し考えれば分かることだったのだ。


 あのときに戻れるならばと何度も思わずにいられなかったが、こうなってしまっては酷い目に遭ったアルベルム兵とミハルが少しでも穏やかな眠りにつけるよう祈ってやることくらいしかできない。

 そういえば、黒いドラゴンが襲ってきたときにはグランツも居たというが……まあ、あの人は大丈夫だろうと、極めて頑強な貴族のことは頭の隅から追い払う。


 鎧を来たまま寝てしまったせいで全身が重く痛む。びっしょりとかいた汗が気持ち悪い。せめて風呂には入るべきだった──と、現実逃避とおぼしき後悔の念に意識を集中させてみる。

 ふと近くで声がした気がして右に目をやると、どうやら隣のベッドで眠るギムナックもうなされているようだ。

「うう……リューク……やめ、やめるんだ、リュ……神よ……」

 ソロウは薄暗い天井を見上げた。考えたくはないが、嫌な予感がする。

 どこからともなく、ほんの微かなざわめきが聞こえてくる。

 テルミリアにある食堂のいくつかが毎日朝まで大盛況であることは知っている。ソロウ自身もテルミリアに寄った際には必ずと言って良いほど夜はエールに身を委ね、朝は酒まみれの床か店の前で屍のように眠る。これこそがテルミリアにおける正しい大人のマナーであるとも考えている。

 しかし、今日に限ってはどうも馴染まない・・・・・。このざわめきがいつもの空気と違っているからだろう。何せ、悲鳴が混じっている。

 ギムナックを起こすべきか悩んだが、何故か急に悟りを開いたかのように静かに眠り始めたのを見て、ソロウは一人静かに部屋を後にした。





 見張り番の兵たちに片手を上げて挨拶しつつ、ギシギシと階段を軋ませて一階まで降り、カウンターを覗いてみる。
 ──誰もいない。
 まあ、そうだろうなと小さく溜息を吐いてカウンター近くのドアを開けた。





 未だかつて、ドアを開けてこれほど動揺したことがあろうか。刹那にソロウの中の記憶領域に並ぶ引き出しの片っ端からあらん限りの言い訳の羅列が飛び出して、走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 はてさて、かたや椅子に座ったままスライムがどれだけ伸び縮みするか実演して見せているリューク。かたや明らかに椅子もテーブルも酒と料理ごと弾き倒して飛び退ずさったところで剣や杖の柄に手を掛けるか掛けまいか迷っている冒険者たち。その一歩後ろで、鍋や皿や椅子を胸の前で構えて持ち、身を守ろうとしている者の多いこと。

 一見すれば、ざっと五十人もの良い大人が幼気いたいけな少年を囲んで虐めているようにしか見えないが、次いで血の気の引いた大人たちの顔を見れば異常を察するのは容易い。一体全体、これをどう収めるべきだろうか。

(それにしても、リュークのやつ──)

 ソロウは、スライムの端を掴んで思い切り引き伸ばしているリュークをなんとなく新鮮な気持ちで眺めた。

(ステータスによれば十歳ってことだったが、その割には小さ過ぎやしないか?)

 大勢の大人の中に居ると、余計幼く見える。

 昨年会った甥や再従兄弟はとこは九歳だったが、どちらもリュークよりふた周りは大きかった印象がある。十歳の姪などは、さらに早い成長ぶりだった。ギムナックも初めの頃にリュークを見て「おそらく八歳程度」と言っていた。それも、一人で飄々ひょうひょうとあんなところに居たからそう思っただけで、実際は八歳にしても小さいくらい──ともすれば、学校の初等部に入ったばかりの六、七歳くらいの体躯にも見えるほどだ。それか、大人に囲まれているから見るほどに幼く感じるだけなのか。

 細っこい体つきだが、痩せ過ぎというほどではなく不健康な様子はない。小さいのは遺伝によるものだろうか? 

 腕を組んで考えに耽っていると、「どうしました?」と、レオハルトが横からぬっと顔を出した。

「いや、リュークが歳の割に小さいな……と」

「まさか、この状況で?」

「え? ……あっ」

 ソロウははっとしてレオハルトを振り向いた。
 落ち着き払った表情のレオハルトからの憐れむような視線が痛い。

「まあ、分かりますよ。子どものおもり・・・というのは、この世で最も大変な仕事の一つでしょうからね」

 レオハルトは気まずげに目を逸らすソロウに言い置いて、颯爽と食堂の中を突き進んだ。


 
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