西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
33 / 199
お菓子とエールの街(28〜)

32

しおりを挟む
「皆さん、一旦椅子に座って落ち着きましょう」

 仮にこのようにレオハルトが言っても客たちが静まらなかった場合、近所の教会の神官を叩き起こしてきて、ひたすら彼らの懺悔ざんげに許しを与えてもらわなければならなかっただろう。しかし、幸いなことに客たちはレオハルトの鶴の一声でにわかに冷静さを取り戻すと、大人しくテーブルや椅子を元通りに並べ、落ちた料理と食器を手際よく片付け、モップで床を拭き、新しく注文したエールを手に着席することが出来た。

 ソロウと、スライムを抱いたままのリュークもちゃっかり・・・・・相席している。


 レオハルトは、まるで学校の校長がするように全体を見渡して、全員が自分に注目したことを確認すると、一糸いっし乱れぬ美しい所作で頭を下げた。

「私どもの連れが大変失礼を致しました。お詫びのしるしにもなりませんが、今夜の皆さんのお代は全て私どもがお支払いさせて頂きます。どうか遠慮なくお楽しみください」

 三秒待って、わっと歓声が上がった。今の今まで謝罪の言葉だらけだった食堂内が、一瞬で感謝の言葉で埋め尽くされる。

「お金あげなくていいの?」とリュークが困ったように呟いたので、ソロウはニカッと笑ってリュークの頭をガシガシと撫でてやった。





 再開された酔っ払いたちの宴の中で、リュークのマジックバッグから生きたスライムが出てきたことについては、マジックバッグが壊れている・・・・・ということで何故か納得された。

「うははあ、壊れてんならぁ、死ぬぁねえはずらわなあ」

 早くも正体をなくしつつある初老の商人があたかも知ったような口ぶりで言ったので、他の客たちも「たしかに、それじゃあ仕方ねえわなぁ」とよく分からないことを言って、上手いこと丸く収まった次第である。
 因みに、リュークが飯代をスライムの一部で支払おうとしていたことについては誰も触れなかった。

「一人にして悪かったな。さっきは驚いただろう」

 ソロウが申し訳無さそうに言うと、リュークは全く意に介していない様子で、「白い泥みたいなのが美味しかったんだ。この人たちはソロウの友達?」と隣のリザードマンたちについて無邪気に尋ねた。

「ああ、大分前に会ったことがあるよな。久しぶりだが覚えてるか?」

 ソロウが巨躯きょくのリザードマンに声を掛けると、リザードマンは「当然だ」と手を差し出した。ソロウは握手を交わし、ついでに一緒のテーブルを囲むリザードマンの仲間とも握手して挨拶を済ませた。

「あんたこそ覚えてたのか、ソロウ? 確か前は名乗ってなかったが、俺はビードーってんだ。あんたの噂はたまに聞くぜ。なんでも、アルベルムの街で保安冒険者をやってるそうじゃねえか」

 ビードーと名乗ったリザードマンは、すっかり上機嫌になって言った。ビードーの仲間もソロウのことを知っているらしく、猫耳や犬耳や牛耳をぴんと立てて話を聞いている。

「まあ、漸く落ち着いたって感じだよ。今は特別任務で王都までの護衛だがな」

「王都までの護衛……?」ビードーの顔色が変わった。「テルミリアここからの報せを受けて来たんじゃねえのか?」

 エールを飲もうとしていたソロウの手が止まる。妙な雰囲気を感じ取ったリュークが、二人の間で交互に両者を見上げる。

 こってりと脂ののった鳥料理の大皿を運んできたレオハルトが異変を察して「テルミリアから早馬が出されたのですか?」と割って入った。

 ビードーと彼の仲間たちは、やや剣呑な表情で顔を見合わせてからレオハルトに向き直る。

「そうか。確かにそれで来たにしちゃあ、えらく早すぎると思ったんだよなあ。急使ともすれ違わなかったのか?」

「いいえ。私たちはランカ村から草原を通って来ましたが、途中は誰とも会いませんでした。それで、報せの内容とは?」

「教会の神官と修道女、それから孤児数人が立て続けに行方不明になったんだ。だから検問強化をしたことの報告と調査の依頼さ」

 行方不明者の捜索は冒険者ギルドで行えるが、関所などの検問を強化するには領主か、領主から権限を与えられた領地管理人の命令が必要となる。今回は領地管理人が速やかに周辺の村々まで検問の強化を行ったので、その報告と、調査協力の要請のために早馬を出したという。

 アルベルムへの急使はランカ村を経由せずアルベラ村へ直行し、最短距離でアルベルムを目指したのだろう。

 つまり丁度すれ違いになってしまった訳だが、結果的に早馬の報せより早く知ることができたのは幸運であるかも知れない。

 それでソロウが詳細を聞くべく促そうとしたとき──食堂の正面扉が勢いよく開かれ、どこからどう見ても不機嫌らしい垂れ耳兎系の獣人少女がパジャマ姿で現れた。
 短めの髪の毛と同じ淡い栗色の長い耳が、怒りのあまりゆらゆらと揺れている。

 驚いたリュークが、今まさに食べようとしていたクッキーを取り落とした。クッキーはスライムの上に落ち、ゆっくりとその体内へ沈んで、聖属性の魔法で浄化されゆくアンデッドの如く、灰のように崩れて消えていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...