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お菓子とエールの街(28〜)
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「皆さん、一旦椅子に座って落ち着きましょう」
仮にこのようにレオハルトが言っても客たちが静まらなかった場合、近所の教会の神官を叩き起こしてきて、ひたすら彼らの懺悔に許しを与えてもらわなければならなかっただろう。しかし、幸いなことに客たちはレオハルトの鶴の一声でにわかに冷静さを取り戻すと、大人しくテーブルや椅子を元通りに並べ、落ちた料理と食器を手際よく片付け、モップで床を拭き、新しく注文したエールを手に着席することが出来た。
ソロウと、スライムを抱いたままのリュークもちゃっかり相席している。
レオハルトは、まるで学校の校長がするように全体を見渡して、全員が自分に注目したことを確認すると、一糸乱れぬ美しい所作で頭を下げた。
「私どもの連れが大変失礼を致しました。お詫びのしるしにもなりませんが、今夜の皆さんのお代は全て私どもがお支払いさせて頂きます。どうか遠慮なくお楽しみください」
三秒待って、わっと歓声が上がった。今の今まで謝罪の言葉だらけだった食堂内が、一瞬で感謝の言葉で埋め尽くされる。
「お金あげなくていいの?」とリュークが困ったように呟いたので、ソロウはニカッと笑ってリュークの頭をガシガシと撫でてやった。
再開された酔っ払いたちの宴の中で、リュークのマジックバッグから生きたスライムが出てきたことについては、マジックバッグが壊れているということで何故か納得された。
「うははあ、壊れてんならぁ、死ぬぁねえはずらわなあ」
早くも正体をなくしつつある初老の商人があたかも知ったような口ぶりで言ったので、他の客たちも「たしかに、それじゃあ仕方ねえわなぁ」とよく分からないことを言って、上手いこと丸く収まった次第である。
因みに、リュークが飯代をスライムの一部で支払おうとしていたことについては誰も触れなかった。
「一人にして悪かったな。さっきは驚いただろう」
ソロウが申し訳無さそうに言うと、リュークは全く意に介していない様子で、「白い泥みたいなのが美味しかったんだ。この人たちはソロウの友達?」と隣のリザードマンたちについて無邪気に尋ねた。
「ああ、大分前に会ったことがあるよな。久しぶりだが覚えてるか?」
ソロウが巨躯のリザードマンに声を掛けると、リザードマンは「当然だ」と手を差し出した。ソロウは握手を交わし、ついでに一緒のテーブルを囲むリザードマンの仲間とも握手して挨拶を済ませた。
「あんたこそ覚えてたのか、ソロウ? 確か前は名乗ってなかったが、俺はビードーってんだ。あんたの噂はたまに聞くぜ。なんでも、アルベルムの街で保安冒険者をやってるそうじゃねえか」
ビードーと名乗ったリザードマンは、すっかり上機嫌になって言った。ビードーの仲間もソロウのことを知っているらしく、猫耳や犬耳や牛耳をぴんと立てて話を聞いている。
「まあ、漸く落ち着いたって感じだよ。今は特別任務で王都までの護衛だがな」
「王都までの護衛……?」ビードーの顔色が変わった。「テルミリアからの報せを受けて来たんじゃねえのか?」
エールを飲もうとしていたソロウの手が止まる。妙な雰囲気を感じ取ったリュークが、二人の間で交互に両者を見上げる。
こってりと脂ののった鳥料理の大皿を運んできたレオハルトが異変を察して「テルミリアから早馬が出されたのですか?」と割って入った。
ビードーと彼の仲間たちは、やや剣呑な表情で顔を見合わせてからレオハルトに向き直る。
「そうか。確かにそれで来たにしちゃあ、えらく早すぎると思ったんだよなあ。急使ともすれ違わなかったのか?」
「いいえ。私たちはランカ村から草原を通って来ましたが、途中は誰とも会いませんでした。それで、報せの内容とは?」
「教会の神官と修道女、それから孤児数人が立て続けに行方不明になったんだ。だから検問強化をしたことの報告と調査の依頼さ」
行方不明者の捜索は冒険者ギルドで行えるが、関所などの検問を強化するには領主か、領主から権限を与えられた領地管理人の命令が必要となる。今回は領地管理人が速やかに周辺の村々まで検問の強化を行ったので、その報告と、調査協力の要請のために早馬を出したという。
アルベルムへの急使はランカ村を経由せずアルベラ村へ直行し、最短距離でアルベルムを目指したのだろう。
つまり丁度すれ違いになってしまった訳だが、結果的に早馬の報せより早く知ることができたのは幸運であるかも知れない。
それでソロウが詳細を聞くべく促そうとしたとき──食堂の正面扉が勢いよく開かれ、どこからどう見ても不機嫌らしい垂れ耳兎系の獣人少女がパジャマ姿で現れた。
短めの髪の毛と同じ淡い栗色の長い耳が、怒りのあまりゆらゆらと揺れている。
驚いたリュークが、今まさに食べようとしていたクッキーを取り落とした。クッキーはスライムの上に落ち、ゆっくりとその体内へ沈んで、聖属性の魔法で浄化されゆくアンデッドの如く、灰のように崩れて消えていった。
仮にこのようにレオハルトが言っても客たちが静まらなかった場合、近所の教会の神官を叩き起こしてきて、ひたすら彼らの懺悔に許しを与えてもらわなければならなかっただろう。しかし、幸いなことに客たちはレオハルトの鶴の一声でにわかに冷静さを取り戻すと、大人しくテーブルや椅子を元通りに並べ、落ちた料理と食器を手際よく片付け、モップで床を拭き、新しく注文したエールを手に着席することが出来た。
ソロウと、スライムを抱いたままのリュークもちゃっかり相席している。
レオハルトは、まるで学校の校長がするように全体を見渡して、全員が自分に注目したことを確認すると、一糸乱れぬ美しい所作で頭を下げた。
「私どもの連れが大変失礼を致しました。お詫びのしるしにもなりませんが、今夜の皆さんのお代は全て私どもがお支払いさせて頂きます。どうか遠慮なくお楽しみください」
三秒待って、わっと歓声が上がった。今の今まで謝罪の言葉だらけだった食堂内が、一瞬で感謝の言葉で埋め尽くされる。
「お金あげなくていいの?」とリュークが困ったように呟いたので、ソロウはニカッと笑ってリュークの頭をガシガシと撫でてやった。
再開された酔っ払いたちの宴の中で、リュークのマジックバッグから生きたスライムが出てきたことについては、マジックバッグが壊れているということで何故か納得された。
「うははあ、壊れてんならぁ、死ぬぁねえはずらわなあ」
早くも正体をなくしつつある初老の商人があたかも知ったような口ぶりで言ったので、他の客たちも「たしかに、それじゃあ仕方ねえわなぁ」とよく分からないことを言って、上手いこと丸く収まった次第である。
因みに、リュークが飯代をスライムの一部で支払おうとしていたことについては誰も触れなかった。
「一人にして悪かったな。さっきは驚いただろう」
ソロウが申し訳無さそうに言うと、リュークは全く意に介していない様子で、「白い泥みたいなのが美味しかったんだ。この人たちはソロウの友達?」と隣のリザードマンたちについて無邪気に尋ねた。
「ああ、大分前に会ったことがあるよな。久しぶりだが覚えてるか?」
ソロウが巨躯のリザードマンに声を掛けると、リザードマンは「当然だ」と手を差し出した。ソロウは握手を交わし、ついでに一緒のテーブルを囲むリザードマンの仲間とも握手して挨拶を済ませた。
「あんたこそ覚えてたのか、ソロウ? 確か前は名乗ってなかったが、俺はビードーってんだ。あんたの噂はたまに聞くぜ。なんでも、アルベルムの街で保安冒険者をやってるそうじゃねえか」
ビードーと名乗ったリザードマンは、すっかり上機嫌になって言った。ビードーの仲間もソロウのことを知っているらしく、猫耳や犬耳や牛耳をぴんと立てて話を聞いている。
「まあ、漸く落ち着いたって感じだよ。今は特別任務で王都までの護衛だがな」
「王都までの護衛……?」ビードーの顔色が変わった。「テルミリアからの報せを受けて来たんじゃねえのか?」
エールを飲もうとしていたソロウの手が止まる。妙な雰囲気を感じ取ったリュークが、二人の間で交互に両者を見上げる。
こってりと脂ののった鳥料理の大皿を運んできたレオハルトが異変を察して「テルミリアから早馬が出されたのですか?」と割って入った。
ビードーと彼の仲間たちは、やや剣呑な表情で顔を見合わせてからレオハルトに向き直る。
「そうか。確かにそれで来たにしちゃあ、えらく早すぎると思ったんだよなあ。急使ともすれ違わなかったのか?」
「いいえ。私たちはランカ村から草原を通って来ましたが、途中は誰とも会いませんでした。それで、報せの内容とは?」
「教会の神官と修道女、それから孤児数人が立て続けに行方不明になったんだ。だから検問強化をしたことの報告と調査の依頼さ」
行方不明者の捜索は冒険者ギルドで行えるが、関所などの検問を強化するには領主か、領主から権限を与えられた領地管理人の命令が必要となる。今回は領地管理人が速やかに周辺の村々まで検問の強化を行ったので、その報告と、調査協力の要請のために早馬を出したという。
アルベルムへの急使はランカ村を経由せずアルベラ村へ直行し、最短距離でアルベルムを目指したのだろう。
つまり丁度すれ違いになってしまった訳だが、結果的に早馬の報せより早く知ることができたのは幸運であるかも知れない。
それでソロウが詳細を聞くべく促そうとしたとき──食堂の正面扉が勢いよく開かれ、どこからどう見ても不機嫌らしい垂れ耳兎系の獣人少女がパジャマ姿で現れた。
短めの髪の毛と同じ淡い栗色の長い耳が、怒りのあまりゆらゆらと揺れている。
驚いたリュークが、今まさに食べようとしていたクッキーを取り落とした。クッキーはスライムの上に落ち、ゆっくりとその体内へ沈んで、聖属性の魔法で浄化されゆくアンデッドの如く、灰のように崩れて消えていった。
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