西からきた少年について

ねころびた

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お菓子とエールの街(28〜)

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 少女の年の頃は十四、五あたり。身長はミハルとあまり変わらない平均程度だが、存在感に異様な迫力がある。ツンと尖った小さな鼻先にまで怒りがほとばしっているようだ。

 少女は食堂内の全ての人を真っ赤な目で睨みつけると、ダン、と足で鋭く床を叩きつけ、ありありと怒気を含んだ声で口を切る。

「なんで今日はこんなに煩いんだよ! 領主様が来たから浮かれてるわけ? この食堂は音漏れしにくいっていうのに、三ブロック先まで馬鹿みたいに騒がしいのが聞こえてくるんだけど!」

 あまりの威勢に大人たちは竦み上がって沈黙した。少女は今にも立派な前歯で噛み付きそうなほど立腹しており、ソロウもレオハルトもリュークもただただ固唾を呑む。

 その後暫くは誰も言葉を発さず、少女の威嚇行動らしき床を蹴る音だけが数秒おきに繰り返されていたが、ふと厨房から宿屋のエルザが出てきて、エプロンで手を拭きながら少女のところまで歩いて行った。

「悪かったねえ、フルル。もう少し静かにやるからさ、あんたも何か食べて行きなよ。今日は全部領主様持ちなんだ」

「……はあ。いいよ、あたしは。とにかく、本当に静かにして欲しいだ……け……──」

 フルルと呼ばれた少女は、たまたまリュークの方に目をやって言葉を失った。不審に思ったエルザがフルルの視線を追ってリュークを見つける。

「ああ、可愛らしい子だろう。領主様のお連れでね、とても良い子だよ。……もしかして、何か気になるのかい?」

「い、いや……アレ・・……」

 ──スライムである。
 何故ここに魔物が居るのか。そして、何故人々はそれを放置しているのか──フルルは問い詰めたいのに声にならない。代わりに、垂れ耳の毛が逆立って彼女の緊張を明確に表現している。

 スライムの目玉がくるくると回ったり泳いだりして、いかにも珍妙だ。この、知性や感情というものがあるのか無いのかも判別しがたいところが、より一層フルルの嫌悪感を増長させる。


 ──と、急にフルルの毛並みが穏やかに戻った。少女、非常に怪訝な顔付きになってずかずかとスライムに近寄る。一瞬、リュークは逃げようかどうしようか迷ったが、フルルがソロウの向こうで足を止めたので、なんとか椅子から離れずに耐えている。

 ぎょっとするソロウの前を横切るように腰を曲げてぐいっと顔を突き出し、顎に手を当てて穴が空くほどスライムを凝視したフルルが、事の成り行きを見守る者達の作る静寂の中でぽつりと呟く。

「──『2銀貨』?」

 ソロウが微かに「おっ」と言いかけた。フルルが鑑定スキル持ちであることに気付いたからだった。

(スライムのステータスに銀貨二枚分が反映されてるのか。食わせた銀貨の価値が本体に付与される──? クッキーについては反映されないのか? スキルだと一体どういう風に見えてるんだ……?)

 スライムの目がフルルを見て震えている。怯えているのか喜んでいるのか、それとも何もないのか──。フルルは、はっとして後ろに飛び退いた。

「と、とにかく! ちゃんと静かにしてよね!」

 叫ぶように言い捨て慌ただしく食堂を去ったフルル。後に残された面々は引いた波が戻ってきたようにまた活気を取り戻したが、レオハルトは浮かない顔のエルザを見て「あの子は?」と尋ねた。

 エルザは一つ溜息を吐いて、近くの空いていた椅子を持ってきて座った。

「あの子は孤児で、ずっと教会の世話になっていたんです。それで、ほら、今は教会の子供や神官様が行方不明になったりして気が気じゃないんですよ。特に、育ての親だったヨシュア神官も未だ行方知れずで……。せっかく場を納めて頂いたのに、なんだか水を差してしまってすみませんねえ。でも、明日から調査を始めてくださるんでしょう? こんなに早く来ていただけるなんて思いませんでしたけど、やっぱり領主様は素晴らしいお人だわ。どうか、宜しくお願いします」

「ええ、はい……」

 レオハルトは珍しく歯切れ悪く言って席を立った。
 これはどうやら見過ごせない事件のようだ。少なくとも、グランツは間違いなく見過ごさない。下手をすれば解決するまで長い足止めを食らうことになる。

 旅程の二日遅れのせいで、さらなる遅れを招きそうである。

 ミハルの言っていた「神の帳尻合わせ」という言葉が脳裏を過ぎる。あのとき素敵と思われたその言葉が、今は薄ら恐ろしいものに思えてきてならなかった。



 

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