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お菓子とエールの街(28〜)
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翌朝、食堂の床でアンデッドよろしく呻き声を上げて眠りこけていた酔いどれたちは、まとめて店前の道端に積み上げられた。
彼らの悲しげな呻き声は、朝日を浴びて一瞬激しさを増したが、それもすぐに呑気な鼾に変わり、職人達が忙しなく行き交う雑踏の中に混ざっていつもの光景の一部となる。
こうして見れば、何の異変もないように思えるだろう。しかし、教会では確実に不穏なことが起きているらしい。
案の定、朝の入浴後にレオハルトから件の報告を受けたグランツは「それは見過ごせんな」と着替え終わる前に部屋を飛び出すほど息巻いており、一行は朝食もそこそこに冒険者ギルドへと向かったのだった。
「ポールマン様直々に御足労頂くとは、恐縮です」
テルミリア冒険者ギルド会館のロビーで、マスターのポップロンが畏まって出迎えた。
アルベルム支部よりいくらも小規模な会館は、アルベルム支部よりもずっと普通の三階建ての建物で、ポップロンがグランツたちを案内した先の応接室は大きな窓のお陰で日当たりがよく、ところどころに洒落た観葉植物が置いてあって空間に落ち着きがある。
ギルドマスターであるポップロン・バルサは、アルベルム支部のフォスターやその他多くのギルドマスターとは違い、冒険者としての経験は浅く、殆どは職員として冒険者ギルドに携わってきた。そして、冒険者よりも職員たちからの支持を得てギルドマスターに選ばれたという、ギルドマスターとしては稀有な経歴の持ち主である。
三十代半ばに差し掛かったばかりのポップロン。一番上のボタンまできっちり留めた白いシャツと青色のネクタイに、よく撫でつけた黒い髪の毛と、いつも掛けているぶ厚めの眼鏡がよく似合っている。小柄なこともあり見るからにひ弱そうで、事実ひ弱なこの男は、事務仕事をさせればレオハルトにも引けをとらない有能さを発揮する。
グランツは「気を遣わなくて良い」と、伴ってきた冒険者三人とリュークと共にソファに腰掛けながら言った。レオハルトは、ギルド職員から茶と菓子を受け取り、自分以外の全員分をテーブルにセットしてからドアの側に立って控えた。
この場に居ないアルベルム兵たちはというと、ギルド会館までの道でグランツたちと別れ、子どもたちを発見すべく街中の川や路地裏など、危険のありそうな場所をしらみ潰しに探しに行った。
見つかればよいが……と、グランツは兵たちを送り出す際に呟いたが、街中はとうに土地勘のある住民らが探したあとであり、確率は極めて低いことも分かっていた。
「恐れ入ります。あっ、例の件の資料はこちらに。はい、皆さんの分もあります。ああ、そこのお行儀のよい君には特別なお菓子をあげましょうね」
リュークは、ポップロンから資料の代わりに差し出された木製の菓子受けに盛ってある砂糖菓子に驚き、「おお」と小さく声を上げた。花や蝶や鳥をかたどった淡い色味の菓子は美しく、テルミリアの土産物としても人気がある。リュークは、こんなに小さくて可愛らしい食べ物を見るのは初めてだったので、指で一つ摘み上げると様々な角度からそれを眺めた。
隣に座るミハルはその様子を微笑ましく思い、何でも仕舞いたがる少年のため、砂糖菓子を包むのに丁度良さそうな白い紙をそっと渡した。
「ありがとうポップロン。では、宜しく頼む」
「はい。まず、教会での最初の行方不明者はヨシュア・クリーク神官と修道女のリリアンヌで、発覚したのが十日前のことでした。ヨシュア神官は、行方不明となる前日に教会の孤児を隣町の里親のもとへ連れて行ったところまでは足取りがつかめています」
資料後半に証言等をまとめてあります、とポップロンは資料に目を落とす大人たちへ示した。
「えー、では続けます。一方、リリアンヌは留守を預かっていたはずですが、こちらはさらにその前の日の晩、子どもたちに寝る前の挨拶をしたのを最後に、以降は目撃情報が全くありません。子どもたちは、初めリリアンヌはヨシュア神官と共に隣町へ行ったと思っていたようです」
そのようなことは過去に一度も無かったようだが、リリアンヌがその他の理由で黙って居なくなることも過去になかったので、そう思うのも無理はなかったという。
しかし、ヨシュア神官が隣町へ孤児を預けたという翌日、食事の用意もなしに誰も帰ってこないのは流石におかしいと思った子どもたちが外に出て騒いでことが発覚した。
「この件については、運良くこの街を訪れた神官が依頼を出したため現在も冒険者ギルドで捜索を続けています。
そして、さらに一昨日の夜から朝にかけての何れかの時間に三歳女児、四歳男児、十歳女児の三名の行方が分からなくなったとのことで、住民より子どもたちの捜索依頼が申し込まれたのが昨日の昼前です。しかし、私はその依頼を一度断りました。何故なら──」
「教会ではなく住民からの依頼だった為か」と、グランツが継いだ。
ポップロンは理解されていることに安堵した様子で「仰る通りです」と肯く。
ソロウとギムナックとミハルから同時に「ああ」と気苦労を察した同情の声が漏れた。
彼らの悲しげな呻き声は、朝日を浴びて一瞬激しさを増したが、それもすぐに呑気な鼾に変わり、職人達が忙しなく行き交う雑踏の中に混ざっていつもの光景の一部となる。
こうして見れば、何の異変もないように思えるだろう。しかし、教会では確実に不穏なことが起きているらしい。
案の定、朝の入浴後にレオハルトから件の報告を受けたグランツは「それは見過ごせんな」と着替え終わる前に部屋を飛び出すほど息巻いており、一行は朝食もそこそこに冒険者ギルドへと向かったのだった。
「ポールマン様直々に御足労頂くとは、恐縮です」
テルミリア冒険者ギルド会館のロビーで、マスターのポップロンが畏まって出迎えた。
アルベルム支部よりいくらも小規模な会館は、アルベルム支部よりもずっと普通の三階建ての建物で、ポップロンがグランツたちを案内した先の応接室は大きな窓のお陰で日当たりがよく、ところどころに洒落た観葉植物が置いてあって空間に落ち着きがある。
ギルドマスターであるポップロン・バルサは、アルベルム支部のフォスターやその他多くのギルドマスターとは違い、冒険者としての経験は浅く、殆どは職員として冒険者ギルドに携わってきた。そして、冒険者よりも職員たちからの支持を得てギルドマスターに選ばれたという、ギルドマスターとしては稀有な経歴の持ち主である。
三十代半ばに差し掛かったばかりのポップロン。一番上のボタンまできっちり留めた白いシャツと青色のネクタイに、よく撫でつけた黒い髪の毛と、いつも掛けているぶ厚めの眼鏡がよく似合っている。小柄なこともあり見るからにひ弱そうで、事実ひ弱なこの男は、事務仕事をさせればレオハルトにも引けをとらない有能さを発揮する。
グランツは「気を遣わなくて良い」と、伴ってきた冒険者三人とリュークと共にソファに腰掛けながら言った。レオハルトは、ギルド職員から茶と菓子を受け取り、自分以外の全員分をテーブルにセットしてからドアの側に立って控えた。
この場に居ないアルベルム兵たちはというと、ギルド会館までの道でグランツたちと別れ、子どもたちを発見すべく街中の川や路地裏など、危険のありそうな場所をしらみ潰しに探しに行った。
見つかればよいが……と、グランツは兵たちを送り出す際に呟いたが、街中はとうに土地勘のある住民らが探したあとであり、確率は極めて低いことも分かっていた。
「恐れ入ります。あっ、例の件の資料はこちらに。はい、皆さんの分もあります。ああ、そこのお行儀のよい君には特別なお菓子をあげましょうね」
リュークは、ポップロンから資料の代わりに差し出された木製の菓子受けに盛ってある砂糖菓子に驚き、「おお」と小さく声を上げた。花や蝶や鳥をかたどった淡い色味の菓子は美しく、テルミリアの土産物としても人気がある。リュークは、こんなに小さくて可愛らしい食べ物を見るのは初めてだったので、指で一つ摘み上げると様々な角度からそれを眺めた。
隣に座るミハルはその様子を微笑ましく思い、何でも仕舞いたがる少年のため、砂糖菓子を包むのに丁度良さそうな白い紙をそっと渡した。
「ありがとうポップロン。では、宜しく頼む」
「はい。まず、教会での最初の行方不明者はヨシュア・クリーク神官と修道女のリリアンヌで、発覚したのが十日前のことでした。ヨシュア神官は、行方不明となる前日に教会の孤児を隣町の里親のもとへ連れて行ったところまでは足取りがつかめています」
資料後半に証言等をまとめてあります、とポップロンは資料に目を落とす大人たちへ示した。
「えー、では続けます。一方、リリアンヌは留守を預かっていたはずですが、こちらはさらにその前の日の晩、子どもたちに寝る前の挨拶をしたのを最後に、以降は目撃情報が全くありません。子どもたちは、初めリリアンヌはヨシュア神官と共に隣町へ行ったと思っていたようです」
そのようなことは過去に一度も無かったようだが、リリアンヌがその他の理由で黙って居なくなることも過去になかったので、そう思うのも無理はなかったという。
しかし、ヨシュア神官が隣町へ孤児を預けたという翌日、食事の用意もなしに誰も帰ってこないのは流石におかしいと思った子どもたちが外に出て騒いでことが発覚した。
「この件については、運良くこの街を訪れた神官が依頼を出したため現在も冒険者ギルドで捜索を続けています。
そして、さらに一昨日の夜から朝にかけての何れかの時間に三歳女児、四歳男児、十歳女児の三名の行方が分からなくなったとのことで、住民より子どもたちの捜索依頼が申し込まれたのが昨日の昼前です。しかし、私はその依頼を一度断りました。何故なら──」
「教会ではなく住民からの依頼だった為か」と、グランツが継いだ。
ポップロンは理解されていることに安堵した様子で「仰る通りです」と肯く。
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