西からきた少年について

ねころびた

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お菓子とエールの街(28〜)

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「リューク!」

 ギムナックが大声で呼んだ。今すぐにリュークを引き寄せたいが、動揺し過ぎて動けない。
 ミハルやフルルは、の存在を信じられずに固まっている。

 ソロウとレオハルトとグランツは揃って立ち上がると、ミハルとフルルから死体を隠すように石板の近くへ移動した。

「すみません、グランツ様。埋葬のために、リュークに収納してもらっていたのです」

 レオハルトが理由わけを話すと、グランツは分かっていると言う代わりに無言で頷いた。

 ソロウはリュークの手を両手で握り、「リューク」と諭すように話しかける。

「せっかく運んでくれたのに悪いんだが、今は埋葬できないんだ。後で城に預けるから、もう少しだけ鞄に入れておいてくれないか」

「でも……」

 リュークは困った。説明の仕方が分からない。
 五秒、十秒と過ぎていく。
 だが、ソロウは急かさなかった。既に出してしまったものは仕方がない。それよりも、どんなときも、この少年が何を考え、何をしようとしているのか、何を求めているのかを知りたいのだった。

 リュークは、真摯に自分を見つめるソロウの目に安心を覚えた。すると探していた言葉が簡単に見付かり、漸く小さな口から発される。

「『じゃないと開けられない』ってフルルが言ったから」

「おい、まさか……」

 全員が反射的に男の死体を見た。ミハルとフルルも急いで身を乗り出し、石板の上に目を凝らす。




「あ……っ」


 フルルの短い声が、しんとした空気の中で奇妙に浮いて聞こえた。

「あ、うそ……嘘よ……、ああ、そんな──!」

 声にならない悲鳴があって、フルルの呼吸が激しく乱れた。ヒューヒューと異音がする。ミハルは咄嗟にフルルを抱きしめて背中を擦りはじめた。

「落ち着いて、さあ、息を止めて……頑張って止めて、吐いて──」

 ボロボロと零れる涙がミハルのローブを濡らしている。ミハルはずっとフルルを落ち着かせようと穏やかに声をかけ続けている。

「本当になのか……?」

 ソロウが死体から目を離せなくなったまま、誰ともなしに問いかけた。

「何故……そんな……」

 レオハルトも動揺して言葉を詰まらせた。グランツもギムナックも答えを持っていない。

 ふと、ソロウが死体へ手を伸ばした。
 変色した首に辛うじてひっかかっている布。血が染み込んで固まりかけている布きれである。それを指先で広げてみると──。

「クソ……っ」

 ソロウが指を離すと、布きれは男の腐敗した肩に張り付いた。
 骨の見えかけた傷口に小さな虫が湧いている。

 布切れの端には、神官の紋章がはっきりと見えている。


 ギムナックが狼狽しきった震え声を上げる。

「いや、でも、彼がヨ……ヨシュア神官だとは──」

「間違い、ない……。見え、るんだ、あたしには、ス……ステータスの名前が、『ヨシュア・クリーク』、にっ、なってるんだよ!」

 少女が嗚咽の中で張り上げた声の必死さに、大人たちが悲痛な表情で俯いた。リュークも突然押し寄せてきた悲しさとも恐ろしさともつかない感情に、眉を下げて困惑している。


「──い、いいよ、もう大丈夫……。早く、そこが開くか試してみてほしい」

 暫くして、いくらか呼吸を落ち着かせたフルルが言った。

(しかし、死体では──)

 そう思いながらもグランツが死体の乗った石板に手を掛けて押してみると、石板は重い音を立てて動いた。

 早く行こう、とまだ泣きながら弱々しく立ち上がったフルルが先に階段を降り始めた。
 慌てて追いついたミハルが杖に灯りを点す。仄かな明かりの中で、長い階段が一直線に教会の建物の下へと続いているのが見えた。










 長い階段を降りていくと、下の方からぼやけた明かりが漏れていることに気が付いた。
 フルルの足が速まる。

「リン! 居るか、リン!」

 フルルが大きな声で呼び掛けると、下から子どもの泣き声が上がった。それから、階段を駆け上がってくる音。

「フルル!」

「リン!」

 フルルに飛びついてきた少女。長い銀髪の隙間から覗いている犬か狼の耳は興奮のあまりペタンと横に倒れていて、黒みがかった灰色の太い尻尾は風を起こすほど激しく振られている。
 穴掘りをして脱出を試みたのか、身に付けている白いワンピースと爪はすっかり土で汚れてしまっている。

「来てくれるって思ってた!」

「あとの二人は? アンデッドが居るんじゃないのか?」

「下に居る。皆、フルルを待ってる」

「うん、早く皆のところへ行こう!」

 フルルがリンの手を引いて再び階段を降り始める。リンはブンブンと尻尾を振りながら、銀色とも空色ともつかない淡い色味の瞳で睨みつけるようにミハルたちを一瞥いちべつした。
 後を追うミハルたちは一瞬ぎょっとしながらも、そういえばリンという少女は警戒心が強いのだったか、と思い出す。

 下まで降りきると、土を掘って作っただけの真四角の部屋の隅で泣いている男児と女児と、二人を庇うように抱いている修道女らしき格好のアンデッド、そのアンデッドの影に隠れるように身を縮めている老爺ろうやのアンデッドの姿があった。

「おい! 離れろ、そいつらアンデッドだぞ!」

 フルル、リン、ミハルの次に降りてきたソロウが、子どもたちに寄り添うアンデッドたちに驚いて剣を抜いた。

「ああ、いえいえ、違うんですよ。彼は裏手に住んでた爺さんで……」

「皆そう言うんだよ! 親しかったこの人がまさか自分を攻撃するはずないって。とにかく、危ないから早く離れてくれ! ……って」

 言った後、ソロウはと気付いて動きを止める。



(アンデッドが……喋った……?)


 唖然とするソロウたちにはお構いなしに、「ああ、助けに来てくださった。よかった、よかった。神よ、感謝します──」などと、なんともゆったりとした声で喋り続けている修道女姿の──。

「──婆さん、あんた人間か!」

 

 
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