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お菓子とエールの街(28〜)
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しおりを挟む修道女姿のアンデッド──ではなく、痩せた老婆──もとい、行方不明となっていた修道女リリアンヌは、「ご心配をお掛けしましたねえ」と朗らかな笑顔で言った。
ともすれば力が抜けて座り込みたくなるところ、一同はしかしリリアンヌの背中にくっついているアンデッド老爺が気になって仕方がない。
一先ず二人の子どもたちをフルルが呼び寄せ、そこの奇妙なアンデッドについてリリアンヌに説明を求めた。
「ああ、この人? 裏手に住んでた爺さんで、生前は良くしていただいてたんですがねえ、先日お亡くなりになられまして、ヨシュア神官が埋葬をされていたんですが」
「何故襲ってこないのです?」
子供たちの体調を確かめながら、レオハルトが尋ねた。リリアンヌは、皺だらけの手を皺だらけの頰に当てて、世間知らずの貴族令嬢のような仕草で首を傾げる。
「何故と言われましたら、ねえ? わたくしが何度か土にしてやりましたので、それでかしらねえ」
「土に? 貴女は、聖属性の魔法が使えるのですか?」
「いいえ、まさか。ただ、長く神にお仕えしている内に、魔力が聖属性に似てきたようですのよ」
「そのような例は聞いたことがありませんが……」
「ええ、ええ、だって、私のように九十年も神にお仕えしたことのある人間は他に居ないでしょう。長生きはしてみるものですねえ」
この世界の「人間」の平均寿命は七十歳にも満たないほどである。魔物による被害が多く、稀に飢饉などもあり、治療出来ない病気も多いため平均寿命が延びにくいのもあるが、それにしても人間で九十八歳というのは驚異である。加えて、長らく神に仕え続けたことで、何か普通の人間と違う力を得ていても不思議ではない──とレオハルトは納得した。
「それで、そのアンデッドはもう危険ではないと?」
「そう思います。この人、初めは恐ろしい声を出して襲いかかってきたんです。そりゃあもう、恐ろしかったですよ。それで、わたくしが『ああ、もう駄目だわ』と思いつつ神に祈りを捧げますとねえ、この人、土になってしまったんです。
助かったと思いましたね。でも、しばらくするとまた現れてねえ……。だから、また祈ったんです。で、この人はまた土に。それを繰り返すうちに、気付いたらこの人、大人しく私の隣に座るようになって。昔話なんかするとねえ、ちょっと笑ったりするんですよねえ」
「そ、そのような事例も聞いたことがないのですが……」
「ほほほ、神官様が埋葬なさるときは、きっと故人がこうなる前に全部土に還るのでしょうねえ。わたくしも、この歳で初めて見ましたよ」
不思議なこともあるものですわねえ。と、リリアンヌは慎ましく笑った。
兎にも角にも、行方不明となった三人の子どもとリリアンヌは怪我もなく無事だった。
墓地の中には水と食料がたっぷりと保管されていたのだ。結界で隠されているような通気口もあり、片隅にはトイレと思しき個室まであった。
子どもたちとリリアンヌを墓地から出した頃──ヨシュア・クリークの死体は、施錠されていなかった教会からギムナックが探し出したシーツで覆い隠してあった──、ジェフリーから子どもを受け取る役だった四人の盗賊が捕らえられたと報告があった。ジェフリーはもう言い逃れできないだろうし、上手くいけば盗賊団まで突き止めて掃討できるかも知れない。
墓地から出たときといえば、リンという少女はどこか不思議なところがあるようだ、と大人たちが感じたことがある。
リンは、墓地を出る途中から階段を疾走したかと思えば、出口の死体には見向きもせず、庭に座って草の先っぽを千切って遊んでいたリュークに飛びかかると、驚いて止めようとするギムナックを無視してリュークの全身の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
リンに押し倒されたリュークは初めどうして良いか分からない様子だったが、次第に楽しくなってきたのか、リンの頭やほっぺを撫でて喜んだ。
二人は同じ歳のはずだが、リュークの方が幾らも体が小さいので潰されてしまいそうにも見えた。それでもリュークは、いつぞや暴風雨に晒されたときのようにはしゃいだ。
幼児から老婆まで疲れ切った面々が見守る中、早朝の庭でじゃれ合う二人には独特な空気感のようなものがあるように思われた。
それに、リンの歯切れは良いが掴みどころのない話し方は、どことなくリュークに似ている。
リリアンヌは、リンに絡まれるリュークを見たときに「あらまあ、あの坊やは天使様かしら。おかしいわ、私、涙が……」と感極まった様子だった。ソロウたちは、リュークがリリアンヌのことをアンデッドだと認識したことについて絶対に言うまいと決めて、微笑ましい光景を眺めていた。
また、その日の昼前には、なんと新しい神官が到着した。
この神官は、アルベルムの神官らと同じくリュークを見て泣き崩れたが、リュークがリンに引きずられて視界から居なくなると、なんとか涙を拭って立ち直ることができた。
「ヨシュア神官から手紙を頂いたのです。広く里親探しをしたいので手を貸してほしいと。ですが、まさか……そのヨシュア神官が……。神官の鑑といえる素晴らしい人でした。私は彼を神の御許へ送るために、神より遣わされたのでしょう。──え、その手紙ですか? ここにありますが、初めから封が開けられた跡があって──ええ、おかしいと思っていたのです」
本当は三日前には到着する予定だったはずが、魔物に襲われて到着が遅れたらしい。
偽神官ジェフリー・サンが持っていたというヨシュアの手紙は、この神官宛ての手紙を複製し宛名などを巧妙に書き換えたものだった。
「酷い埃ですね。まるでアンデッドでも住み着いてるみたいだ」
聖堂に入るなり咳き込みながら言った神父へ、ミハルが「地下の墓地に住み着いてます、お爺さんのアンデッドが」と教えると、神父は得心がいったようだった。
「なるほど。いえね、普通アンデッドが人の出入りのある家屋に湧くことはありませんからご存知ない方も多いですが、こうなるんですよ、アンデッドが湧くと。死者の気が生きている人の気を嫌うんでしょうねえ。埃がたまり、虫や蝙蝠が集まり、床や家具は老朽化が進み、あたかも廃墟ようにされてしまう。困ったものです」
この神官は間違いなく本物で、墓地の石板も簡単に開閉できた。
墓地のアンデッド老爺は、ヨシュア・クリークの亡骸と共にその神官によって埋葬された。老爺は土に戻る前、まるで「ありがとう」とでも言うように涙を浮かべて微笑んだという。
ヨシュア・クリークの遺体は腐敗が進んでおり、顔面は元の形が全く分からないほど酷い状態で、神官以外は最後の別れの挨拶もできなかった。
通常、神官は全てを神に捧げているため自らの墓を作らない。その上、ヨシュア・クリークの私物は非常に少なく、特に遺品と言えるものはたった数冊の書物と、数本の羽根ペンくらいのものだった。
(まるで死期を悟っていた人の部屋だわ)
遺品整理にあたったリリアンヌは、そう思わずにいられなかった。
教会の子どもたちとリリアンヌは、ヨシュア・クリークの死を受け入れて深い悲しみに暮れたが、リンだけは頑なに信じようとしなかった。
フルルは子どもたちを慰めながら、新しい神官がここに馴染むまではリリアンヌと一緒に子どもたちの面倒を見ることにしたようだった。
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