45 / 199
お菓子とエールの街(28〜)
44
しおりを挟む修道女姿のアンデッド──ではなく、痩せた老婆──もとい、行方不明となっていた修道女リリアンヌは、「ご心配をお掛けしましたねえ」と朗らかな笑顔で言った。
ともすれば力が抜けて座り込みたくなるところ、一同はしかしリリアンヌの背中にくっついているアンデッド老爺が気になって仕方がない。
一先ず二人の子どもたちをフルルが呼び寄せ、そこの奇妙なアンデッドについてリリアンヌに説明を求めた。
「ああ、この人? 裏手に住んでた爺さんで、生前は良くしていただいてたんですがねえ、先日お亡くなりになられまして、ヨシュア神官が埋葬をされていたんですが」
「何故襲ってこないのです?」
子供たちの体調を確かめながら、レオハルトが尋ねた。リリアンヌは、皺だらけの手を皺だらけの頰に当てて、世間知らずの貴族令嬢のような仕草で首を傾げる。
「何故と言われましたら、ねえ? わたくしが何度か土にしてやりましたので、それでかしらねえ」
「土に? 貴女は、聖属性の魔法が使えるのですか?」
「いいえ、まさか。ただ、長く神にお仕えしている内に、魔力が聖属性に似てきたようですのよ」
「そのような例は聞いたことがありませんが……」
「ええ、ええ、だって、私のように九十年も神にお仕えしたことのある人間は他に居ないでしょう。長生きはしてみるものですねえ」
この世界の「人間」の平均寿命は七十歳にも満たないほどである。魔物による被害が多く、稀に飢饉などもあり、治療出来ない病気も多いため平均寿命が延びにくいのもあるが、それにしても人間で九十八歳というのは驚異である。加えて、長らく神に仕え続けたことで、何か普通の人間と違う力を得ていても不思議ではない──とレオハルトは納得した。
「それで、そのアンデッドはもう危険ではないと?」
「そう思います。この人、初めは恐ろしい声を出して襲いかかってきたんです。そりゃあもう、恐ろしかったですよ。それで、わたくしが『ああ、もう駄目だわ』と思いつつ神に祈りを捧げますとねえ、この人、土になってしまったんです。
助かったと思いましたね。でも、しばらくするとまた現れてねえ……。だから、また祈ったんです。で、この人はまた土に。それを繰り返すうちに、気付いたらこの人、大人しく私の隣に座るようになって。昔話なんかするとねえ、ちょっと笑ったりするんですよねえ」
「そ、そのような事例も聞いたことがないのですが……」
「ほほほ、神官様が埋葬なさるときは、きっと故人がこうなる前に全部土に還るのでしょうねえ。わたくしも、この歳で初めて見ましたよ」
不思議なこともあるものですわねえ。と、リリアンヌは慎ましく笑った。
兎にも角にも、行方不明となった三人の子どもとリリアンヌは怪我もなく無事だった。
墓地の中には水と食料がたっぷりと保管されていたのだ。結界で隠されているような通気口もあり、片隅にはトイレと思しき個室まであった。
子どもたちとリリアンヌを墓地から出した頃──ヨシュア・クリークの死体は、施錠されていなかった教会からギムナックが探し出したシーツで覆い隠してあった──、ジェフリーから子どもを受け取る役だった四人の盗賊が捕らえられたと報告があった。ジェフリーはもう言い逃れできないだろうし、上手くいけば盗賊団まで突き止めて掃討できるかも知れない。
墓地から出たときといえば、リンという少女はどこか不思議なところがあるようだ、と大人たちが感じたことがある。
リンは、墓地を出る途中から階段を疾走したかと思えば、出口の死体には見向きもせず、庭に座って草の先っぽを千切って遊んでいたリュークに飛びかかると、驚いて止めようとするギムナックを無視してリュークの全身の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
リンに押し倒されたリュークは初めどうして良いか分からない様子だったが、次第に楽しくなってきたのか、リンの頭やほっぺを撫でて喜んだ。
二人は同じ歳のはずだが、リュークの方が幾らも体が小さいので潰されてしまいそうにも見えた。それでもリュークは、いつぞや暴風雨に晒されたときのようにはしゃいだ。
幼児から老婆まで疲れ切った面々が見守る中、早朝の庭でじゃれ合う二人には独特な空気感のようなものがあるように思われた。
それに、リンの歯切れは良いが掴みどころのない話し方は、どことなくリュークに似ている。
リリアンヌは、リンに絡まれるリュークを見たときに「あらまあ、あの坊やは天使様かしら。おかしいわ、私、涙が……」と感極まった様子だった。ソロウたちは、リュークがリリアンヌのことをアンデッドだと認識したことについて絶対に言うまいと決めて、微笑ましい光景を眺めていた。
また、その日の昼前には、なんと新しい神官が到着した。
この神官は、アルベルムの神官らと同じくリュークを見て泣き崩れたが、リュークがリンに引きずられて視界から居なくなると、なんとか涙を拭って立ち直ることができた。
「ヨシュア神官から手紙を頂いたのです。広く里親探しをしたいので手を貸してほしいと。ですが、まさか……そのヨシュア神官が……。神官の鑑といえる素晴らしい人でした。私は彼を神の御許へ送るために、神より遣わされたのでしょう。──え、その手紙ですか? ここにありますが、初めから封が開けられた跡があって──ええ、おかしいと思っていたのです」
本当は三日前には到着する予定だったはずが、魔物に襲われて到着が遅れたらしい。
偽神官ジェフリー・サンが持っていたというヨシュアの手紙は、この神官宛ての手紙を複製し宛名などを巧妙に書き換えたものだった。
「酷い埃ですね。まるでアンデッドでも住み着いてるみたいだ」
聖堂に入るなり咳き込みながら言った神父へ、ミハルが「地下の墓地に住み着いてます、お爺さんのアンデッドが」と教えると、神父は得心がいったようだった。
「なるほど。いえね、普通アンデッドが人の出入りのある家屋に湧くことはありませんからご存知ない方も多いですが、こうなるんですよ、アンデッドが湧くと。死者の気が生きている人の気を嫌うんでしょうねえ。埃がたまり、虫や蝙蝠が集まり、床や家具は老朽化が進み、あたかも廃墟ようにされてしまう。困ったものです」
この神官は間違いなく本物で、墓地の石板も簡単に開閉できた。
墓地のアンデッド老爺は、ヨシュア・クリークの亡骸と共にその神官によって埋葬された。老爺は土に戻る前、まるで「ありがとう」とでも言うように涙を浮かべて微笑んだという。
ヨシュア・クリークの遺体は腐敗が進んでおり、顔面は元の形が全く分からないほど酷い状態で、神官以外は最後の別れの挨拶もできなかった。
通常、神官は全てを神に捧げているため自らの墓を作らない。その上、ヨシュア・クリークの私物は非常に少なく、特に遺品と言えるものはたった数冊の書物と、数本の羽根ペンくらいのものだった。
(まるで死期を悟っていた人の部屋だわ)
遺品整理にあたったリリアンヌは、そう思わずにいられなかった。
教会の子どもたちとリリアンヌは、ヨシュア・クリークの死を受け入れて深い悲しみに暮れたが、リンだけは頑なに信じようとしなかった。
フルルは子どもたちを慰めながら、新しい神官がここに馴染むまではリリアンヌと一緒に子どもたちの面倒を見ることにしたようだった。
3
あなたにおすすめの小説
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる