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ヴレド伯爵領(47〜)
47 ヴレド伯爵領
しおりを挟むさて、昨日テルミリアを出発したグランツ一行。
昨夜は大岩の突き出ている草原で野宿をして、アルベルム辺境伯領と〈ヴレド伯爵領〉の領地境に到達したのが今日の昼前。
ここの領地境には切り立った崖に沿う川が流れていて、両端にそれぞれの領地の関所を構えた一基の重厚な石橋が架かっている。
石橋で立ち止まって下を見れば、崖下でどうどうと流れる川が壁面で飛沫を上げ、雲のように濃く立ち昇る白い霧が川に沿って濃淡の線を描きながらなだらかに流れているところを眺望できる。
世界中にいくつかある「神の通り道」と呼ばれる場所の一つで、息を呑むほどの絶景である。
にも関わらず、人通りが極めて少ないこの橋梁。何故と言えば明らかで、抜けるような青空を彷彿とさせる旗を掲げた「アルベルム辺境伯領側の関所」は、まともな手続きによって問題のない者であれば通れるが、目の冴えるような赤の旗を掲げる「ヴレド伯爵領側の関所」はそうはいかないからだ。
殆どの場合、通行者側に問題がある訳では無い。ただ、ここの領主「ドラク・ヴレド伯爵」という人物が少し──否、わりと──否、甚だ際立った個性の持ち主であるというだけの話である。
今回は関所を抜けるのに一時間も費やした。これでもかなり早く済んだ方だった。異例と言って良い。
悪いときにはヴレド伯が門兵へ「明日になるまで通すな」との命令を下していることもある。そして、翌日になると昨日と違う門兵が立っていて、それらが「明日になるまでお通しできません」と宣ったりする。
或いは、ドレスコードを指定しているときもある。
“女性は舞踏会に相応しいドレス”
“男性は虹色の燕尾服”
──虹 色 の 燕 尾 服 ?
女性はまだ良い。貴族か富豪であれば馬車にドレスを積んでいる可能性もあるからだ。ただし、男については断固として通さぬという固い意志が、ありありと目に見えるようではないか。
全てはグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯、もしくは領地へ踏み入ろうとする者、或いはいっそヴレド伯爵以外の全ての者への嫌がらせで、それ以外に理由はない。
ヴレド伯爵領より東側からアルベルム辺境伯領を目指したい者は難儀する。迂回するのと、ヴレドの関所を通るのと、果たしてどちらが早いのか──。毎回熟考の末に決めた挙げ句、ようようアルベルム領へ入ってからも結果どちらの道の方が早かったのかと気になってしまう。
悲しいかな、これさえも性悪なヴレド伯爵ドラクの思う壺である。
しかし今回のあっさりとした通関は、それから四時間が経過した今もグランツを上機嫌にさせている。側近のレオハルトは寧ろ嫌な予感を覚えたが、馬の歩みまで軽快な主人の後ろ姿を見れば、この憂いを表に出すのは憚られた。
リューク少年は、馬車の窓に掛かっているレースのカーテンに頭を突っ込んで、外の景色を食い入るように見ている。
向かい側の座席に座るミハルが、何かあるのかしら、と思って試しにカーテンを捲ってみること十回以上。そして、期待して覗いた窓から見える景色といえば、関所から一時間過ぎたあたりからずっと変わらぬ荒野ばかりである。
ヒビ割れた地面──岩──枯木──地面──水たまり──地面──萎びた草──地面──。
行けども行けども同じ景色で、行き交う人もないどころか、魔物一匹出やしない。空はどこまでも青く、異常なほどのカンカン照りで、馬車の中も茹だるような暑さ。にも関わらず、一体何がそんなに少年の心を惹きつけてやまないのか。
まさか、テルミリアで別れたリンのことが気掛かりなのだろうか。
大人ばかりに囲まれてきたリュークに出来た歳の近い新しい友人。あんなに仲良くなったのに──異常なほど懐かれたともいう──たった一日で別れてしまうとは、さぞ寂しかろう──ということも考えてみたが、リュークにリンの話をしてみてもあまり寂しがっている風ではない。
もしかすると、リンとはいつでも会えると思っているのかも知れない。
いつでも会えるわけではない。王都は遠いし、王の求めるものによっては、リュークはアルベルムへ戻らない可能性もあるのだ。
だが、リュークの様子を見れば見るほど、景色に釘付けになっているのは全く違う理由からだろうと思えてくるから不思議である。
ミハルはいよいよ気になって仕方がなくなってきた。
「ねえ、リューク? さっきからずっと何を見ているの?」
もちろん既に何度か尋ねてはみたが、返った答えは「土」。
てっきり泥団子を作りたいのかと思い、グランツに声をかけて一時休憩を入れてもらったが、妙なことにリュークは泥団子を作らなかった。ただ草花も何も無いヒビ割れた地面を歩いて、飛び跳ね、じっとして空を見上げ、また地面を見つめていた。
自分が住んでいた場所に似ているのかしら、とも考えたが、残念なことにアルベルム辺境伯領には人の住める荒野など存在しないと思っているので、その考えは一瞬で消えてなくなった。
実際は、まさに荒れているという点だけは西の荒野に似ているような景色を見て思いを馳せていたリュークであった。
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