西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
48 / 199
ヴレド伯爵領(47〜)

47 ヴレド伯爵領

しおりを挟む



 さて、昨日テルミリアを出発したグランツ一行。
 昨夜は大岩の突き出ている草原で野宿をして、アルベルム辺境伯領と〈ヴレド伯爵領〉の領地境に到達したのが今日の昼前。

 ここの領地境には切り立った崖に沿う川が流れていて、両端にそれぞれの領地の関所を構えた一基の重厚な石橋が架かっている。

 石橋で立ち止まって下を見れば、崖下でどうどうと流れる川が壁面で飛沫を上げ、雲のように濃く立ち昇る白い霧が川に沿って濃淡の線を描きながらなだらかに流れているところを眺望できる。

 世界中にいくつかある「神の通り道」と呼ばれる場所の一つで、息を呑むほどの絶景である。

 にも関わらず、人通りが極めて少ないこの橋梁。何故と言えば明らかで、抜けるような青空を彷彿とさせる旗を掲げた「アルベルム辺境伯領側の関所」は、まともな手続きによって問題のない者であれば通れるが、目の冴えるような赤の旗を掲げる「ヴレド伯爵領側の関所」はそうはいかないからだ。


 殆どの場合、通行者側に問題がある訳では無い。ただ、ここの領主「ドラク・ヴレド伯爵」という人物が少し──いや、わりと──否、はなはだ際立ったの持ち主であるというだけの話である。

 今回は関所を抜けるのに一時間も費やした。これでもかなり早く済んだ方だった。異例と言って良い。

 悪いときにはヴレド伯が門兵へ「明日になるまで通すな」との命令を下していることもある。そして、翌日になると昨日と違う門兵が立っていて、それらが「明日になるまでお通しできません」とのたまったりする。

 或いは、ドレスコードを指定しているときもある。

“女性は舞踏会に相応しいドレス”
“男性は虹色の燕尾服”

──      ?

 女性はまだ良い。貴族か富豪であれば馬車にドレスを積んでいる可能性もあるからだ。ただし、男については断固として通さぬという固い意志が、ありありと目に見えるようではないか。


 全てはグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯、もしくは領地へ踏み入ろうとする者、或いはいっそヴレド伯爵以外の全ての者への嫌がらせで、それ以外に理由はない。

 ヴレド伯爵領より東側からアルベルム辺境伯領を目指したい者は難儀する。迂回するのと、ヴレドの関所を通るのと、果たしてどちらが早いのか──。毎回熟考の末に決めた挙げ句、ようようアルベルム領へ入ってからも結果どちらの道の方が早かったのかと気になってしまう。

 悲しいかな、これさえも性悪なヴレド伯爵ドラクの思う壺である。


 しかし今回のあっさりとした通関は、それから四時間が経過した今もグランツを上機嫌にさせている。側近のレオハルトは寧ろ嫌な予感を覚えたが、馬の歩みまで軽快な主人の後ろ姿を見れば、この憂いを表に出すのははばかられた。










 
 リューク少年は、馬車の窓に掛かっているレースのカーテンに頭を突っ込んで、外の景色を食い入るように見ている。

 向かい側の座席に座るミハルが、何かあるのかしら、と思って試しにカーテンを捲ってみること十回以上。そして、期待して覗いた窓から見える景色といえば、関所から一時間過ぎたあたりからずっと変わらぬ荒野ばかりである。



 ヒビ割れた地面──岩──枯木──地面──水たまり──地面──しなびた草──地面──。



 行けども行けども同じ景色で、行き交う人もないどころか、魔物一匹出やしない。空はどこまでも青く、異常なほどのカンカン照りで、馬車の中もだるような暑さ。にも関わらず、一体何がそんなに少年の心を惹きつけてやまないのか。

 まさか、テルミリアで別れたリンのことが気掛かりなのだろうか。

 大人ばかりに囲まれてきたリュークに出来た歳の近い新しい友人。あんなに仲良くなったのに──異常なほど懐かれたともいう──たった一日で別れてしまうとは、さぞ寂しかろう──ということも考えてみたが、リュークにリンの話をしてみてもあまり寂しがっている風ではない。

 もしかすると、リンとはいつでも会えると思っているのかも知れない。

 いつでも会えるわけではない。王都は遠いし、王の求めるものによっては、リュークはアルベルムへ戻らない可能性もあるのだ。

 だが、リュークの様子を見れば見るほど、景色に釘付けになっているのは全く違う理由からだろうと思えてくるから不思議である。

 ミハルはいよいよ気になって仕方がなくなってきた。

「ねえ、リューク? さっきからずっと何を見ているの?」

 もちろん既に何度か尋ねてはみたが、返った答えは「つち」。

 てっきり泥団子を作りたいのかと思い、グランツに声をかけて一時休憩を入れてもらったが、妙なことにリュークは泥団子を作らなかった。ただ草花も何も無いヒビ割れた地面を歩いて、飛び跳ね、じっとして空を見上げ、また地面を見つめていた。

 自分が住んでいた場所に似ているのかしら、とも考えたが、残念なことにアルベルム辺境伯領には人の住める荒野など存在しないと思っているので、その考えは一瞬で消えてなくなった。

 実際は、まさに西の荒野に似ているような景色を見て思いを馳せていたリュークであった。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

処理中です...