西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
47 / 199
お菓子とエールの街(28〜)

46

しおりを挟む

 そして翌朝、アルベルム辺境伯グランツと、側近レオハルト、十名のアルベルム兵、三人の冒険者と少年リュークとリンは、たくさんの感謝と別れを惜しむ声を浴びつつ東門へ到着した。

 門前で、各ギルドとテルミリア城からの物資が山積みになっている。ギルドや城の職員らがほぼ空っぽのグランツの馬車や少なすぎる手荷物を見て、これはいくらなんでも倹約が過ぎるのではと心配して用意したものである。

 リュークの革袋の中にはまだ大量の物資や予備の馬や馬車が入ったままだったが、それを説明する訳にもいかず、となればここで山積みの物資を革袋に収納させる訳にもいかず、やむ無く馬車の上まで荷物を積み上げ、さらに馬にもたっぷりの荷をくくりつけることとなった。

 グランツたちが手早く作業が済ませ、通りを振り向いてみると、住民は未だ盛り上がっており、各ギルドの職員が「道中お気をつけて」「お戻りをお待ちしております」と声を張り上げている。リリアンヌと神父、そして教会の子供たちも一緒になって旅の無事を祈ったり、泣き崩れたり、飛び跳ねながら手を振ったりしている。

 そこへ、一際元気の良い声が聞こえてきた。

「領主様!」

 一昨日会ったときと同じくグランツに駆け寄ったフルル。フルルは、ちゃっかり一団に混ざっていたリンを手招きして呼んだ。

 リンは尻尾を振ってフルルにしがみつき、ちらちらとリュークやグランツのことを盗み見る。

「やあ、フルル。昨日はよく眠れたか?」

 グランツは太陽ほど輝く笑顔で尋ねた。
 フルルは改めてグランツの貴族らしからぬ親しみやすさと眩しさに目を瞠りつつ、思わず「うん」と答えたが、すぐに緊張した表情に戻ると、ひとつ腹をくくったように口を開く。

「領主様、お願いがある……あります!」

「おっ? 何だ? 言ってみなさい」

 グランツは自分の胸をどんと叩いて言った。
 フルルは真っ赤な目を輝かせて、ずいっと距離を詰める。

「リンを雇ってほしいんだ! この子は強いし、鼻もきくし、遠吠えも上手だ。まだ子どもだけど、きっと領主様の役に立ってみせる。だから──」

「ふむ」

 グランツは即答せずに、空色のコートがはち切れんばかりのたくましい腕を組む。
 
「リンは良い子で、申し出は嬉しいが今は……うーむ……そうだな、一先ずは王都からの帰りにまた立ち寄るから、そのときに改めて話すとしよう」

「う、うん……あ、はい! 良かった、すぐ断られるかと思ってた! ほらな、リン。領主様はお前が主と思えるだけあって懐の広い方だ! 領主様が次来るときまでに、勉強と鍛錬を頑張ろうな!」

 ぱっと破顔したフルルがリンを振り向いて言うと、リンは愛らしく小首を傾げた。
 
「リンはついて行ったらダメなのか?」

 恐ろしく純粋な目だ。他者の事情に干渉されない純粋な目。まるでリュークを見ているようである。

 グランツは困り果てる。リンを傷つけたくはないが──。

「駄目です、リン。今は着いてきてはいけません。私たちは急いで王様のところへ行かなければならないので、あなたを連れて行けないのです」

 グランツの代わりに言ったレオハルトは、「こういうことはハッキリと伝えなければなりません」という表情でグランツに頷いて見せた。


 リンは不思議そうな顔をするばかりで、それ以上何も言わなかった。ただ、リュークの乗った馬車が目の前を通過するときに不安そうに尻尾を垂らしただけだった。



 大きく手を振る住民や冒険者たちに盛大に見送られながら、グランツ一行は当初の予定より四日遅れでお菓子とエールの街テルミリアを出発した。


 次に目指すのは、アルベルム辺境伯領と領地を隣にする〈ヴレド伯爵領〉である。
 ヴレド伯爵領内では出来る限りどこにも立ち寄ることなく真っ直ぐに通り過ぎて、その後は東の伯爵領、さらに東の侯爵領と進み、そして王都へと至る予定となっている。

 一行は無事に王都へ辿り着けるだろうか。レオハルトは、いっそ成るようにしか成らぬと思いつつ、大量の荷物を積んで既に疲れ気味の馬の手綱を引いて歩きながら青い空を見上げた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...