西からきた少年について

ねころびた

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ヴレド伯爵領(47〜)

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 ヴレド伯爵は、より深くリュークの魔力を見ようとしたが、直後にその試みを深く後悔することとなる。

 伯爵は、ただいつもと同じように魔覚を研ぎ澄ませて少年を視ようとした。体から発生し、体の周りで膜のように留まる魔力をどうにか探そうとした。体外で留まる魔力を辿って内側まで入り込み、相手の心の奥深くをまさぐるのだ。

 ところが、リュークの体外の魔力を見極めようと目を凝らして二秒も経たない内に、まるで誰かに目を塞がれるように瞼が勝手に閉じていき、さらに何かとてつもなく強大なもの──無限の恐怖を具現化したかのような、或いは抗えない運命の如く絶対的な何かの視線を感じて、伯爵は悲鳴を上げながらシートの上でうずくまってしまった。

 伯爵の声に、ソロウとグランツは思い切り肩を跳ねて驚いた。
 外で馬車を取り囲む面々も驚き、思わず一斉に武器を構える。

 リュークは首を傾げた後、グランツとソロウを見やる。

「ハクシャク……」

 困ったように呟くリュークのなんと健気けなげで可愛らしいこと。
 つい頭を撫でかけたところでなんとか我に返ったソロウは、ヴレド伯爵の肩を叩いて「いかがされました、伯爵? 大丈夫ですか」と声を掛ける。

 だが、伯爵はとても怯えていて、嗚咽のように低く呻るばかり。「どうしましょう、閣下」とグランツに問うと、ポンポンとリュークの頭を撫でていたグランツは、はっとして手を引っ込め、腕を組んだ。

「今日、伯爵は大変な目に遭われて動揺しておられるのだろう。落ち着くまで少し休まれると良い。リューク少年、君は外に出てギムナックたちと遊んでいなさい」

 さあ、とドアを開けて促され、リュークは後ろ髪を引かれる思いで馬車を出た。

 武器を手にしていた大人たちは、慌てて武器を仕舞った。
 キョロキョロと辺りを見回したリュークがギムナックを見つけて小走りで駆け寄る。

 レオハルトは馬車のドア越しに声を掛け、グランツと野営について相談を始めた。

 なんとも異様な空気が漂っている。
 十名の兵士たちは毅然とした姿勢を保とうとしているが、いつも何を考えているか分からないヴレド伯爵とあるじが狭い馬車の中に閉じ籠もっている現状に焦燥を隠しきれず、時おり指先や足を微かに動かした。

 ミハルは眉をひそめてギムナックとリュークの側へ行った。状況が不明だが、ヴレド伯爵が何か不幸な体験の只中にいることだけは間違いない。

「伯爵に何があったの?」

 ミハルは尋ねてみたが、答えを期待してはいなかった。案の定、リュークは「分からない」と言い、ギムナックにされるがまま肩車に乗り、三人で少し先で倒れたままの馬のところまで行った。

 睫毛の長い美しい白馬は、呼吸困難で血の混じった泡を噴き、白目を剥いている。この哀れな馬の息を止めてやるのがせめてもの慈悲だろうとギムナックは思い、リュークを地面に降ろして「少しあっちを向いていろ」と何も無い荒野を指さした。

 すると、リュークは「何故」という顔をした。

 ギムナックとミハルは顔を見合わせる。こういうときのリュークは、何か突拍子もない打開策を持ち合わせていることがある。

「リューク、この馬を助けられるか?」

 ギムナックは試しに尋ねてみた。もしも助けてやれるなら、助けてやりたいに決まっている。この馬はヴレド伯爵と違って善良な生物であるのだから──。

 リュークは、置物のように微動だにせず考えを巡らせる。

 そして、砂を巻き上げる一陣の風が通り過ぎると、少年はおもむろに革袋に手を突っ込み、先ほど根と芽が生えたばかりの木の枝を取り出した。

 つい身構えていたミハルとギムナックは胸を撫で下ろす。リュークが革袋に手を突っ込むたび、次にどんな災害に見舞われるかと気が気でないのだ。今回は木の枝という安全性の高そうなアイテムだが、泥団子の一撃を思えば安心はできない。まさかこの馬を吹き飛ばして夜空の星くずに変えるつもりではないだろうが、果たして。

 止めるべきか、否か。

 ミハルとギムナックは、ただ神に祈った。

 
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