西からきた少年について

ねころびた

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ヴレド伯爵領(47〜)

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 ヴレド伯爵は、自分の愛馬に翼が生えたことに気付いて独り言を止めた。

 そして、ソロウがペガサスの背に伯爵を乗せてやろうと左腕を伸ばすと、伯爵は木の枝を渡るコガネムシのように緩慢な動作で白馬の首に掴まり、不格好によじ登った。

 翼が邪魔なようで、足を下ろせないらしい。

 腹ばいになって騎乗する他なく、翼の生えた白馬の面相も相まって非常に締まりの無い愉快な絵面となっている。

 四つの三白眼に見詰められ、居心地の悪さに耐えかねたソロウは、他の三人を連れてグランツの戦闘を観に行くことにした。
 ──四人が歩きだすと、後ろから伯爵を乗せたペガサスも着いてきた。

「おっと、これはまた凄まじいな」

 馬車の後ろへ回って荒野を一望したソロウたちは、だいぶ離れた場所に出来た真新しい巨大なクレーターを見つけて驚嘆した。月明かりが映し出す陰影が破壊の跡を生々しく縁取り、現実味を薄れさせるほど奇怪な景色である。
 レオハルトは「遠くに行ったので姿は見えませんが、危険ですので結界から出ないでくださいね」と念を押し、近くで安全確認と宿営用天幕の準備に取り掛かっている兵士らにも逐一指示を出している。

「レオハルト、私達も手伝うわ」

 ミハルが声を掛けると、レオハルトは「では、夕飯の支度をお願いします。ソロウはこちらで戦況を見ていてください」と言った。

 ミハルは「ええ、任せて」と気合を入れて腕まくりすると、少年を振り向いて「リューク、『夜ご飯セット』を出してくれる?」と頼んだ。

「分かった」

 リュークは革袋から大きな木箱を何個も続けざまに取り出した。
 木箱のいくつかには、鍋や、包丁にまな板などの調理器具や、屋外ですぐに使える簡易かまどや、薪や食器類が入っていて、別の木箱には新鮮な肉や野菜や調味料が入っている。リュークのマジックバッグでは物が腐らないので、いつでも良い状態の食材を用意できるのだ。
 なんなら調理済みの料理を盛り付けた皿ごと仕舞っておいてもらえばどうか──という意見もあったが、さすがにそれは便利すぎるという謎の遠慮によって実現しなかった。

「本当に凄いバッグよね。生き物は死なないし、ものが腐ることもないなんて。その上、こんなに沢山入れても一杯にならないって、中は一体どうなってるのかしら」

 ミハルは手際よく竈を設置しながら、つくづく感心して言った。
 ギムナックは、リュークが次々と革袋から取り出す水瓶を便利の良いところへ運ぶ途中に「もしかして、リュークのバッグの中では時間が止まってるってことになるのか?」と首をひねる。
 リュークは水瓶の次に木の調理台と、皆が腰掛けるための小さな木の椅子を出し始めた。

 ミハルは、ギムナックの疑問を「まさか」と一笑する。

「〈異空間収納マジックバッグ〉っていうのは〈空間魔法〉の一種なんだけど、その空間魔法っていうのは〈時間じかん魔法〉から派生したもので、これはよく〈時空じくう魔法〉って呼ばれたりしていて……。
 ええと、つまり、マジックバッグの中の時間を停止させるってことは、時間魔法の中で時間魔法を使うってことで……。
 わかり易く言えば、『火の中で火を燃やす』みたいな感じになっちゃうのよ」

「火の中で、また別の火を燃やすってことか? そんなことが出来るのか?」

「『火』で考えるとね、は不可能ではないかも知れないわ。
 例えば、中に火を入れた箱ごと別の火に入れてしまえば、理論上火の中で火を燃やしていることになる。
 でも、それだと箱の中の火は燃え続けることは出来ないでしょう。状態を維持するためには、常に中の空気を外から調整する必要があるわね。魔法でいうと、魔力供給のことよ」

「なるほど。じゃあ、リュークのマジックバッグにはその調整機能が備わっているんじゃないのか? 通気口のような、魔力供給のための工夫が」

「それも考えてみたんだけど、やっぱり時間魔法だとどの理論に当てはめても破綻しちゃうのよ。まず、そもそもの仮説であるでは何も調整できないわ。だって、時間が止められているのだもの。他の魔法ならまだ考えようはあるのでしょうけど……時間を止める魔法が普通の魔法と違うのはそこね」

 時間魔法を代表する魔法の一つは時を止めるものだが、これは発動時に消費した魔力量によって効果範囲と効果時間が設定される。言い換えれば、一度発動してしまうと後の調整がきかないため、取り消しも延長も不可能ということである。

 因みに、もし仮にリュークのマジックバッグの中に時間停止の魔法が存在しているとして、効果範囲を馬車二台分と狭く見積もっても──イオとナナイが入っていたという時点で、その十倍を見積もっても足りないことは明白だが──、ミハルたちと出会ってから現在までの効果時間を逆算し求められる消費魔力量ですら、すでに世界を滅ぼす規模を超える。

「やっぱり時間魔法では説明がつかない。でも、ありえない話だけど──もしも発動時に世界を滅ぼすくらいの膨大な魔力消費があったとして、さっき例えとして使った『箱』はどうしても必要になると思うの。じゃないと、空間拡張の時空魔法と混ざってしまうから。
 ただ、そうなると箱の内面は時間が止まっていて、外面は時間が流れている状態ってことになるじゃない? あるいは、範囲効果じゃなく収納した物にのみ時間停止が適用される可能性? それこそ有り得ないと思わない?
 それに、箱には容量がある筈よ。だとすれば──でも、リュークのは──だから、ということは──それで──……」

 水瓶の配置を終えて調理台で野菜を刻み始めたギムナックのスキンヘッドに段々と血管が浮き出ている。
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