西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
78 / 199
テヌート伯爵領(60〜)

77

しおりを挟む

 ヴンダー・トイは、弱々しい笑みを浮かべて身を起こそうとした。だが、グランツがそれを止め、寝たままにさせた。

「一度会ったことがあるかな、ヴンダー・トイよ」

「はい……再びお会い出来るとは光栄です、アルベルム辺境伯ポールマン閣下。このような格好で、申し訳ありません」

 ヴンダーの大きな目は、今にも泣き出しそうである。振り絞る声はしわがれていて、いっそ悲壮感というものが青年の口を借りて喋っていると言われても納得しそうなほど暗い。

 テヌート伯爵は、天蓋のカーテンを完全に開け放つと、レオハルトと冒険者たちとリューク、そしていつの間にかギムナックに背負われているリンのことを紹介した。

「やはり、呪いのことは分からなかったかい」

 書庫にある魔法と呪い関係の本をあさり尽くしたが、もとより珍しい闇属性にまつわる資料は少なく、呪いは生み出されるもの千差万別で、調べれば調べるほど特定する気力が奪われていった。

「いいんです……もう……。僕は魔法使いには戻れそうにない。だいいち、S級冒険者なんて大層なものになれたことが奇跡だったんだ……夢……そう、夢を見ていただけ。余生は畑を耕して生きていきます……いや、僕なんかが農家になれるわけがありませんよね……僕みたいな能無しは、畑の肥料にでもなれば良い……」

 見てくれはともかく、どうやらまだ死にそうにはない。

 ミハルの後ろに隠れていたリュークがベッドを覗き込み、「うわあ」と驚いた。それから「人がいたんだね」と囁くように言ったので、大人たちはてっきり、ヴンダーがやつれ過ぎて人として認識しにくかったのかと思い、哀れな青年を一層哀れんだ。

 ヴンダーはリュークの反応に周りがざわめいていたことにも気付かず、暫く気の済むまで弱音を吐いたあと、「すみません」と突然我に返った様子で謝った。

「この通り、魔力を失った僕がお役に立てることはありません。テヌート伯爵のこれまでのご厚意には感謝いたしますが、僕には……ああ……僕にはもう……僕はミミズと暮らします……でも、ミミズでさえ畑にとって有益なのに僕ときたら……はあ……」

 ヴンダーはまたもやグズグズとぼやき始め、ついに枕に顔を埋めてしまった。

 伯爵とグランツに目配せされたレオハルトとミハルが前へ出てヴンダーの魔力の状態を探ってみる。

「ありませんね、全く」
「ええ、本当に全く無いわ」

 二人の言葉が岩のようにヴンダーの頭に落ち、可愛そうなヴンダーは枕を濡らすことしかできない。

 どうやら、現時点で回復の見込みはなさそうである。

 ところが、子どもというのはどんなものにも価値を見出す天才である。野にも山にも興味を持ち、川や海のきらめきを宝石に例え、空は無限で雲は芸術品である。虫に社会性を見出し、二枚の葉っぱに優劣をつけ、野菜にも敵味方があると言う。野菜の敵味方は日によって変わることもある。
 川底のヌルヌルではしゃぎ回り、道端の小石を宝物にする。見えない風を追いかけ、「追いついた」と自慢げに振り向く。


「アイスドラゴンに気づかれないね」


 リュークがそう言ったのは、決して慈悲の心をかなぐり捨ててのことではなく、単に子どもらしい純粋で柔軟な発想によるものである。

 寧ろ、恐るべきはこれを聞いて一斉にヴンダーを見下ろした十二の瞳の方だった。どれもがヌラヌラとした怪しげな光を宿している。悪魔に魂でも売り渡したのかと問いたくなるような無慈悲の匂いがする。

 急な沈黙を不思議に思って顔を上げてしまった不幸なヴンダーは、この世にも恐ろしいものを見て「ひいっ」と悲鳴を上げた。

「ななな、なんです!? 何なのです!?」

「君、登山の経験はあるよな?」

 恐れをなして身を起こし、後退りするように仰け反るヴンダー。高圧的にじりじりと顔を近づけるグランツ。
 グランツの背後に佇む悪魔たち──ヴンダーにはそう見えている。

「何故登山!? いやいやいや、無理ですよ! っていうか何故!? 僕、病人! よくご覧になってくださいよ! 僕! 病人!」

「いいえ」と、レオハルト。「貴方は病人ではなく、ただ己が役立たずとなってしまったなどと勝手に思い込み、勝手に断食しているだけで、おそらくは思春期の再来か、小説の読み過ぎで悲観に酔いしれている、しくはただ面倒な心理状態にあるというべきでしょう。
 その思い込みを払拭し、貴方を再び英雄として返り咲かせてみせようというのです。さあ、ミミズと暮らす妄想は終わりにして、我が主、アルベルム辺境伯とテヌート伯爵の心遣いに感謝しながら雪山へ向かってください」

「え、嘘でしょ……?」

 嘘でしょ。

 そう繰り返すヴンダーの嗄れ声だけが虚しく絨毯に落ちて、儚く消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

処理中です...