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氷竜駆逐作戦(78〜)
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しおりを挟む八箇所目の別荘を確認し終えたレオハルトは、リュークに革袋から「回復薬セット」を出すように頼み、取り出された緑色の木箱の中からさらに巾着袋を五つ取り出して三人の冒険者とリューク、そしてヴンダーの腰にしっかりと結び付けた。
中には上級回復薬と魔力回復薬、包帯と滋養強壮効果のある木の実が入っている。
ついに標高は千三百メートルを超えた。ここからは二手に分かれることになる。
「武運を祈るぞ」
「健闘をお祈りいたします」
グランツ、レオハルトの言葉に見送られ、杖を掲げるミハル、ギムナックと手を繋ぐリューク、それから身体能力強化のスキルを発動したソロウの背中に担がれるヴンダーは、いよいよ山頂を目指して歩き始める。後ろでリンが暴れているが、グランツが手綱を握って引き止めている。
「リン、二人を守って」
リュークが手を振りながら言いつけると、リンは寂しげに瞳を揺らしながらも大人しく座って動かなくなった。
小さな赤いコートが段々と遠ざかって雪道の奥へ消えていく。グランツが、大丈夫だぞ、と励ますようにリンを撫でたが、リンの尻尾が上向くことはなかった。
坂道を一時間もいかない内に、また風が強まってきた。すぐに雪が混じり始め、やがて酷い吹雪となる。
周りは雪と露出した岩肌しか見えない。日が沈んだのか、それとも雪雲が分厚過ぎるのか、殆ど夜のような暗さの中で、ミハルは岩肌に沿って山道を探し当てながら進む。雪は強風で吹き飛んだらしく、想定していたよりも遥かに少ない。が、その代わりに不自然な氷塊が岩と並んで突き出ていることが増えた。
登山装備の乏しい中で難易度の高い登山となると、熟練の冒険者といえど登り切るのは困難だ。ましてや、少年と体力の落ちたヴンダーを連れていては、例え装備万端であっても難しいだろう。
アイスドラゴンが飛来してからたった数日で、山は元々雪化粧が常だったように、いかにも澄ました顔で変貌を遂げている。
「まずいな。氷山になっていたらミハルの魔法に頼るしかなくなるぞ」
ギムナックの懸念は、口にしたそばから現実のものとなった。
山道が氷の壁に塞がれている。壁はまるで誰かが嫌がらせのためにこしらえたのではと疑うほどに丁度良く道幅を埋めていて、身体能力強化のスキルを使っているソロウが剣で思い切り斬りつけても、僅かに傷がつく程度の固さであった。
「御多忙のところ大変恐縮なんですが……そんなに激しく動かれたら僕、死ぬかも知れません。何か踏み台になるものはありませんか」
ソロウの背中に括り付けられているヴンダーの機転により、リュークの革袋から「夜ご飯セット」などの木箱をいくつか出して踏み台にし、ようよう氷の壁の天辺によじ登りかけたミハルが何気に向こう側を見やった。
(──暗い。暗くて見えにくいけど、向こうに何か……)
あれは何かしら、と目を凝らした瞬間、戦慄する。
壁の上から降ってきたミハルをギムナックが慌てて受け止め、勢い余って坂を転がり落ちた。
「おい、大丈夫か!」
ソロウが慌てて駆け寄る。リュークも滑るようにして坂を下る。ヴンダーは酔って目眩を起こしている。
ギムナックとミハルは同時に身を起こし、問題ないと言う代わりに軽く手を挙げた。
「ごめんなさい、ギムナック。ありがとう」
「構わない。それより、どうしたんだ? 風に煽られたか?」
ギムナックは言って、息を呑んだ。
──いや、吹雪は止んでいる。
それどころか、微風すら吹いていない。
「ミハル、まさか……」
まさか、と誰よりも信じたくないのはヴンダーである。
ヴンダーは吐き気に口元を押さえながら、「嘘ですよね」と消え入りそうな震え声で呟く。
「嘘だ、そんな、だってまだ」
まだ山頂には遠い。しかし、ミハルの目が現実を告げている。
「まだ心の準備が……」
哀れなヴンダーを背負うソロウの隣で、ミハルが落とした杖を拾って来たリュークの口がここで親切を発揮する。
「アイスドラゴン、起きて良かったね」
ヴンダーの口から魂が抜け出るような音がした。
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