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アーカス侯爵領(99〜)
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しおりを挟むフルルは、心底反省しきった顔で深く頭を下げた。
「本当に、ごめん! ……なさい。確かに『リュークと一緒に行く』とは言ってたけど、まさか一人で、荷物も持たずに追いかけて行くとは思わなくて……」
談話室には茶色の高級革張りの四人掛けソファーが大理石のローテーブルを挟むように二台あって、豊富に取り揃えた本がぎっしり詰まった本棚の前や、暖炉の側にも椅子が置かれており、壁際にも数人がけの長いソファーとテーブルがある。部屋の隅には置き型のハンモックもあり、具合が良さそうに見える。
まず、四人掛けのソファーにフルルとヴンダー、そしてアルベルム兵の一人が並んで座り、向かいにレオハルトと三人の冒険者が座った。残りの兵士らは、他の適当な椅子やソファーに腰掛けた。とにかくどこにでも座って読書したり話したりできるように用意された部屋は、こうして大勢で集まるのにうってつけだった。
「リンとしては、こっちへ来ることをフルルに伝えたつもりでいたようだが、実際にはちゃんと伝わってなかったんだな。教会でまた騒ぎになったんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
ソロウが疲れ切った顔で言った。とにかく早く休みたい気持ちが勝っていた。
頭を上げたフルルは、あまり機嫌の良くなさそうな大人たちの顔をちらりと見て、気まずげに目を伏せる。
「なんか、リリアンヌが『心配いりませんよ』って言うから、大事にはなってないんだ。『リンは強いから、死にはしません』って。でも、あたしはどうしても放って置けなくて、領主様たちが王都に行くって聞いてたから、追いかけてきたんだ」
「そうか。よく一人きりでこんなに遠くまで来られたもんだ」
「アルベルムの兵士の人たちと会うまでは一人じゃなかったから。ほら、あの大きなリザードマンのビードーを覚えてる? ビードーのパーティーも王都の東に行くことになったみたいで、ウェルカ村まで一緒に来てたんだよ」
「へえ、ビードーたちが」
ソロウたちは若干目を開いて感心した。巨躯のリザードマンであるビードー率いる獣人パーティーは、無骨な感じに見えて面倒見が良い。アルベルム辺境伯領で活動するような獣人パーティーが、わざわざ差別主義者だらけの王都を通って東へ行く利点はあまり無いので、ビードーたちは単にフルルを心配して着いてきてやったのだろう。
「そいつは運が良かったな。だが、残念なことに俺らはダンジョンでリンたちを見つけられなかったんだ」
「次はあたしも一緒に行くよ! あたし、索敵は得意なんだ!」
「うーん……ギムナック、どう思う?」
話を振られたギムナックは、珍しく無精髭を剃っていない顎を撫でて「ふむ」と溜め息混じりに漏らした。
「正直、あそこまで広いと人手はいくらあっても良い。ただし……いや、今は疲れているから何も判断すべきじゃない。悪いが夜まで休ませてもらって、また夜に皆で相談しよう。物資についてもかなりの量を仕入れる必要がある。誰か手が空いてたら、仕入れ先を探しておいてくれないか」
「私とヴンダー殿でやりましょう!」
と、若い兵士が食い気味で返事をした。ヴンダーは寝耳に水という顔をしたが、兵士はお構いなしに「食糧飲料と各種ポーションに救急セット、武器の予備と毛布、その他必要なものを調べて揃えておきます!」と意気込んでいる。
「任せましたよ」
レオハルトが言うと、兵士は大袈裟すぎるほどの動きで敬礼した。
「フルルは、リンのことがとても大切なのね。いくらビードーたちが同行したからって、テルミリアからここまで来るのは大変だったでしょう」
と、重い瞼を懸命に持ち上げながらミハル。フルルは躊躇いがちに頷いた。
「ヴレド伯爵領を避けて迂回して来たんだ。そしたらギルドの情報より魔物が多かったし、時間がかかっちゃった。ビードーたちが居なかったら途中で諦めてたよ。
それでもなんとかアーカス候爵領まで来たっていうのに、領主様がまだ王都に入ってないって噂を聞いてさ。テヌート伯爵領に行ってみようと思って引き返してたところで兵士の人たちに会ったんだよ」
「よく頑張ったのね。無事で良かったわ、フルル。あなたも必要なものがあれば仕入れてもらって構わないのよ、だって辺境伯救出のためだもの。それじゃあ」
また夜に、とミハルが言い終える前から、冒険者たちはフラフラと立ち上がった。同じくして席を立つレオハルトも流石に顔色が悪い。フルルが心配そうに見つめる中、彼らは兵士の案内で談話室を出ると、時々つまづきながらそれぞれの部屋へと吸い込まれていったのだった。
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