西からきた少年について

ねころびた

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無限の迷宮(110〜)

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 松明が照らす通路は縷々として魔物の屍が折り重なり転がっていて、そこへおあつらえ向きに蝙蝠のような翼と鋭い牙を持ったアークデーモンとガーゴイルが佇んでいるものだから、ともすれば一画は地獄を描いた絵画のような映え具合である。

 ソロウと三人の兵士に視線で挑発されて、フルルたちが隠れている角のすぐ近くまで迫ってきたミノタウロス。
 フルルは、ミノタウロスをやり過ごしてスケルトンたちと交戦を始めた六人のアルベルム兵らよりさらに奥、小さな地獄に立つ悪魔と石像の魔物に視点を定めた。
 スケルトンと兵士が邪魔だが、対象をどうにか視界に入れて〈鑑定〉を発動する。

「ガーゴイル……六日? 魔力値……105……土属性、闇属性。アークデーモン、七日……七日?」

 ガーゴイルの「六日」とアークデーモンの「七日」は、齢を指している。だが、流石に二体揃って数日きりというのはおかしいと思い、何度か目をこすって見直す。

「アークデーモン、七日……。やっぱり七日か。次は──見えない。属性、闇。ええと、それから……ま……まお……魔王の──」

 続きの言葉は、動揺して紡げなかった。

 鼻先を掠める距離でミノタウロスが横切っていったが、それさえもどうでも良く思えるほど恐るべき事実を赤い眼は見つけている。


 危ないよ、とヴンダーがフルルのシャツの袖口を軽く引っ張った。

「ねえ、フルル。フルルさぁん? 聞いてる? おーい、そこの可愛いお嬢さーん」

 だが、フルルは振り向かない。ヴンダーは困り顔で、妙に骨密度の高いスケルトンの骨を叩き折るのに手間取っている兵士らやアークデーモンたちが居る方とは反対側の通路の奥に目をやった。


 ミノタウロスは、通路の突き当たりまで突進──体は人間と同じ形なので、牛らしく「突進」というよりは人らしく「全力疾走」というべきだろうか──し、それを追ったソロウと兵士と相対している。ミノタウロスは斧を手にしていることが多いが、この個体は素手で武闘家のような構えを取っている。
 二本の鋭い角は非常に危険で、頭突きにはよくよく注意しなければならない。

 余談だが、ミノタウロスの体はどこからどう見ても人間で、親切に腰布が巻かれているので目のやり場に困らずに済むこと、また、野生のはずなのに鼻輪がついていることに疑問を覚える魔物研究者は多く、「見ていてモヤモヤする魔物」として嫌われがちである。


 身体能力強化のスキルを発動したソロウは、剣術の基本に忠実な構えでミノタウロスの脚を狙っている。この魔物の身長は、ギムナックに大きな牛の頭を足したくらいである。筋骨隆々の分厚い体格で、対峙すると異様な迫力がある。
 だが常に魔物の脅威にさらされ続けているアルベルムの兵士らは魔物慣れしていて、臆することなく隙のない構えでミノタウロスとの距離をじりじりと縮めていく。

 ミノタウロスが腕を振りかぶると、その瞬間を狙ったソロウの剣が巧みにミノタウロスの剥き出しの脛を斬りつけた。これが本物の人間なら、すっぱりと脚が切断されていただろう見事な一太刀だった。ところが、ソロウの剣はよく響く音を立てて弾かれた。剣を弾かれた衝撃で、ソロウの方がダメージを負っている。斬りつける際に体勢を低くしたせいで倒れ込み、起き上がれない。
 ミノタウロスの大きな拳が振り下ろされるすんでのところで兵士の一人が勢いよく滑り込んでソロウを蹴り飛ばし、なんとか攻撃から逃れた。

「すまねえ!」

「ああ! しかし、だいぶ硬いな。脛よりも脹脛ふくらはぎか足首のけんを狙ってみよう!」

 ミノタウロスはソロウを助けた兵士を狙って次々と拳を繰り出したが、兵士は全ての攻撃を避け、ソロウが攻撃しやすいよう誘導した。ソロウは感心しつつもミノタウロスの脹脛や腱を斬ろうとするが、どうしても剣が弾かれる。
 脚を狙うようにとヴンダーは助言したが、考えてみればヴンダーの知っている剣士の殆どがA級かS級冒険者である。B級冒険者であるソロウが彼らと同じ攻撃力を持っている訳ではないので、これは戦略を変更する必要があるかも知れない。

「まあ、とりあえず全身狙ってみるか」

 ソロウは短期戦を諦めるのに辟易しつつ、剣を構え直した。一人の兵士がまだミノタウロスを引き付けている。その後ろに居る二人の兵士も、ソロウと同じく剣を構えた。

 

 同じ頃、こちらはアークデーモンより向こうの通路で鬼面のオーガと相対するレオハルトとギムナック。オーガがアークデーモンより奥へ行ったのを見て、ギムナックが迂回路からの襲撃を提案したのだ。それが上手くいってアークデーモンからオーガを引き離すことに成功したが、穴の近くに居るアークデーモンを足止め出来る人員が居ないので、そのアークデーモンが何故か疲れた様子で座って休み始めた今はまだ良いとして、早くオーガを片付けなければ危機的状況は解消されない。

 レオハルトは、鬼面のオーガを冷徹に見上げた。くすんだ深緑色の皮膚はいかにも厚みがありそうで、生半可な刃などは通さないと見える。オーガはアルベルムの西にも生息する魔物で、レオハルトは何度もオーガを討伐している。この頑丈な皮膚に対しどの程度の力で攻撃が通るかは既に知ったところである。

「オーガは強敵ですが、頭が鈍い。私が引き付けますので、弱点の背中から心臓を」

 レオハルトの指示はそれだけだった。ギムナックも何の疑問も抱かなかった。
 ただ、この個体は通常のオーガよりも若干大きい。オーガキングとまではいかずとも、何らかの加護に恵まれた個体だろうと見当をつけたレオハルトは、念を入れてギムナックの前に小さな防御結界を張った。

 二人は、その結界が幾らもしないうちに粉々に砕かれるとは、思いもしなかったのである。
 

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