西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
117 / 199
無限の迷宮(110〜)

116 黒い靄

しおりを挟む

 

 魔王とは、文字通り「魔の王」「魔物の王」の呼称である。
 魔王は大陸の東側の瘴気の向こうにある城や塔に住まう──とされている。これまで幾度となく勇者に倒されているが、時が経てばまた現れて城や塔に住み始める。
 魔王が現れたときは、ステータスの職業が〈聖女〉となっている珍しい女が「魔王が復活しました」と宣言するので分かりやすい。
 聖女が魔王復活を宣言すると、勇者は旅支度を整え、魔王討伐のための過酷な旅へ出る。勇者が魔王を討ち取らないかぎり、魔王の配下で構成される魔王軍は際限無く調子付き、人に被害を与えるためのあらゆる努力を開始するから急務である。

 ──というのが王国内での常識であるが、果たしてその〈魔王〉は、本物の魔王なのか。魔王とは、何か。魔の王、魔物の王。「神」に対し「魔神」とも呼ばれる存在が、その魔王であるのだろうか。






 さて、何故ここで唐突に魔王などの話を持ち出したのかといえば、今まさに魔王と名乗る者がレオハルトの眼前に現れたからである。

 その姿は黒いもやに覆われていて見えない。というより、見えているのに「見てはいけない」と脳が認識しているようで、視覚からの情報が勝手に黒い靄に変換されていると思われる。

 レオハルトの後ろには、腹部から血を流して倒れているギムナックの姿がある。魔王と名乗る靄が現れて、恐らくギムナックを一瞥した瞬間には既にギムナックは倒れていた。結界が弱すぎた、などとは考えもしない。もしもレオハルトが全力の結界を張っていたとしても無意味なものであることに変わりないからだ。

 鬼面のオーガは、いつの間にか通路の片隅で膝を抱えて座っている。まるで虐められた大きな子どものようだ。

 迷宮の通路は、時が止まったようになっている。ただし、レオハルトたちにとって、空気が重すぎる。上から岩で押さえ込まれているかのように異常な重さがある。
 レオハルトはついに片膝をつき、止めていた呼吸を再開した。が、息が吸えない。過呼吸をおさめられない。全身から汗が噴き出し、口の中が渇き、そのくせ涎が汗に混じって顎を伝った。生理現象の一環のように目から涙が溢れ、苦しみに手で喉を押さえる。腕を上げるのが辛い。脚が震えて身体を支えられない。


「なんだか、妙なことになっているね」


 床に這いつくばって苦しみに耐えようとするレオハルトが思わずはっとする程、透き通った声だった。少年とも青年ともつかないような若々しい男の声。これまで数々の画家に描かれてきた威厳ある不気味な姿の魔王像からは想像もつかない美しい声。とても穏やかで、爽やかで、のんびりした口調で、これが魔に関わるものとはつゆ思えない。

「我があるじ、あそこにミノタウロスの姿が」

 魔王の配下らしき魔物が言った。一見すれば黒いマントに身を包んだ二足歩行の羊頭の魔物だが、よく見れば羊の頭と後頭部合わせに牛の頭も付いている。前後で計二つの頭を持つ奇妙な魔物である。

「行っておいで、アスモ。他のには触らないでね」

「心得ております、我が主。私めはとても物分りが良いのです。そうですよね、我が主?」

「まさしく、君は物分りの良い魔物だ」

「そうでしょうとも。私めは常々そう思っております。では行って参りますよ、我が主」

「ああ、行っておいで」

 アスモと呼ばれた羊だか牛だかの魔物は、どうやら前についている羊頭が主導権を握っているらしく、牛頭はまるで飾り物のように物言わず、やはり二足歩行の羊が後頭部に牛の頭部をくっつけているだけのような風体で、蹄の音を鳴らしながらミノタウロスの方へ駆けていった。

    レオハルトは、懸命に黒い靄を睨み上げようとしている。目に映るのは黒煙のような靄であるのに、それが自分を見下ろしたのがはっきりと分かる。
 何故ここにと問いたいのに声が出せない。酸欠でいよいよ視界が霞む。

「道に──」

 と、綺麗な声が言った。レオハルトは意識を保とうと手首に爪を立てながら必死にその声を聴いた。

「──迷ってしまったんだ。とんでもないのに追い掛けられて逃げていたら、困ったことになった。まったく、自分で作っておいて情けないったら。仕方ないから新しい出口を何個も作ってみたけど、どこにもたどり着けない。どうしてこんなに深い迷宮を作ろうと思ったのか、過去の自分に聞いてみたいよ」

 なんとも飄々とした声色である。困ったと言いながら、ちっとも困っている風には聞こえない。しかし、とレオハルトはぼやける意識の中で思う。

に追い掛けられた……? 魔王ともあろうものが……?)

 しかも、この迷宮を作ったのは自分だという。作っておいて、後悔している。

 何をどう考えて良いか分からなかった。黒い靄の綺麗な声と禍々しく圧倒的な存在感の整合性がとれない。それだけで混乱するには十分だというのに、さらに訳の分からないことをのたまっている──こいつは、本当に「魔王」なのだろうか?


 力なく冷たい石床に頬をつけたレオハルトは、苛立ちさえ覚えつつ、だんだんと自分の視界が暗く閉じていくのを眺めていることしか出来なかった。




 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...