西からきた少年について

ねころびた

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無限の迷宮(110〜)

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 リューク曰くトレントであるその杖は、ミハルに投げ捨てられて案山子かかしに激しくぶつかり、案山子を倒してしまった。

 途端に、黒い空間の底が抜けたように全員が落下を始めた。あまりの驚きに悲鳴を上げる者も少ない。心臓が浮いて出そうになったのか口を押さえる大人が数名。ミハルは涙と鼻水を逆上らせながらも、この状況を何とかできる魔法はないかと頭を回転させる。だが、ミハルの使える土魔法はここで使えないし、火魔法も役に立たない。マジックバッグの魔法などはもっての他だろう。

 いつ見えない床が現れて全身が粉々になるか分からない恐怖をこらえるのは難しい。

「いやぁ、まさか根を張って生きる儂のようなモンが空を飛べるたぁ、思いもしやしませんでしたのぅ」

 杖が嬉しげに言うのが癇に障ったらしく、ミハルは「『落ちてる』だけじゃない!」と怒鳴った。

 リュークは泳ぐような仕草で案山子に近寄ると、さっきと同じくして案山子の棒を掴み、振り上げ、何も無いところに突き立てた。


「……おお!」と、目を輝かせるソロウ。着地した感覚はなかったが、不思議と落下は止まっている。杖は誰にも拾われずにころころと転がって、うまいこと全員から顔の見える位置で止まった。

 リュークがまるでありがとうとでも言うように案山子を撫でた。とにかく命拾いした一行は、リュークに何かを尋ねるべきかどうか各々に思案した。
 リュークに質問するのは、あまり簡単なことではない。気軽に尋ねる分には大して問題は無いのだが、以前にも述べたように質問を重ねると異常な罪悪感が芽生えてどうしようもなくなってくるのだ。これはリュークと過ごす時間が増えた今も変わらない。しかも、一度芽生えた罪悪感は消えることなく積み重なって、頑丈なかせの如く口を開きにくくする。それでもなおリュークとの会話を躊躇ためらわないソロウ、ギムナック、ミハルの冒険者三人が特別なのである。特にソロウはレオハルトに尊敬されるほど容易く問答を重ねる。これは誰にも真似できないことだ、と他の誰もが思うのだった。

 そのソロウが杖を拾い上げてミハルに返しながら「早くここを出よう」と言った。心底嫌そうな顔で杖を持つミハルをよそに、もっともな判断だと残る全員が同意した。リュークは素直に頷いて、案山子の腹を軽く叩いた。




 次に瞬きをしたあとには、見知らぬ洞窟の中に立っていた。土を掘り進めて作られた坑道のようなしっかりした作りの洞窟で、壁面にはやはり松明が掛かっており、ぱっと道の先を見ただけでもあちらこちらに分岐路が確認できる。なるほど、これはいかにも「洞窟の迷路」である。

「信じられない……」

 フルルが震えながら呟く後ろでは、ヴンダー・トイがフルルよりも震えながら「夢だ……夢だ……」と虚ろな表情で繰り返している。ミハルは今の現象と杖のどちらをより不気味がるべきかも分からず、いっそ全てを受け入れて何事もなかったような顔つきになった。

「有り難うございます、リューク。まだ歩けますか?」

 案山子を革袋へ入れたリュークの前で屈んだレオハルトが、リュークの服の乱れを直してやりながら尋ねた。リュークが頷くのを見てほっとしたレオハルトは、すぐに全員を指揮して隊列を組み、ここでも道案内できるという魔狼リンを先頭にして洞窟の迷路を進み始めた。

 
「ここは魔物の気配がしますね」

 気を付けて、というレオハルトの注意喚起にリュークと並んで二番手を行くギムナックが索敵の感度を上げる。

「多くが逃げ出した後のようだが、たまに通路の奥からこっちを見ているやつがいるな。今のところ罠は無し。本当にダンジョンみたいだ」

「アルベルムからこれだけ歩いたのに、ほとんど魔物と戦闘にならないってのは奇跡的だな」

 ソロウが抜き身の剣を目の前に翳して刃こぼれ具合を見ながら言った。この剣はミノタウロスとの戦闘でかなり損耗してしまった。リュークの革袋に予備があるとはいえ、もしも普段通りの数の魔物に出会していたとすれば余程難儀だったに違いない。

 魔物が少なくてよかった。
 

 ──本当に?


 考えかけて、ソロウは一度身震いした。そして剣を鞘へ納め、水筒の水を飲んだ。


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