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無限の迷宮(110〜)
130 王都近郊
しおりを挟む曇天の下。砦の外壁の上。リザードマンのビードーは、自慢の巨躯を丸めて溜息を吐いた。昼間だというのに夜のような暗さで、余計に気が滅入る。ウェルカ村でフルルと別れてから五日目になる。
王都ノルン近郊の迷宮で起こった魔力暴走。これにより溢れ出した魔物の数は予想を遥かに上回り、駆けつけた冒険者ら三百余が防衛に加勢したところでなんとか侵攻を食い止めてはいるものの、押し返すには至っていない。
今や昼夜響き渡る喧しい争乱の音で分かるように、砦の向こうは多種多様の魔物の群れで埋まっている。これほどまでに酷いのは、瘴気の内側において最も魔物が多く、度々その軍勢に襲われる場所──王国最強と名高いグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯が治める最西端の街〈アルベルム〉でも滅多に見ないのではないかと思う。
既に、向こうにある要塞は抜かれてしまった。兵士らの多くはここまで逃げおおせてきたものの、それらが背負ってきた敗北感というものが殊の外邪魔で苛々させられる。
「これ、まだ増えてるのか? それとも少しは減ってるのか……?」
狭間から向こうの様子を覗く若そうな鎧姿の兵士が呟いた。独り言のつもりだったのだろうが、何故かビードーの小さな耳によく届いた。
「どっちかと言やぁ、増えてるだろうな」
答えてやると、兵士は驚いたように振り向いてビードーを見上げ、しばらく無言の後に「そうか」と小さく返して顔を背け、また向こうを見下ろした。
まあ、そうか。とビードーはまた溜息を吐く。
人間ばかりの王都周辺で亜人と話そうなんてのは、余程のもの好きか世間知らずだ。冒険者ですら、亜人と組みたがる人間は殆ど居ない。そこの兵士が一言でも返事したのは奇跡に近いくらいだ。普通は無視されるか、追い払われるか、去っていくかのどれかで、しかも口を利いただけで穢れるとでも言わんばかりの冷ややかな視線がおまけで付けられる。
まったく馬鹿馬鹿しいことこの上ない。同じ言葉を喋るのに、言葉が通じないのはどういう訳なのか。「鱗人と関わると馬鹿になる」と言って笑う奴ら。滑稽じゃないか。西側では、差別主義の人間どもの方が余程馬鹿だと笑われていることにも気付いていない。
──正直、どちらでも構わないが。
冒険者は馬鹿でも出来るのだ。勿論、天才でも出来る。貧乏でも金持ちでも、老若男女、差別主義者でも、誰であっても結果さえ出せば評価されるし、その日暮らしで満足するなら別に評価されるほど働かなくても良い。冒険者は自由だし、無関係な奴らの好評など必要ない。
ただただ王都周辺の気取った奴らが嫌いだ。差別主義者だからという理由だけではなく、たぶん、そもそも気取った奴らのことが嫌いなのだ。
なのに、何故そんな奴らを助けてやっているのか。
(緊急依頼だからだ。報酬が良いからに決まってる。それに、万が一ここが抜かれたら王国内が混乱する。気取った奴らは大嫌いだが、現状国を動かしているのはそんな奴らだ。みすみす全滅させて他国に攻め込まれるような隙を作る訳にゃいかねえ)
そうだそうだ、とビードーは鼻息を荒くして背筋を伸ばし狭間の低いところに足をかけると、目下、黒い波のように押し寄せている魔物の群れに向けてスキル〈斬撃波〉を投げ付けるように乱雑に撃ち込んだ。
急に働き出した巨躯に肩を跳ねて驚く兵士の遥か下で、面白いように魔物が吹き飛んだ。しかし、しぶとい。一度や二度吹き飛んだくらいで絶命する魔物は少ない。中にはアンデッドも多く、魔法を使う魔物も居て結界を張られることもある。
スキルは無限には使えない。武器の予備も少なくなってきた。果たして、あとどれくらい踏ん張れるか。
ビードーは他に四人の獣人と連れ立って冒険者パーティーとして行動していたが、この防衛依頼においては適材適所が要求される。魔法使いが足りない場所、ハンターを欲する場所、都度変わり、都度移動させられる。パーティーメンバーが無事に再会できる保証はない。所詮は依頼であるのだから、破棄して逃げても構わない。依頼を受けて失敗に終わることなど珍しくもない。けれど、ビードーは逃げないだろう。迷宮では引き返しても、こういう時には意地でも引かない男だ。
(領主様だったら、こんな魔物の軍勢くらいすぐに蹴散らして見せるんだろうなあ)
グランツは、もはや化け物のようなものとして認識されている。確かに、格下を大勢蹴散らす程度、膂力体力自慢のグランツにとっては容易いことだろう。おかしなことに、誰もグランツでさえ太刀打ち出来ないドラゴンや悪魔のような魔物が現れたときの想定をしていないのだ。想定する余裕もないし、そうなったときには神に祈るだけだと諦めているのかも知れない。それか、どうあってもひたすらにグランツの勝利を盲信するのか。
そのグランツを巡って、王都周辺で様々な憶測が飛び交っている。それはこの瀬戸際にある砦にまで届くほど大きな問題となっており、少なからずグランツを知るものたちは日に日に危機感を募らせていた。
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